1.こんなことで思い出したくなかった。
お尻が痛い。
整備されていない土の道路に私は盛大に尻もちをついていた。視界には見渡す限りの草原が広がっており、近くには馬車がある。
しかし四つある車輪のうち一つが壊れてしまっていた。
どうやら馬車の車輪が壊れ、私はその弾みで道へ落ちてお尻をぶつけたようだ。
お尻が痛い。
とぉぉぉっても不本意だが、お尻をぶつけた衝撃で脳内にいろいろ情報が溢れて出してきた。
私が日本人であったこと、友達と旅行に行くはずだったこと、そしてその時に事故によって死んでしまったこと。
お尻を打ったことで自分が転生者だと理解するのはひどくないですか?もっとあるでしょ?
目覚めたら豪華なベットの上とか、高熱がでる風邪を引いた後とかさぁ
なんで別の方法で転生者だと思いだせなかったのか。
「大丈夫かい?リコちゃん」
リコと呼ばれたのは私だ。
何の変哲もない平凡な村娘でまだ10歳。
栗色の髪を肩まで伸ばし琥珀色の瞳をしている今の自分は、あまりの痛さに涙目になっている。
さらに、この馬車が壊れたのは私のせいである可能性が高いことに気づき青ざめた。
「だ、だいじょうぶ。お尻がちょっと痛いだけ。……馬車壊れちゃったね」
青ざめている私に馬車を操っていたライルおじさんは座り込んでいる私のそばに来て優しく抱き起こしてくれた。
「なぁに、もうすぐ村に着くさ、ちょっと不安定になってはいるが運べないことはないからね。一緒に支えてくれるかい?」
とても優しくいつも穏やかでにこにこしているライルおじさんに私は救われて今ここにいる。
当時赤ん坊だった私は村の端にある林の中に捨てられていたらしい。そのことは10歳の誕生日に教えてもらった。そうつい最近知ったのだ。
そんな私を引き取り、妻であるミーシャおばさんと一緒に育ててくれている。
血のつながりが無い私をここまで育ててくれている二人に恩返しがしたくて、家で今までしていた家事手伝いの他に、10歳になったからとお手伝いを増やしたいと強請り、外の仕事--おじさんの仕事--をすることになった。そんな初めてのお手伝いの日、まさかの馬車故障。
いや、まさかではない必然だ。
だって私は……
===========
私、神野理子28歳は人生初めての飛行機に乗って親友の鐘己まゆと女二人旅で沖縄に行こうとしていた。
家族でどこかに行くというのも徒歩圏内でしかなかった。
それというのも、私がとてつもなく乗り物運が悪いからだ。
幼いころでいえば、家族と車でちょっと遠い大型ショッピングセンターに買い物をしに行くだけなのに、私が乗るとエンストするかもしくはタイヤがパンクしたりするということが起り、結局歩いて行ける近場のスーパーや商店街しか行けない。
さらにおねだりをして買ってもらった自転車も練習中補助輪がよく壊れる。しかたないから補助輪無しで練習してなんとか乗れるようになったものの、車輪はうざいぐらい私が乗ろうとすると空気がよく抜ける。修理してもすぐに別のところから知らぬ間に穴があいて空気が抜けていくという不思議現象。もはや何かに呪われているのだろうかとさえ幼心に思った。
それ以降、私はなるべく乗物に乗らない生活を過ごしてきた。
学校も自分が行きたい学校ではなく通学時徒歩で通える所を選び、就職先も当然徒歩で通える所にした。学生時代の楽しみの一つであるはずの修学旅行にはいい思い出なんてなかった。
それぐらい乗り物運がない。本当に。
だから私は学生時代も社会人時代もろくに遊んだことがない。女子なんて特におしゃれだなんだとショッピングしたり甘いものを食べに街に行ったりして遊んだりしているのだ、乗り物の乗れない私ではそんな遊びはできない。
学校でいじめられてる訳ではないし、日常会話とかは普通にしていた。ただ一緒に遊べる友達はいなかった。
休みはもっぱらテレビゲームをして遊んでいた。
私にとっての娯楽があとは漫画とかアニメとか小説しか選択肢なんてなかった。
そんな私が人生初飛行機に何故乗ってしまったのかって?
一緒に行こうと企画を立ててくれたのは、親友のまゆだった。彼女は私の部下として一緒に職場でいろいろな案件をこなしてくれていた。
私の乗り物運がないことを理解しているまゆは、わざわざ私の家に来て一緒にゲームをして遊んでくれた。社会人になってから遊んでくれる友達ができたのだ。
まゆだって自分の稼ぎができて、好きに買い物や食事に行けるのにわざわざ頻繁に我が家に来てくれる。嬉しかった。
そんなまゆからの誘いだけれど、私はぎりぎりまで拒否していた。
だって何が起こるかわからない。
自転車ですらアウトなのに飛行機なんて乗ってしまったら・・・。
しかし、まゆは諦めず一緒にきれいな海見に行こうよと、私を何度も神社に連れて行ってはお祓いや交通安全の祈祷をしてもらった。
「これで大丈夫だよ!!これだけ神様に祈ったし守ってもらえるよ!!神さまは絶対いるから!!」
まゆは自信満々で私を説得してきた。それぐらい私と一緒に旅行に行きたいと思ってくれていた。
こんなにも熱心に私との旅行を希望する彼女の意図はわからないけど、この想いに応えたい。
だけどもし事故になってしまったら一緒に乗るはずのたくさんの乗客の人達が……。
ずっと不安を抱えたまま旅行当日、まゆに引っ張られながら飛行機に搭乗した。
私が乗った飛行機は……なんということでしょう!!離陸出来た!!
