第七話「聖なる雷」
俺の名はシャリーク、旅の武闘家だ。
あるきっかけで偶然出会ったアゼルという少年の手助けをしていたが、
その途中でオウマ六魔将の一人であるマギサと戦うことになってしまう。
全力を出すも、劣勢に立たされてしまう俺とアゼル……。
イロアスの英雄ハルベルトが加勢してくれるも、劣勢を覆すには至らなかった。
だが、これで終わりかと思ったその時急にアゼルの首の紋章が輝き出す。
「これなら動ける……! いくぞ、マギサ!」
アゼルが剣を構えて、マギサに飛びかかり振り下ろす。
その動きは風のように素早く、一瞬見落としそうになってしまうほどだった。
「さっきよりも速い!? ……だけど、当たるわけには!」
当たる直前のところで、マギサは後ろに飛び退き剣を交わした。
だが、その太刀筋は明らかにこれまでとはまるで違う領域のものになっていた。
恐らく、並み居る冒険者の中でも相当高いレベルにあるであろうことは明らかだ。
「動きがさっきまでとはまるで違う……! あの紋章の輝きが、何か関係してるのか……!?」
俺は、先程アゼルの怒りに呼応するかのように輝き出した紋章の事を思い出す。
とてつもなく強い光……、俺はその光にどこか懐かしさを感じていた。
そしてあの光が輝いてから、明らかにアゼルは強くなっていたのだった。
戦いに目を向けると、一進一退の攻防が繰り広げられている。
一瞬でも気を抜くとそこで勝負が決まる……、そんな緊張感がある戦いだ。
ハルベルトの方に目を向けると、彼もその戦いの凄まじさに圧倒されているのか唖然とした顔をしていた。
「こうなったら、私の本気の力で終わらせてあげるわ……!」
そう言うと、マギサは杖を構え凄まじく巨大な炎を作り出す。
前に俺やアゼルが食らったものや、ハルベルトに放たれようとしていたものよりも強大な魔力を感じる炎だった。
「アゼル、避けろ! そいつを食らったら流石に持たねえぞ!」
「もう遅いわ! この炎で消えなさい……!」
俺は思わずアゼルに向かって叫んだが、それよりも早く炎がアゼルを包み込もうと襲いかかる。
素早く飛んでくるその炎の塊は、避けようとしても到底避けきれそうにもない。
――くそっ、流石にもうだめなのか……!?
そう思ってしまった俺は、思わず目を背けそうになるがアゼルは全く動じず……
「はあっ!」
剣を思い切り振り、魔力の炎をかき消したのであった。
「嘘……、私の炎が!?」
「なんと! あの炎を剣圧だけでかき消すとは……!」
ハルベルトが、アゼルの行動に感嘆の言葉を漏らす。
あまりの光景に、俺は目の前で起きたことを一瞬信じられなかった。
本気の炎をかき消されたマギサも、余裕ぶった笑顔が消え愕然としている。
「これで、終わらせてやる……! 我が腕に宿れ、聖なる雷!」
そう言うとアゼルは右腕を空にかざす。
そして、その右腕には白い雷が集まっていた。
神聖な雰囲気を纏っているが、同時に凄まじい力が秘められているのであろうとも思えた。
「あれは……! アルフォンス王子と同じ……!?」
「まさか、この力を使える人間があの子とアルフォンス以外にもいるなんて……!」
アゼルの右腕に集まる雷を見て、ハルベルトとマギサが驚きの声を上げた。
どうやら、あの雷を使えるものが今のアゼル以外にもいるらしい。
「悪しき物に裁きを与えよ!聖雷光!」
かざされていた右腕が振り下ろされると、雷撃がマギサを襲った。
流石にこの超高速の雷は避けきれなかったのか、完璧に命中しマギサの絶叫が響きマギサは倒れ伏す。
「くっ、ま、まさか……人間ごときに、この私が……!」
「あの雷をくらってまだ動けるのか……!」
顔を上げ、苦し紛れの言葉を発するマギサに俺は驚く。
だが、雷の一撃は確実に彼女を仕留めていたのか彼女の体が砂となって崩れ始める。
「……私の『分身』を倒したくらいで、調子に乗らないでね。次は確実に殺してあげるわ……!」
そう言い残すと、マギサの体は完全に消滅し彼女のいた場所には木掘りの人形が残った。
「どうやら、この人形を触媒に魔術で分身を作っていたようだな……」
ハルベルトが人形を拾い上げ、そう言った。
人形は大きくひび割れていて、ダメージの大きさを物語っているかのようだった。
「やったな、アゼル!」
俺はそう言って、アゼルに駆け寄る。
分身とはいえ、オウマ六魔将を退けたのだ。
俺は今、彼に凄まじい尊敬の念を抱き、旅立つ前にある老人に言われた言葉を思い出していた。
「強き光を宿す者を探し出せ……。その者の旅に同行することで、貴様の贖罪も果たされるであろう……」
その言葉を指針に、俺は世界を旅していたが、当てはまるような人物にはこれまで会えなかった。
だが、ようやく俺はその言葉の示す人間を探し当てた……そう確信した。
こいつと共に旅をすれば、いつかあいつを救えるかもしれない……と。
「まさか、六魔将の一人を退けちまうなんて思わなかったぜ! すげえよ、お前!」
そう言いながら俺はアゼルの肩を叩こうとしたが、手が触れる直前いきなり崩れ落ちた。
「お、おい!? 大丈夫か!?」
地面に倒れる直前に、アゼルを受け止め声を掛けるが、返事はない。
これはヤバいんじゃないかと思ったが、程なくして寝息が聞こえてきた。
「あまりに大きな力を出したので、その反動が体に来てしまったようだな」
「なんだよ、ビビらせやがって……。まぁ、とにかく無事で良かったぜ……」
俺は荷物袋を枕代わりに置いてやると、アゼルを地べたに寝かせた。
――しかし、この寝顔を見てるとあんなすげえ戦いをするやつには見えねえな。
年相応の寝顔を見せるアゼルを見て、俺は内心そう思った。
これまで旅の中で見てきた戦いの中でも、先程の戦いは屈指の凄さだった。
こいつなら、いつか魔王だって倒せるかもしれない……そう思えた。
「こいつが目を覚ますまで、ここで見張り番でもやっとくか」
部屋の主であるマギサを倒したからと言って、この付近にいる魔物が消えたわけではない。
この状況で気を抜いて俺まで休んだら、たちまち魔物に襲われて全滅する可能性もある。
そう考えた俺は、周囲の警戒にあたろうとしたがそこでハルベルトに声を掛けられる。
「それは俺がやっておこう。シャリーク、お前も休むといい」
「大丈夫か? あんただって、かなりボロボロなのに」
炎の呪文をあびせられた鎧の損傷は激しく、またハルベルト自身もその動きから万全とは言い難い状況だった。
そんな状況で周囲の警戒を頼むは、いくら相手が英雄と呼ばれるほどの人間でも遠慮してしまう。
だが、そんな俺の考えを察したのかハルベルトは制止するかのように手を前に出し言った。
「心配するな。この程度で音を上げるほど、やわな鍛え方はしていないさ」
「そうか……。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうぜ」
無理をしているんじゃないかと思ったが、俺は彼の真剣な声を聞きそれに従うことにした。
そして、地べたに座り込み体を休めようと目を閉じた。