2.王道ですよねわかります
「気がついたかね?」
初老の男性のような声が空間に響いている。
しかし私が感じ取ることのできる360度の視界のどこにも人影も物も存在せず、上下左右青空のような空間が果てしなく続いていた。
「どうじゃ、落ち着いたかね?」
再び響くその声に私も返事をしようと思ったがそもそも身体がないので声をどうやって出していいかわからない。
「どうした?まだぼ~っとするのかい?……ぉお、伝えたいことがあればお主たちの言うところの、脳で喋るのじゃ」
正直言って理解できない。
(脳で喋るって何よ!そんな特殊能力あるわけないでしょ!普通の人類だったから!今まで声使ってしか喋ったことしかないに脳で喋るってなんだぁぁぁぁ!!)
そのような事を思っていたら、それで合っていたらしい。初老の男性の楽しげに声を掛けてきた。
「そうじゃそうじゃ!その調子じゃ。ふぉふぉふぉ」
脳で喋るって思うことか。話し方のコツがわかったところで、聞きたいことがいっぱい溢れてきたが、なんとなくそうじゃないかと思うことはあるけれど一応聞きたいことを思考して伝えてみた。
「あの、どちらさまですか?」
まぁ、一応相手が誰なのか知っておかないと話にならないよね、もしかしたら同じ飛行機事故で死んでしまった人かもしれない。私が欲しい情報を持っているかどうかわからないし。それに死神とか邪神とか言われても嫌だし。
「そういえば名乗っておらんかったの、わしは創造主と皆から呼ばれておる」
あぁ、やっぱりね創造主って神様とかそういう類ですよね。
そうじゃないかなって何となく思ってたよ。だって自分死んでるんでしょ?そりゃこれから、輪廻転生とかそういうのがあればまた人生再スタートでしょ何の生き物になるか知らないけど。
もしくは天国か地獄行きか決められて、そこで徳を積むなり罰を受けるなりすればいいんでしょ、まぁ地獄はいやだけど。よかったぁ、死神とか邪神じゃなくて。それに、私は死んでこの乗り物運の悪さから抜けられれば、これ以上他人を巻き込むことなくやり直せるのではないか?と思考を深く巡らせすぎていた、創造主と名乗った者の不穏な言葉を聞き逃すほどに。
「だいぶ昔にとある世界で邪神とか呼ばれたこともあったが、懐かしいのぉ」
創造主に質問攻めをしなければとフル回転させた。
「あの、私が乗っていた飛行機どうなりました?一緒に乗っていたまゆや乗客の皆さんは無事ですか?」
正直聞くのは怖い、だけどまゆや乗客達がどうなったかを知るべきだと思った。創造主から返ってくる言葉を恐る恐る待っていた。
「飛行機は無事海面に不時着したぞい。お主の心配している友や乗客は無事じゃ。お主を除いてのぉ」
よかった、まゆは無事だ乗客も。私だけで済んだ。それだけで私には十分だった。
ほっとしていたのもつかの間、爆弾発言が投下された。
「すまんのぉ、わしが居眠りしてしもうたから」
な ん だ と !?
創造主のせい?これは詳しく聞かせてもらおうじゃないか。
「あの、創造主様のせいというのは?居眠りって?私、そのせいで死んでしまったのですか?」
「う、うむぅ。……すまぬ。珍しく強い祈りの気配がしてお主がいた世界を覗いたら、一目見てお主が気になってしまってのぉ。必死に祈っておったから少し手を貸そうとお主の乗り物運を改善させようと久々に力を使ったら疲れてしまってのぉ~、ちょっと眠ってしまったら飛行機のエンジン故障してしもうた。にしてもすごいのぉお主の乗り物運の悪さは。ふぉふぉふぉ……」
ふぉふぉふぉ……っておい。
まゆの言ってた通り神様のような創造主は確かに居た、そのおかげで離陸ができたことは分かった。だが、私の乗り物運が悪すぎて神様が力使って疲れて寝てしまったという。
関東から沖縄までの距離も神様が保てないほど自身の乗り物運の悪さが凄まじいというのは理解できた。
だけど自分が死んだこの状況の真実を知って思ったことは意外にも、ふざけるなよ!とかそんな感情より安堵が大きい。
私は死んでしまいたかったのだろうか。そんなことを思ったことはなかったけど、乗り物運が悪くあまりどこにも行けていなかった現世での生活を心の奥底で抜け出したかったのかもしれない。
「なので、お主には次の人生で今までより良い生活送れるような世界に送り届けよう」
創造主は責任を感じているのか、申し訳なさそうに言ってきた。
私の次の人生はまともに暮せていけるような世界に送ってくれるようだ。これが輪廻転生ってやつなのかな?