正直私は離陸出来ないものだと思っていた、いつも発進前に自転車も車もパンクしたりするから今回も離陸する前に何かしら起こるのではないか、搭乗されてる皆様に申し訳ない気持ちになっていたのだが、問題なく離陸したのだ。
まゆは自信満々そうな顔でこちらを見てきた。
「ね!神様はいるでしょ!守ってくれるって!私一人の想いじゃ難しいけど、神様が見守ってくださるから大丈夫だよ!」
「うん、ありがとう」
ぽつりとしか感謝の言葉を伝えられなかった。声が震えてしまって。
思ってみなかったことが起きたのだ。私が飛行機に乗れた。こんなに嬉しいことはない。
いろんな感情が渦巻いて言葉がでない。
そんな私を察してか、うんうんと頷きながらにやにやしているまゆも瞳がうるんでいる気がする。
私達は順調に沖縄に向かっていた。
眼下に広がる海はとても美しい澄んだ青、陸地に近いところは奇麗な薄いエメラルド色をしていた。
私が自分の目でこんな美しい景色を見れるのは、まゆのおかげだ。本当に感謝しかない、もちろんここまで交通安全の加護くれた神様にも感謝している。
落ち着いた今ならちゃんと伝えられる、思いを言葉にのせた。
「まゆ、本当にありがとう。私、ずっと地元から出られないんだって思い込んでた。こうやって新しい世界が見れるのって素敵だね。本当に本当にありがとう」
ありがとうじゃ足りないけど、この感謝の気持ちを。
そんな私にまゆは元気いっぱいな笑顔で返してくれた。
「えへへ、いいってことよ!沖縄ついたらさ、おすすめスポットめっちゃ調べてきたからいっぱい巡ろうね!」
照れているまゆはとても輝いて見えた。
正直後光が差していると言っていい。私にはそう見えたのだから。
あとちょっとで沖縄に地に足が付けられる、そう思っていた矢先機体が激しく揺れた。
空は晴れている、雨雲や台風なんて一切ない。そんな状況で機体が揺れる?
初めて飛行機に乗った私にはこの揺れが着陸準備の為のものなのか、トラブルによるものなのか最初はわからなかった。
隣のまゆを見ると指を組み祈るような姿勢になっていた、機内の雰囲気も着陸準備でないことを告げていた。
やはり、そんなうまくいくことはないのだ。私は飛行機に乗るべきではなかった。
私のせいでたくさんの人を巻き込んでしまった。その思いで胸が苦しくなった。このまま墜落してしまったら、一体何人の人が犠牲になってしまうのだろう。もしかしたら、まゆもそう思っているのかもしれない。だから祈っているのだろう。
ざわついた機内に芯のある声がスピーカーから響いてきた。
声の主、機長からは落ち着いた様子でこれから海面に不時着を試みることを告げられた。
腰回りのとシートベルトの確認をしっかりとされ、前かがみになって頭を守るような姿勢になりながら、私を含む乗客全員が祈るような思いでその時を迎えた。
激しい衝撃が機体を襲った、そして自分の腰回りからいやな音がした。
ぶちっん
身体を支えていたはずのシートベルトが切れた。
機体はバウンドしながら水面に何度か触れているようで、その影響でシートベルトの切れてしまった私はぶわっと宙に浮いた身体が天井に叩きつけらた。
___________________
………目覚めたら……青空だと思う。
なぜか視界が定まらない、でも空色をしてるのはわかる。
ここはどこで今まで何をしていたんだっけ。ぼんやりする思考を懸命にフル回転させる。
うっすらと記憶を思い出してきたのは旅行に行こうとしていたこと。
そう、そうだ、飛行機乗ったのだ。
ぼんやりとしていた頭も少しずつ働き始めてきた。
じゃあここは沖縄か?確認しようと起き上がろうとしたがすぐに異変に気づいた。
(あれ?手足の感覚ないんだけど?っていうか私の視界がおかしい!!)
動物的視野?いや、そんなもんじゃない360度見えるというか、感じるというのだろうか?
今の自分が人の姿をしていないことがわかる、見えるとかじゃなくてやっぱり感じるといった方が正しい。
私自身がすでに肉体を失い、ぼやぼやした霧のようなそれでいて淡く光っているようなものの集合体であると感じている。この感覚は何なのか働き始めた思考が混乱し始めた。
(なんで?え?これ死んだの?身体ないんだけど!)
必死に今まで記憶を取り戻そうとする。
混乱する頭を、先ほどまでのことを必死に思い返していた。
しかし、ようやく思い出した記憶はあんまりだった。
結局私にはどんなに神頼みしても乗り物運などはなく、最後まで無事に乗物に乗りきれずに私の人生が終わってしまった。
あのあと飛行機はどうなったんだろう。まゆは無事だろうか、一緒に乗っていた乗客は無事なんだろうか。私のせいでみんな死んでしまっていたら……そう思うと、身体はないが胸が痛い気持ちでいっぱいだった。
すこし自分を落ちつけてから360度の視界を見た。私と同じような淡い光の集合体はない。
それは私だけが死んでしまったということでいいのだろうか。そのような思考を巡らせていたところに唐突に声が聞こえてきた。
「気がついたかね?」
文章って書くの難しいですね。