第一話「旅立ち」
僕の名前はアゼル。
リジマハ山の奥にある小さな村で暮らしている。
僕は今16歳になった時に受ける成人の儀のために、リジマハ山の山頂にある光の女神像の祠の前まで来ていた。
光の女神というのは僕達の住んでいるダウヌールと呼ばれる世界を作った神様の一人で、
光を司り僕達人間を守護してくれる神様らしい。
同じような神様が人間以外の種族にもいて、それぞれ炎・風・地・水を司っていると聞いたことがある。
そんな神様の像に、村で作った木の首輪をかけお祈りをすれば儀式は終わりだ。
「この首輪を像にかければよかったんだよね」
僕は像の首に首輪をかけ、女神像に祈りを捧げた。
そして村に戻ろうとしたその時であった。
「ほっほっほ、お主がアゼルじゃな?」
僕の前にフードを被った謎の男が現れた。
フードに隠れて顔は見えないが、その口ぶりと声の雰囲気、そして袖口から覗く腕から恐らく高齢なのだろうと推察できる。
「ふむふむ……中々頼もしく成長しておるようじゃの」
老人は僕をまじまじと眺めるとそう言った。
「あの……あなたは一体?」
「おお、そういえば名乗ってなかったのう。そうじゃな……フォンとでも名乗っておこうかの」
「フォンさんですか……」
あからさまに怪しい。
一体何が目的なのだろう……。
「今日はお主に一つ予言を与えておこうと思っての」
「僕に?」
「これから先、お主には幾多の苦難が待ち受ける……。その心構えをしておいてもらおうと思ってな」
幾多の苦難……一体何が起こるというのだろう……。
そう考えていると予言者は僕に手を差し出してきた。
「さあわしの手を握って見るんじゃ。お主の未来が少しだけじゃが見えてくるじゃろう……」
「手を……」
少し戸惑ったが思い切って手を握ってみる。
すると突然目の前が真っ暗になり意識が途切れた。
目を開けると、僕は自宅にいた。
そして家の窓からは村の様子が見える。
だが家の窓から見える風景は僕の知っているいつもののどかなものではなかった。
魔物の大群によって村が散々破壊されていたからだ。
あまりの惨状に僕が言葉を失っていると、上空から指揮官と思われる魔物の怒声が響く。
「必ず勇者を殺せ!逆らうものも庇い立てするものも皆殺しにしろ!」
風に翻るマントと手に持った杖、そして頭に付く2本の角……、その姿に僕は恐怖を覚えた。
そんな時僕に語りかける声があった。
「いい? アゼル、何があっても決して地下の倉庫から出ては駄目よ」
その声の主はノエルという共に暮らしている女性だった。
彼女は僕にとって姉のような存在でもあり母のような存在でもある人で、共に同居している女性だ。
かつて僕の父と母に彼女の父親が仕えていたようでその縁もあって僕の世話を焼き剣術の指導もしてくれている。
長い黒髪とそれを束ねる髪留め、そして青い瞳が印象的で、身内贔屓と言われるかもしれないが
客観的に見て美人だといえる顔立ちだと言えると思う。
「まさか一人で戦うつもりなのか?」
僕の問にノエルは答えなかった。
嫌な予感を感じた僕は彼女の問に従うつもりはなかったが、後頭部に鈍い痛みを感じて意識を失った。
「ごめんなさい、アゼル」
という彼女の言葉を聞きながら……。
「……ゼル! アゼル! 大丈夫? 目を覚まして!」
聞き慣れた声を耳にして僕は再び目を覚ますと、目の前にはノエルがいた。
周りを見渡してみるとそこは家ではなく、女神像のあった祠の中でフォンと名乗っていた老人も姿を消していた。
彼女に何故この場所にいるのか尋ねると、あまりにも僕の帰りが遅いため、村長の許可をとって様子を見にくれたらしい。