天国でも地獄でもなく新しい人生をプレゼントしてくれるならありがたくもらっておこう、次の人生ではちゃんと乗り物に乗って遠くに旅とかしてみたい。
「ただそれには条件があるのだが……」
おいおい条件付きかよ、責任感じて新しい世界に転生させてくれるんじゃないの?とうっかり思考してしまったので、当然創造主にも言葉が届いてしまっていた。
「う、むむぅ。その、すまぬ。……条件というよりは相談というか……」
創造主がごにょごにょし始めたので相談とやらを聞くことにした。
「創造主様、相談というのは何でしょう。わたくしに出来ることならばなんなりと」
すると嬉しそうに創造主が話し始めた。
「わしな、もうず~~~~っと一人でいろんな世界を見守ってきてるんじゃ、話し相手が欲しくてのぉ。転生する前にわしの話し相手になってもらいたいんじゃ」
なんてことはなかった、この創造主はどうやらさみしかったらしい。
私が今いるこの青空しかないこの世界も創造主の作った場所の一つで何もないこの空間で無になりたいときがあるそうな。
そもそもいろんな世界を作って育ててるのが創造主のお仕事って言うか趣味みたいなもので、各世界に自分の部下を送って管理させているから、創造主自らがそれぞれの世界に介入することは滅多にないらしい。
時々、そういばあの世界どうなったかなぁ~とふらっと観察する程度という。まぁ、その観察も長い時もあれば短い時もあると気まぐれな感じらしい。
各世界に送った部下たちから創造主に報告・連絡・相談が無いらしい。
世界を維持するためにいっぱいいっぱいで連絡する暇がないのか、「もっと皆わしを頼ってよ!」って言うのが創造主側の言い分だが部下にはその思いは届いてないようで創造主は暇を持て余している。
それゆえ、本当だったら私はもう一度地球でやり直しの列に並ぶはずだったが、話し相手がいなくて長いこと暇してた創造主によって、「関わったのも何かの縁じゃ」と私はここに連れてこられたとか。
どうせ転生したらここでの記憶は無くなると創造主はいろいろと私に愚痴をこぼしていた。
そりゃあもうたくさん。
あまりにも長すぎて、途中からほぼ無になりながら右から左に受け流して話の合間に「うん」とか「すごぉい」「大変なんですね」「おつかれさまです」などそれっぽい相槌をいれるだけのマシンと化していた。
だが、創造主様は満足したようで、ようやく私を転生させてくれるらしい。
私は図々しくお願してみた。
「創造主様、私次の人生はとくに贅沢は言いません、普通に乗物に乗れる人になりたいです。だから乗り物運の悪さをなくしてください」
ところが返ってきた返答は、乗り物運の悪さは創造主ですら治せないという。
創造主なのになぜ!?そんな疑問に創造主すら、「何故かわからん」と。
だから私が乗物に乗らなくて済むような世界に転生させてくれるそうだ。
ありがたい。乗り物運が良くならないってのには不満が残るが、もうこのさい自棄である。
生まれ変われるのだから、そこで乗物に乗らなくて済むようにしてくれると言っているし。
「鳥たちの楽園じゃ!乗り物不要でよいであろう?ふぉふぉふぉ」
「ごめんなさい贅沢言わせてください。人がいいです。」
いやいや、鳥って。確かに乗り物乗らなくて済むけれど、そうじゃないでしょ。
ぶっちゃけるが、私は恋がしたい。前世では楽しそうに会社の同期が、
「彼氏と温泉行ってきたんだぁ~。旅行めっちゃ楽しかったのぉ~」
とか言ってくる。私だって彼氏作ってどっか旅行に行ってみたかったよ!!
