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第二話「ドワーフの商人 ダルト」

「今日はとてもいい天気だね」


「ええ、体を動かすには最高の天気ね」


 空に雲ひとつない晴天の日、僕はノエルと共に剣の稽古をするために、

 故郷の村から20分ほど山道を降った所にある草原に来ていた。

 この草原には村へと続く小さな街道が整備されているが、

 買い出しに行く村人や行商人がたまに利用するくらいだ。

 周りに気兼ねなく剣を振るうには最適の場所で、剣の稽古をする時はいつものこの場所に来ている。


「よーし! いくよノエル!」


「どこからでもかかって来なさい!」


 僕は木刀を構えると、思い切り振り上げた。


「……夢、か」


 街道の脇道にある、薄暗い小さな洞穴で僕は目を覚ました。

 雨宿りをしていたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 外を覗いてみると雨は上がり、雲の隙間から陽の光が差していた。

 僕は洞穴から抜け出すと、再び街道を下り始める。

 このまま行けば後数時間ほどでビギンの町に着く……今日はそこで宿を取ろう。


 ――それにしても、懐かしい夢を見たなあ。

 10歳を過ぎた頃くらいから週に3,4日はノエルと剣の稽古をしていたが、結局彼女に勝てたのは数えるほどだった。

 村を訪れた行商人の護衛の人は、彼女を腕利きの冒険者とも十分に渡り合える剣の使い手だと評していた。

 そんな腕前になるまでに過去に相当な努力をしたのだろうと思う。

 一緒に暮らしていたのに、僕は彼女が過去に何をしていたのかを全く知らない。

 彼女と彼女の父親が、僕の両親に昔仕えていたことを聞いたことがあるくらいだ。

 ……こんなことになるならもっと話をしておくべきだったと今になって思う。

 聞きたいことだってたくさんあったし、話したいこともたくさんあった。

 剣の腕前もまだまだ僕の腕では彼女に敵わない。

 そんな事を考える度に、彼女はもういないのだと実感して悲しみで胸がいっぱいになった。


 辺りが薄暗くなり虫の鳴き声が聞こえ始めた頃、僕はビギンの町に到着した。

 決して大きな町ではないが、それでも故郷の村よりは遥かに規模の大きな場所だ。

 主だった通りはしっかりと石畳で舗装されているし、建物も多く建っている。

 また、西にある洞窟を抜けるとマーケの町に行くことができる。

 

 ――確かこの辺りに宿屋があったような……。

 以前訪れた時の記憶を頼りに、宿屋を探す。

 少し歩くと、ほどなく宿屋の看板が見つかり僕は扉を開けた。

 いらっしゃい!という大きな声とともに宿の主人が出迎えてくれる。

 中を少し見回すと客室に向かう階段の隣に、酒場の扉が見えた。

 僕は受付を済ませて、自分の部屋に向かおうと階段に向かった。

 ……その時だった。


「何だてめえ! ドワーフごときがこの俺様の言うことが聞けないってのか! ああ!?」


 酒場の方から大きな怒声が聞こえてきた。

 突然の出来事に、宿の主人が酒場に向かう。

 半開きになったドアから中の様子をうかがうと、

 背の高いがっしりとした体付きの若い男が、背の低い立派な髭を蓄えている男に詰め寄る姿が見えた。

 宿の主人が場を収めようとするが全く意に介さず、騒ぎの収まる雰囲気はなかった。


「いくら詰め寄られても、そんな横暴な頼みは聞けませんよ!」


「どうやら痛い目を見ないとわかんねえようだな……おう、野郎ども!