祠から出て空を見上げると、確かに日が沈みかけて空も薄暗くなり始めていた。
そんなに長く僕は意識を失っていたのか……などと思いつつ、ノエルが来てくれたことに感謝の言葉を述べた。
「村に戻りましょう?村長達も心配しているわ」
「うん、そうだね」
そして僕は彼女の言葉に従って、村に帰ることにした。
それにしてもあの夢はなんだったんだろう……。
夢にしてはやけに現実味があったけど……。
「おお戻ってきたかアゼル!」
村に戻ると村長が出迎えてくれた。
「すみません村長、心配をかけました」
「何、無事で何よりだ。今日はもう遅いし、家でゆっくり休むといいだろう」
「はい、ありがとうございます」
僕は村長の言葉に従いノエルと共に自宅に帰った。
そして睡眠の準備を整えて布団に入ろうとした時、ノエルに声をかけられた。
「アゼル、疲れてるところ悪いけど少しいいかしら?」
「うん、かまわないよ。どうしたの?」
「あなたに渡したいものがあるの」
そう言うと彼女は、物置部屋から小箱と剣を持ち出してきた。
「あなたが16になった時に渡そうと思って置いておいたものよ」
僕はまじまじと取り出された2つのものを眺めていた。
剣の方は柄に模様が刻まれている以外は取り立てて変わったところのない普通の剣だった。
小箱の中には半分欠けた首飾りが入っていて、そのペンダントにも剣の柄と同じものであろう思われる紋章が刻まれている。
「これは一体?」
「あなたのご両親から預かったものよ」
「僕の両親から……」
「あなたの両親は……」
ノエルが話の本題に入ろうとしたその時だった。
「魔物だー!魔物が出たぞー!」
「魔物だって!?」
突如として響いた魔物が出たという声により話は中断され、僕達は窓から外の様子を確認した。
そしてそこで僕達は、大量に押し寄せる魔物の群れを見た。
「魔物がこんなに……!」
突然の事態に驚いて呆然としていたがそこに男の声が響く。
「必ず勇者を殺せ!逆らうものも庇い立てするものも皆殺しにしろ!」
「承知いたしました!ドラーク様!」
ドラークと呼ばれる男の姿を見て僕は驚いた。
夢の中で見た魔物の指揮官と全く同じ姿をしていたからだ。
「あいつ……夢の中の……!」
僕は先にもらった剣を手に魔物を追い払おうとした。
だがそんな僕をノエルが引き止める。
「だめよ、アゼル」
「どうしてだよ! このままじゃ村が……」
「この数じゃ挑んでも勝ち目はないわ」
確かに彼女の言う通りだった。
数十匹はいそうな魔物に、かなりの強者であるあろうと思われるドラークという男。
のこのこと出ていってもやられてしまうだけだろう……だけど――。
「だけど、何もしないで村が焼かれるのを見ている訳にはいかない!」
これが僕の正直な気持ちだった。
僕の好きなこのタトス村が何もしないまま蹂躙されていくのを見るのはとてもじゃないが堪えられそうになかった。
ノエルはそんな僕の言葉を聞いて諦めたように言った。
「わかったわ……。だけどあなた一人で行かせるわけにはいかない。
まずは私が様子を見てくるからそれまで地下の倉庫で待っててくれる?」
様子を見てくるのを待つだけなら何も地下でなくてもいいはずだ。
そう不審に思ったが、彼女の強い意志を感じる言葉に頷くしかなかった。
「いい? アゼル、何があっても決して地下の倉庫から出ては駄目よ」
どこかで聞いたような言葉を聞いて僕は返した。
「まさか一人で戦うつもりなのか?」
僕の問に彼女は答えない。
この会話の流れには覚えがあった。
たしかあの時は……などと思っていたら僕は後頭部に強い衝撃を受け意識を失った。
「ごめんなさい、アゼル」
そう謝る彼女の言葉を聞きながら。
