第五話「洞窟の戦い」
「……なるほどな。そいつがテメエの真の姿ってわけか、イリア」
変貌したイリアの姿を見て、シャリークさんが言葉を漏らす。
「ふふっ、そうよ。自分で言うのも何だけど、綺麗でしょう?」
そう言ってイリアは妖艶に笑う。
整った顔立ちに豊満な胸部、そして程よい肉付き……確かに綺麗だった。
だが、彼女は冒険者が行方不明になった事件の首謀者だ。
……決して油断はできない相手だ。
「イリア、君は一体何者なんだ。何のためにこんなことを?」
「あら? ここで死ぬあなた達に、そんな事を教える必要があるのかしら?」
「だったら、強引に口を割らせてやるまでだぜ!」
そう言うとシャリークさんは地面を蹴って疾風のように飛びかかり、
イリアに飛び蹴りを浴びせようとした。
この速さならそうそう防げはしないだろうと僕は思った。だが……。
「な、何だと……!? 俺の蹴りを……!?」
「ふふっ、いい動きだけどそれじゃ私には届かないわ」
なんとあのスピードの攻撃を彼女は右腕だけで防ぎ、
そのまま足を掴んでシャリークさんを投げ捨て地面に叩きつけた。
「大丈夫ですか、シャリークさん!」
「おう……! この程度、屁でもねえぜ」
そう言って彼はすぐに立ち上がった。
確かに彼の言う通りに、そこまでダメージは残っていなさそうだった。
「今度は僕がやる! くらえ、火炎!」
炎の呪文がイリアに迫る。
「この程度の炎じゃ暖房にもならないわね」
だが、彼女は避ける素振りも見せずに右腕を前に出すと炎を掴みかき消した。
「だったら、これで!」
僕は剣を構え、一瞬シャリークさんにちらりと目配せをし、イリアに飛びかかって切り込んだ。
だが、その攻撃は杖によって防がれてしまう。
「残念でした。まだまだ経験不足ね」
剣での一撃を防ぎ、余裕の表情を浮かべるイリア。
だが、これまでの動きで完全に僕達を舐めきっていたのかあの人の動きに気を配っていなかった。
「隙を見せたな! 今です、シャリークさん!」
「えっ!?」
僕が彼女と鍔迫り合いをしている所に、背後からシャリークさんが現れた。
「必殺!」
腰を落とし構え、しっかりと標的を見据えると……
「『牛突掌』!」
拳を前に突き出し、イリアのみぞおちに必殺の一撃を叩き込んだ。
その衝撃で彼女は地面に転がっていく。
「やりましたね! 素晴らしい一撃でした! シャリークさん」
「ああ、お前の合図のお陰だぜアゼル!」
ここから反撃開始だと意気込む僕達。
このままいけば十分に勝機はあると思っていた。
「いたたた。もう、青あざになっちゃうじゃない……」
そう言いながら、彼女は立ち上がり服についた土埃を叩いて落としていた。
「あれを食らってもまだ立ち上がれんのか。ちょっとプライドが傷ついたぜ……」
「今のはいい一撃だったわ、シャリーク。
アゼルの言う通り、隙を見せすぎたわね……でも」
突然、彼女の体から禍々しいオーラが吹き上がる。
一瞬、体が心の底から震えたような気がした。
「あなた達に勝ち目はないわ」
そう言い放つ彼女の顔に、先程までのような余裕は見られなかった。
笑みを浮かべているが、その瞳は真剣そのものだ。
「……へっ、こいつは覚悟を決める必要があるか」
「そうですね……。ですが、ここで終わるつもりはありませんよ」
僕とシャリークさんも再び構えを取り直す。
「そうそう、私が何者か。
そして、何のためにこんなことをしていたのか知りたがっていたわよね」
「話す気になったのか?」
「殺す前に、それだけは話しておいてあげるわ。
あの攻撃を見せてくれたあなた達への私からのプレゼントよ」
「へっ、そうかい。だったら、ありがたく受け取ってやるぜ」
そして彼女は自分の素性とその目的を語りだした。
「まず、イリアというのは私の本当の名前じゃないわ。
私の本当の名はマギサ、大魔王オウマ様の配下の魔族よ」
「マギサ……。それがイリアの本当の名前……」
「大魔王オウマの配下か……。
まさか、そんな奴をこんなところで直に見ることになるとは思わなかったぜ」
魔族……魔界と呼ばれるこの世界とは別の世界に住む人々のことだ。
魔王オウマもまたその一人だと言われている。