 ドワーフのおっさんに人間の『ルール』ってやつを勉強させてやれ!」


「合点承知でさあ!親分!」 


 若い男が声を掛けると近くの席に座っていた男達がぞろぞろと周りを囲み始めた。

 3,4人はいるだろうか……どうやらみんな若い男の仲間だったようだ。

 不穏な雰囲気に宿の主人も動けなくなっているようだった。


「いくらなんでも、それはないんじゃないですか?」


 このままでは絡まれている人が危ない……そう感じた僕は割って入るように前に立った。


「なんだぁ?関係ないガキはすっこんでいやがれ!」


「確かに僕はこの件とは無関係だ。だけど、たった一人を相手に複数で向かっていくなんてこんな暴挙を見過ごすことはできない」


「いい度胸じゃねえか。だったらテメエから痛めつけてやらあ!」


 男たちがこちらに殴りかかってくる。

 僕はそれを避けると、その中の一人の腕を掴んで投げ飛ばした。


「なっ、こいつ意外とやるぞ!?」


「もう十分だろ?痛い目にあいたくなければ、今日はもう失せるんだ」


「……くそっ、覚えてやがれ!」


 男たちは捨て台詞を残すと、そそくさと酒場から出ていった。


「どこのどなたかは存じませんが、助けていただきありがとうございます」


 絡まれていた男性が近づいてきてこちらにお礼を言ってきた。


「いえ、そんなお礼を言われるほどのことじゃないですよ」


「そう謙遜なさらないでください。どうです?食事でもご一緒にいかがですか?」


「では、お言葉に甘えて」


 僕は男性と同じテーブルに座った。


「私の名前はダルトと言います。商人として世界を旅しています」


「僕の名前はアゼルです。よろしくお願いします。……ダルトさんはドワーフの方なんですよね」


「ええ、そうです」


 ドワーフ……このダウヌールの地に暮らす人間以外の種族の一つだ。

 僕達人間の住むヒューライト大陸の東にある、ドワテッラ大陸に暮らしている人々である。

 背丈は人間よりも低いものの逞しい肉体を持つことで知られていて、

 ダルトさんも服の間から見える胸元や腕も引き締まっていてかなり鍛えられているように見えた。

 また、物づくりの技術にも秀でていて冒険者の間では彼らの作る質のいい道具は必需品であるらしい。



「人間以外の種族の人を見るのは初めてなので、なんだかこうして話していると自分が物語の世界の住人になったみたいです……

 って、なんだか失礼なことを言ってしまいましたねすいません」


「いえいえ、お気になさらず。魔王が復活してからは大陸間の交流も減ってきていますからね。」


「ありがとうございます。……そういえば、ダルトさんは何故あの人達に絡まれていたんですか?」


「ああ、そのことですか。『人間様のためなんだから、金なんて貰わずに商品をよこせ』などと


 思い上がりも甚だしい事を言われたので断っていたらあのようなトラブルになってしまいまして……」

 なんて横暴な人達なんだろう……同じ人間として少し恥ずかしく思った。


「3年前にイロアス王国で病床のイロアス王に代わりアルフォンス王子が政務を引き受けるようになってから、

 それとなく種族間に壁を作る政策が多くなりああいう人が増えてきているところはありますね」


 アルフォンス王子……、魔王との戦いで中心となって戦っているという話は聞いたがどのような人なのだろう……。


「それに今では我々のような異種族のみならず人間の方々ですら、許可がないと入国できないようになっているとも聞きます」


「えっ、入国に許可が必要なんですか?」


「そうです。許可証を持っていない人間は城前で門前払いをくらって入れないということらしいですよ」


 そんなことになっていたなんて……。

 許可証なんて当然持っていないし、入手するあてもない……どうしようかと頭を悩ませていたところでダルトさんが言った。



「イロアス王国に行きたいのですか?」


「ええ」


 僕はこれまでの事を話した。

 故郷を壊滅させた魔物を倒したいということ。

 そのために仲間を集めろという話を、フォンという老人からされたこと。

 そして、僕の出自を知る何かがそこにあるということを。


「ふむふむ……なるほど。だったら西にあるマーケの町に行ってみてはいかがですかな?」


「マーケの町に?」


 ダルトさんが言うには、マーケの町長の依頼を聞けばイロアスへの入国許可証を発行してもらえるらしい。

 また、商業都市として有名なこの町には魔王の脅威のある今もなお多くの冒険者が集まっているため仲間を探すにはうってつけであるということも。


「ですが、最近ビギンとマーケを結ぶ洞窟で冒険者が行方不明になる事件が起きているという噂を聞きます。

 マーケへと向かうならば、このことは頭に入れておいたほうがいいと思いますよ」


「ありがとうございますダルトさん、とても参考になりました」


「いえいえ、お力になれたなら何よりです」


「そうだ、ダルトさんは商人として世界を回っていたんですよね?だったらこの剣に刻まれた紋章について何か知りませんか?」


「どれどれ、拝見させていただきましょう……」


 僕は剣を差し出し確認してもらう。

 世界中を旅している彼なら刻まれた紋章についても何か知っているかもしれない。


「これは……恐らくヘルト王国の国章ですね」


「ヘルト王国?」


「ええ、かつて大魔王オウマの軍勢によって滅ぼされた国です」


 ヘルト王国はイロアス王国と同じく、かつてこの世界を救った勇者アレスの血を引く子孫がいた国らしい。

 だが、オウマの軍勢によって一夜にして攻め滅ぼされその国にいた勇者の血も途絶えたということだ。


「そんな国の紋章が何故この剣に刻まれていたんでしょうか……」


「もしかしたら、アゼルさんにはヘルト王国との繋がりが何かあるのかもしれませんね」


 失われた国との繋がり……それはあの日フォンさんが語っていた僕が何者かという話にも関わるのだろうか……。


 少し考え込んでいたところに宿の亭主がやってきた。

 そろそろ酒場の閉店時間が迫っているとのことだ。


「おや、もうそんな時間ですか。今日は楽しかったです、ありがとうございますアゼルさん」


「いえ、こちらも色々とためになる話が聞けてよかったです」


「今夜の記念です。こちらを受け取ってください」


 そういうとダルトさんは、盾と金属製の鳥の羽のようなものを袋から取り出してきた。

 盾の方を手にとってみると、軽くてとても扱いやすかった。

 彼が自ら作成したものらしく、並大抵の攻撃じゃ壊れず炎への耐性もあるらしい。


「こんなにいいものを貰えるなんて…ありがとうございますダルトさん!


 ところで、この鳥の羽のようなものはなんですか?」

「それは私が作ったアイテムの試作品ですよ。空に放り投げると一度いった町に転移することができます。

 魔法使いの方が使う魔法の転移呪文と、同じような効果のアイテムですね」


 魔法と同じような効果のアイテムを作れるなんて……ドワーフの人の物づくりの技術は凄いと聞くけれど

 彼のそれに関しては本当に物語に登場する人物のように凄いと思ってしまった。


「アゼルさんとはまたどこかで会う予感がします。その時はまたよろしくお願いしますね。それでは良い夜を」


 そう言って彼は自分の宿泊する部屋に去っていった。

 僕も後に続くように、自分の部屋へと向かった


 翌朝、僕は目を覚ますと受付で宿賃を支払った。

 宿の亭主にダルトさんのことを聞くと、彼は早朝にはこの宿を出ていったらしい。


『アゼルさんとはまたどこかで会う予感がします』


 そう言った彼の言葉と同じ予感を胸に抱きつつ、僕は次の目的地であるマーケの町を目指すのであった。

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