第八話「仲間」
「うーん……」
背中にごろついた感触を感じ、僕は目を覚ました。
いつの間にか、地べたで寝ていたらしい。
……体の節々が痛む、どうやら筋肉痛が起きているようだ。
立ち上がって服に入った小石を払いつつ、僕は意識を失う前のことを思い出そうとする。
――確か僕はマギサに飛びかかって、それから……。
……剣を手に、マギサに飛びかかったところまでは覚えているがそれ以降の記憶がなかった。
僕があたりを見回してみると戦っていたはずのマギサの姿はなく、
近くに座り込んでいるシャリークさんと周囲を警戒しているハルベルトさん、
……そして、大きくひび割れた木の人形だけがこの部屋にあった。
「おう、アゼル。目を覚ましたか」
僕が目を覚ましたことに気付いて、シャリークさんが顔をこちらに向け声を掛けてきた。
「首、痛くねえか? 枕なんてもんもってねぇから、代わりに俺の荷物袋を使ったんだけどよ」
そう言われて地面に目を下ろすと、横倒しになった荷物袋が僕の眠っていた場所にあった。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。……ところで、マギサとの戦いはどうなったんですか?」
僕はシャリークさんに、マギサとの戦いについて尋ねた。
「覚えてないのか?」という反応を返してきた後、彼は僕に戦いの顛末について話してくれた。
首に下げている紋章が輝いた後、僕の動きが急に段違いの動きになったこと。
この場にいたマギサは、彼女本人ではなくその分身だったこと。
そして僕の発した白い雷が、マギサの分身にとどめを刺したということを。
「あの時のお前、本当にすごかったんだぜ。あんな動きするやつ、冒険者の中にもそうそういねえよ」
シャリークさんがそう言うが、僕には本当にその実感はなかった。
――白い雷……、僕がそんなものを本当に……?
そんなことを思っているときだった。
「アゼル、もう体は大丈夫か?」
周囲の警戒をしていたハルベルトさんが、こちらに近づいてきて声をかけてくれた。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「ならよかった。君とシャリークの協力には、本当に感謝している。……巻き込んでしまい、すまなかった」
そう言うとハルベルトさんは深々と頭を下げてきた。
「おいおい、俺達は巻き込まれたつもりなんかねえよ。……どっちかっていうと、自分から巻き込まれにいった感じだし」
「ええ、元はといえば僕がマギサが魔法で変装していたことにも気付かずに思惑通りに動いたのが悪いんですし……謝るなら僕の方です」
迷子の少女を助けるだけのつもりが、まさか魔王の部下との戦いにまでなるとは思っていなかった。
誰が悪いというのなら、騙していたマギサになるだろう。
……もっとも、あっさりと騙されてしまった僕にも当然非はあるのだが。
「そうか……。それにしても、先程の君はすごかった。アルフォンス王子の初陣を思い出したよ」
魔王軍との戦いで活躍する英雄の名前を引き合いに出され、僕は少々気恥ずかしくなった。
「アゼルも目を覚ましたし、これ以上ここにいる必要もねえな。さっさとここから抜け出そうぜ」
シャリークさんの言葉に僕もハルベルトさんも同意し、部屋を出た。
そして、様々なことを話しながら洞窟を抜け出した。
「アゼル、シャリーク。ここでお別れだな……君達には本当に感謝している。君達がイロアスに来た時には、是非訪ねてきてくれ。俺のできる限りで力になろう」
マーケの町に向かう僕とは違い、直接転移呪文でイロアスの城下町に戻ろうとするハルベルトさんから別れの言葉をかけられた。
イロアスに向かった時には必ず訪問します……と言ったところで、僕は聞いておかないといけないことがあることに気付いた。
「ハルベルトさん、これについてなんですけど……」
僕は道具袋にしまっていたロケットを取り出す。
ハルベルトさんの弟であるクロトさんの遺体が身につけていたものだ。
「そのロケットは……クロトのものだったな」
ハルベルトさんは僕が手に持つロケットを見て、少し考え込む素振りを見せた後僕に言った。
「アゼル……。それは君がロケットの女性……、ルアナに渡してもらえないか?」
突然の言葉に、僕は戸惑った。
