表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

無題

作者: ロント


そこは、相変わらずの、白い原でした。

その白は恐ろしく冷たくて、そして柔らかい。

私はそのことを、知っていました。

私の一番大きな葉が、柔らかくも重たい白を揺すり落としました。



朝日が昇ると、その白は銀へと色を変えました。

きらきらと輝いて、この世で最も美しいものになりました。

私はその銀が、とても好きでした。

身体に残った銀は、アクセサリーのように私を飾りました。



でも、広い白の中で、あるいはいっときの銀の中で、私は一人でした。

遠くで微かに、鳥の囁きや獣の唸りが聞こえました。



それは、舞う白が鮮やかな日のことでした。

相変わらず遠くで、甲高いような音が聞こえました。

特に興味はありませんでした。

私はただただ、空を見ていました。



きゅっ。きゅっ。

音は随分と近くで聞こえました。

風が冷たくて、私は顔を伏せて目を閉じていました。

横で、気配を感じました。

それが、貴方でした。



貴方の指が、私の頭を撫でました。

それは、とてもくすぐったくて。そして、暖かくて。

顔を上げて、貴方を見ました。

貴方は柔らかな笑みを浮かべていました。



貴方が私の身体を優しく撫でるのが、とても恥ずかしかった。

でも、貴方が嬉しそうで、指から伝わる熱が新鮮で。

笑みが零れたのです。



貴方はよく笑っていました。そして、よく泣きました。

白が一瞬だけ朱になるとき、貴方はいつも泣いていました。

大丈夫だよ。泣かないで。私はここにいるから。

「また、明日ね」

貴方に届けばいいな。



貴方は次の日も、その次の日も、楽しそうに私の元へ来ました。

私は、貴方が来るのを心待ちにするようになりました。

貴方がいる時間はとても幸せです。

貴方も同じ気持ちだったら。どれだけいいでしょうか。

私は聞くことができませんでした。



朱に染まる貴方は、寂しげに微笑んでいて、私も微笑み返しました。

そして貴方は、朱の中に消えていく。

いつしかその瞬間を、恐れるようになっていました。

明日も来てくれる確証はありませんでした。

期待外れの真実を考えると身体が震えました。



貴方がいない黒の世界は、前よりも独りでした。

胸に穴が空いたようでした。

周りの白で埋めようとしても、どこかへ流れていってしまう。

白はまるで、心を殺す死神のようでした。



黒が漆黒に変わる頃、鋭さを秘めた風が吹き付けてきました。

貴方は、暖かいところにいるのでしょうか。

風が当たらないところにいるのでしょうか。

貴方を思うと、心の底が暖かい。

身を斬るような風なんかなんてことない。

私は、ゆっくりと目を閉じました。






貴方の声が聞こえた気がした。長い長い時を越えて。

目を開けた。相変わらずの白の原。

前よりも感覚が増えた気がする。冷たい匂いが鼻腔の先を突き抜けていく。

葉を揺らすように動かしたそれは、腕?

重たい。複雑に動くそれ。

しばらく考えてみた。

私は貴方と同じ姿になっていた。



いつもなら来ている時間なのに、まだ貴方は来ない。

私がこの場を離れていた間に何かあったのだろうか。

胸が締め付けられるように痛む。

そんな私の耳に、甲高い音が飛び込んできた。



きゅっ。きゅっ。

いつもよりゆっくりした音。元気がない。なんでだろう。

きゅっ。きゅっ。

貴方は元気だっただろうか。

きゅっ。きゅっ。

音はどんどん近付いてくる。

私は立ち上がった。



銀の中から貴方は現れる。

早く。早く。堪えきれず跳び跳ねて手招きをして。

貴方は気付いたようだ。

朱にはまだ早いのに、涙を溢している。



初めて全身で感じるぬくもり。

「ただいまっ」

今度はちゃんと伝わるだろう。この想いも。

私の口から嗚咽が漏れた。

頬を伝う雫は、暖かい。



貴方に連れられて、沢山の場所を訪れた。

暖かい場所。芳しい場所。騒がしい場所。

どこも楽しかったけれど、

貴方の家が一番だった。



貴方はよく、私を抱き締めてくれる。

私はそれがまるで、運命を噛み締めているように思えて。

柔らかい。暖かい。確かな物がある。

「神様は時に願いを、叶えてくれるのです」

その言葉は、私の胸の中にすとんと落ちた。






「んっ……」

目が覚めた。眠っていたようだった。

懐かしい夢だなぁ。色褪せることのない想い出。

「もうこんな時間っ!」

もうすぐ貴方が帰ってくる。

暖かなこの家に。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、対になっているって言うのはそういう事ですか…私では描けないあの子の細かな心情を描けていて感動しました。 [一言] ありがとうっていう言葉しか思いつかなかった。 そっか、あの子はそ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