――彼女がオウマの配下なら、あいつについても知っているはずだ。
そう思った僕は、彼女に尋ねる。
「オウマの配下……なら君は、ドラークという男についても知っているのか?」
そう、かつて僕の住むタトス村を壊滅させノエルを殺した男ドラーク……。
奴も大魔王オウマの配下だと、フォンさんから聞いている……。
なら、彼女なら何か知っているかもしれない。
「あら、あの人のことを知っているの?」
「やはり知っているのか! 答えろ! 奴はいまどこにいるんだ!」
「お、おい。落ち着けアゼル!」
僕の様子がおかしいと思ったのか、シャリークさんが落ち着くように促してきた。
「何があったのかは知らないけれど、彼に相当な恨みがあるようね。
でも、私は彼の居場所については知らないわ。ご期待にそえずごめんなさいね」
「くっ……」
必ずしも求めていた答えが出てくるとは思っていなかったが、それでも落胆の気持ちはあった
「でも一つだけ教えてあげられることがあるわよ。
彼も私と同じく、オウマ様直属の6人の部下の一人ということだけわね」
「なるほど……おめえは『オウマ六魔将』の一人ってわけか」
「オウマ六魔将……?」
……初めて聞く言葉だ。フォンさんは確か、オウマには強力な6人の部下がいると言っていたが。
「大魔王オウマの配下の中でも特に強力な6人の配下で、
それぞれ強力な魔物の兵団を率いてるだったよな?イリア……じゃなかった、マギサ」
「あら、よく知ってるじゃない。情報に強いのね、褒めてあげるわ」
魔物の兵団を率いている……?それじゃあまさか……。
「マギサ、さっき僕達が戦ったゴブリンやゾンビたちも君の配下の魔物なのか?」
「いいえ、違うわ。あれは私の魔術で生み出されたものよ」
「何?どういうこった、そりゃ」
魔術で魔物を生み出す? そんなことが可能なのか……?
「言葉通りの意味よ。冒険者の魂を奪い取って、それを魔物に転生させてあげたの。私の魔法でね」
「魂を奪い取るだって? それじゃあ、魂を奪い取られた体はどうなっちまうんだ?」
「ここに来る途中で、クロトって冒険者の遺体を見たでしょ? ああなるのよ」
つまり、生み出された魔物の餌にされるということか。
あまりにもひどい所業に怒りがこみ上げてくる。
「冒険者はどうやってここまで連れてきてたんだ?」
「あなた達と同じく、子供の姿でお願いしたのよ。
もっとも、子供にも靡かない人がいるからそういう人には姿を変えたけどね」
「父親探しを手伝ってると思ったら、この始末か……魔王の部下らしく嫌らしいことしやがるぜ」
「そんなに褒めないでよ……照れるじゃない」
「褒めた覚えはねえよ……勝手に都合の良い解釈すんな」
「さて、ボーナスタイムはここまでよ。そろそろお別れといきましょうか」
そう言うと彼女は杖を持って、魔法の言葉を念じ始めた。
すると杖の先に炎の塊が出来上がり、凄まじい大きさになっていく……。
「やらせねえよ!」
魔法の詠唱を阻もうと、シャリークさんが懐に飛び込み打撃を加えようとした。だが……
「魔法障壁だと……!?」
魔法障壁によって、彼の打撃は阻まれる。
いつの間にあんなものを……。
「お喋りの間に私が何もしてないと思った? 見所はあるけども、まだまだ未熟ね」
「そういうことかよ……、確かに俺も未熟だったぜ」
シャリークさんは後方に飛び退き、一旦距離をおき実を守る体制をとった。
「ふふっ、いい勉強になったでしょう? もっとも授業料は高いけどね」
そして彼女の呪文の詠唱が終わり、とうとう火球の放たれる時が来た。
「さあ、これで終わりよ。さようなら」
特大の火球が僕達を包み込んでいく。
身体全体が焼けるように熱い……。
これでもう終わりなのか……そう思ったその時だった。
「『蒼氷斬』!」
凄まじい冷気を帯びた斬撃が、ある程度火球の勢いを相殺し、僕達はギリギリのところで生き残った。
「あら、あなたも残っていたことを忘れていたわ」
「イロアス王国騎士団副団長として、これ以上年端もゆかぬ少年たちになど戦わせてはおけん!」
僕達を助けてくれたのは、部屋に倒れていた戦士の男性だった。