他人である僕が持つよりも、家族であるハルベルトさんから渡したほうが筋がいいのではないだろうか……。
そう思っているとハルベルトさんが、言葉を続ける。
「個人的な事情なのだが、俺は彼女のいるスガーリ村には顔を出しづらくてな……。それに、今回の事件を解決したのは君だ。私ではない……」
言葉を発したハルベルトさんの表情は暗く、なにか事情があるのだろうと察することができた。
「わかりました、僕の方から渡しておきます」
僕が頼みを了承すると、ハルベルトさんの表情が少し明るくなった。
「すまない、よろしく頼む……」
「ええ、任せてください」
そして、ハルベルトさんは転位の呪文を唱えてイロアスの城下町へと帰っていった。
空に浮かび上がった彼の影が見えなくなると、シャリークさんが声をかけてくる。
「行っちまったな、ハルベルトの奴。……それで、アゼルはスガーリ村に行った後にどうするんだ?」
「ひとまずはマーケの町に向かって仲間を集めて、イロアスへの入国許可証を手に入れようと考えています」
――今回の事件でで痛感したが、僕はまだまだ力不足だ。
シャリークさんやハルベルトさん、それに紋章の不思議な力に助けられて今回はなんとかなったが、今後もそれが続くとは限らない。
僕自身が強くなることも必要だが、信頼できる仲間を集めるのは旅をつけるのに大切だと痛感していた。
「仲間を集める、か……」
僕の言葉を聞いてシャリークさんが一旦黙り込む……そして、予想外の言葉を僕に告げた。
「なあ、アゼル。お前さえ良ければ、お前の旅に俺も付き合わせてくれねえか?」
「えっ?」
予想外の言葉に、僕は一瞬驚く。
シャリークさんが共に旅をしてくれるなら、とても心強い。
だが、彼には彼の目的があって旅をしているはずだ。
僕の旅に付き合わせてしまって、本当にいいのだろうか……?
そう考え込んでいたときだった。
「おっと、わりぃ。唐突な話だったもんな。迷惑だったか?」
気まずそうに、右手で頭をかきながらシャリークさんが告げてきた。
「いえ、そうではないんです。とてもありがたい話なんですが、シャリークさんにはシャリークさんの目的があるはずなのにいいのかなと思って」
僕の言葉を聞いて、シャリークさんは「なんだ、そんなことか」とでも言うような笑みを浮かべた。
そして、僕にこう言ってきた。
「俺から切り出した話なんだ。そんなこと気にしなくていいぜ。それに、お前の旅に同行することが俺の旅の目的を達成することへの近道にもなりそうだしな」
「僕に同行することが、旅の目的への達成への近道……? それは一体……」
僕が質問をすると、シャリークさんが答え始めた。
「俺が故郷から旅立つ前に、予言者と名乗る爺さんに出会ってな。その爺さんに言われたんだ、『強き光を宿す者と旅をすることでお前の贖罪が果たされる』ってな」
――予言者と名乗る老人……、まさかフォンさんのことなのだろうか?
そんな事を少し考えた間にも、シャリークさんの言葉は続く。
「初めは、勇者の子孫であるイロアスのアルフォンス王子のことかと思ってたんだ。けど、あの戦いを見て確信した。爺さんが指し示す人物は、お前だってな。だから、お前の旅に同行させて欲しい」
真剣な眼差しで僕を見据え、シャリークさんはそう言ってきた。
――ここまで言われたのなら、答えはもう決まっている。
「あなたの言葉はよくわかりました。その上で、僕からも一つ言わせてください。……シャリークさん、あなたの助けが必要です。僕と共に旅をしてください」
そう言って、僕は右腕を前に差し出した。
僕の言葉を聞いたシャリークさんは、僕の手を握り返し握手をしてきた。
「申し出を受けてくれて、ありがとな。これから俺達は仲間だ!」
「ええ、共に頑張りましょう」
握っていた手を離し、僕達はスガーリ村に向けて歩き始めた。
そして少し歩き続けたところで、シャリークさんがある提案をしてくる。
「せっかく仲間になったんだ、敬語なんて無しでいこうぜ。歳だって、見たところそんなに変わらないしな」
突然の提案に驚いたが、確かに仲間同士なのに敬語というのも他人行儀すぎるだろうと思い僕は彼の言葉に乗った。
「ああ、君の言う通りだ。これからよろしく、シャリーク」
「おう、これからよろしくな『相棒』!」
こうして、僕の旅にシャリークという心強い仲間ができたのであった。