どれだけ意識を失っていたのだろう。
僕が目を覚ますとそこは自宅の床下にある物置部屋の中だった。
扉の外からは何の音も聞こえない。
僕は扉を開けて上に上がり外に出て言葉を失った。
あの綺麗なはずだった村が、見るも無惨に荒れ果てていたのだ。
家は焼け落ち、地面には見知った人たちの死体が転がっていてその中には村長の姿もあった。
僕はかすかな希望にすがり、生き残っている人はいないか必死で探した。
だが村のどこを回っても死体が転がり、家畜ですら殺され、
家屋は焼け落ちたり崩壊していたりで生き残っている人は見つからなかった。
そんな中、僕は見覚えのある髪留めが地面に落ちているのを見つけ手にとった。
「これってノエルの……」
それは彼女がいつも身につけていたものだった。
村の惨状を見て覚悟はしていたが、この髪留めを見つけてしまったことで僕は改めて理解した。
――彼女はもう、この世にはいないのだと。
そして僕は叫んだ、声の続く限りに叫んだ。
目からは涙がポロポロとこぼれ落ちていた。
「いつまでもここにいても仕方ない……」
僕はノエルから受け取った剣を手に取り首飾りを首に下げた。
そして簡素だが村の人達の墓を作ると、僕は村の出口に立った。
行くあてはないけど、目的はできた。
『この村をメチャクチャにして、ノエルを殺したあのドラークという男に必ず復讐する』
そう誓って僕は村を後にするのだった……。
「再び会ったのアゼル」
村を出て少しすると僕は老人に呼び止められた。
「あなたは確か……フォンさんでしたか?」
「覚えておいてくれたか」
思えば成人の儀の時に、彼に見せられた未来はこの惨状と同じ展開だった。
もしかして彼はあのドラークという男となにか関係があるのか? そう思って少し警戒を強める。
すると彼はこちらの警戒を察したのか。
「なるほど、ワシがこの村を襲った魔物たちと関係があるか疑っておるようじゃな」
「違うんですか?」
「違う……と否定しても今のお主はそう簡単には信じぬじゃろうな」
当然だ。
彼に未来を見せられてすぐに同じことが起きたのだ。
信じろというのが無理な話だろう。
「ふむ、では少し助言をしておこう」
「助言?」
「お主は恐らくこの魔物を襲った魔物の長……ドラークと名乗る男を探す旅に出るのじゃろう?」
「……ええ」
「ならばまずは仲間を集めることじゃ。お主一人で戦えるほど奴は甘い相手ではないぞ」
そう言うと彼はドラークについて語り始めた。
彼がかつて勇者に倒されて復活した大魔王オウマの部下であること。
彼と同等の幹部が6人いること。
そして、その幹部を束ねる魔軍大将軍シャイターンと呼ばれる男がいることを。
「まずはイロアス王国を目指すと良いじゃろう」
イロアスと呼ばれる国には勇者の子孫がいるらしい。
そしてその国ではその勇者の子孫であるアルフォンス王子を中心に魔王との戦いを行っていると彼は語った。
「その国でお主は自分が何者かがわかるであろう……」
「それは一体……」
「それは自分で確かめるんじゃな。ほれ餞別じゃ」
そういうと彼は小袋を差し出してくる。
その中にはそこそこの量のお金が入っていた。
「旅に出るなら金は大事じゃ。地獄の沙汰も金次第というからの……では、また会おうアゼルよ」
そう言うとフォンは姿を消した。
あたりを見渡したが、彼の気配はなかった。
「イロアス王国……か」
彼の言葉を完全に信じるわけではないが、行くあてもないまま旅を続ける訳にはいかないのも確かだ。
僕はその国をひとまずの目標とし、ドラークの情報を集めながら旅をすることにした。
これから、長い旅が始まる……。
週に一回くらいのペースで更新できたらと思っています。