そもそも屋内で遊んでたってか、休みの日は引きこもってたから当然出会いなんてあるわけなく、そんな状態で死んでるんです。えぇ、年齢イコール彼氏いない歴ですよ!
二次元には彼氏がいたけどな!!
「創造主様、私ちゃんと人として運命の人と出会って幸せな人生送りたいです(ゲームみたいな逆ハーレムも捨てがたいけど、この際そこまで贅沢は言わない)。手をつないだりハグとか……してみたいです。イケメンとか贅沢言わないです。(……出来ればイケメンがいいですけど。)金持ちじゃなくてもいいんです、生活できる程度のお金持ってる人と仲睦まじく過ごしたいです。(……金は持ってるに越したことはないけど。)」
「ふ、ふぅむ……」
夢見がちとかどう言われようと、どうせ新しい人生を送れるならば前世で叶えられなかったことを叶えたい。乗り物運が無いままだし恋ぐらいいいじゃないか。いっそチート機能でもつけてよ。
しばらく「ぬ~」とか「うむぅ~」と唸り声を出していた創造主が無言になった。
(あれぇ?これもしかして見捨てられた系?話し相手にもなったのに?えぇ~)
そんなことを思考に巡らせていた。当然創造主にも言葉が届いてしまう。
「す、すまぬ。どこがよいか考えておったのじゃ。やはりそうなるとお主の世界でいうところの魔法の使える場所が前世より良い生活出来そうだと思うのじゃがどうであろうか?」
おぉ!これこそ王道?魔法の使える異世界転生ってやつですかね。ゲーム好きとしては魔法が使える世界っていうのはありがたい。っていうか使ってみたい。
「そこでお願いします!!」
とても楽しみだ。魔法どうやって使うのだろうMPとかHPとかステータスは見れたりするのだろうか。
もしかして職業選択とかで得られるはスキルが違うのかな。
ジョブチェンジシステムとかあったりするやつ?すべての職業をマスターしたら、すっぴんが一番強い的な?
それともいろんな魔法石を装備品とかに組み込んで、その石の力を使えるようになるとか?えぇ~どうしよう。
嬉しすぎるどんなパターンでくるのぉ~!
「何か難しいことを考えておるのぉ…」
暴走気味の私に引いている?
ゲーム好きだからこれは仕方ないよね、えへへ。
私が落ち着いたころに話しかけてきた創造主からのアドバイスは割と少なかった。
「よいか?転生先の世界はお主の元の世界では存在していない魔法が使えるのじゃ。魔法の使い方は簡単じゃ、脳内でイメージするのじゃ、空を飛ぶとか雨を降らせるとか。空が飛べれば乗り物いらずじゃろ?まぁ、ほかにも応用は効くから試してみると良い。ふぉふぉふぉ、わしを褒めてもいいんじゃよ?ふぉふぉふぉ!おまけもつけておこうかのぉ!」
「さすがです創造主様!ありがとうございます。私は乗り物運に負けず、魔法を使って幸せな人生を送ってみせます」
創造主はにこやかやな声を響かせ笑った。
「ま、ここでの記憶なくなってしまうからアドバイスの意味は無いかもしれんがのぉ」
光る霧の集合体である私が一瞬さらに光が強くなるような感じが包んだ。
待て待て待て!どうして今から新しい人生を迎えるっていうのにそういう大事なこという?
あ、でも創造主の愚痴聞く前にそんな話してたか。……ってええぇぇぇぇぇぇ!せっかく魔法のコツを聞いたのに!?
ふぉふぉふぉ……と響き渡る声が遠くなっていく。
そして私自身がまるで霧が晴れていくかのようなふわっとした感覚で意識がなくなった。
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そしてお尻が痛い今である。