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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第三部『ゲーム』

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1話:後半 生命のゲーム

本来なら小説らしく文章で説明してなんぼ、なんですが。

本文を読まれる前に、以下のリンクのグライダーガンを見てもらえればと思います。

http://conwaylife.com/w/index.php?title=Gun

「えっと、つまり【誕生】【生存】という生のルールと【過疎】【過密】っていう死のルールが、一つのマスに隣接する8マスの状況によって変化するってことだね。だからライフ、生命ってことなのかな」


 大悟は確認した。確かに、画面上でめまぐるしく変化する()()のパターンはそれに従っているようだ。ただし、ルールの単純さに比べてそれが生み出しているパターンは複雑だ。リバーシの盤面のようなわかりやすい変化ではない。


 見ていてちょっと頭が痛くなるような、というか不思議な感覚がするパターンだ。


「そう。だからライフゲームではマスの一つ一つを細胞セルと呼ぶのね。……今更だけど、S.I.S.の作った虚数ビットを見抜いたDAIGOにこんなことを説明してるのおかしな感じ。えっと、ライフゲームはその理解で良いんだけど。問題はその結果として生じるコンピューティングで……、どう説明しようかな。DAIGOの知識レベルが把握できないのね」


 ルーシアが画面を止めて考え込んだ。大悟がとにかく基本からと言おうとしたときだった。


「九ヶ谷君には、ここのグライダーから説明しないとダメだと思う」


 春香が口を挟んだ。彼女の指先にはマス目状の■《クロ》で出来た三角形があった。ルーシアは「えっ、そこから!?」と驚いている。



□□■

■□■

□■■



「ええ、少なくとも知識は最低レベルと考えないとダメ。私に任せてもらえるかしら」


 ルーシアは大悟を見る。大悟は頷いた。頷くしかない。


「HARUKAがそう言うならいいけど……」


 ルーシアがいまいち納得できない顔で、キーボードを春香に譲った。


「この三角形の形。たった9マスからなるパターンをライフゲームではグライダーというの。見てて……」


 春香がキーを押すと、ターンが進み始める。盤面に出来た三角形は一ターンごとに斜め下へと一マスずつ移動していく。その様子は確かにグライダーのように見えなくもない。黎明期のゲームのようなしょぼい動きだが。


「マスの一つ一つは動けないし、自分の周りの一マス分の情報しか知らない。なのに、こうやって長い距離を移動する安定したパターンを生み出すことが出来る。ルーシアさんが説明した4つのルールだけでね」

「な、なるほど」


 単純に見えたルールが生み出したと思えば、意外性はある。それはわかったが……。


「でも、移動するだけだよね」

「いいえ。例えば、このグライダーの進路にこういった構造を置くと……」


 春香は盤面を戻すと、マス目の一部をクロで固定した。シミュレーションが始まり、グライダーがそこにぶつかると、グライダーが砕けた。まるで堤防に当たった並のように、しぶきを上げ、そしてそのしぶきが収まる。


 すると、先ほど合った構造が変っている。まるで、グライダーが壁にぶつかって壊したようだ。


「つまり、グライダーは情報を伝えるの。さらに、こんなパターンもある」


 春香がキーボードに『Glider Gun』と入力した。そこには、先ほどよりもかなり大きなパターンが表示された。二つの漏斗の様な形で横に並び、それが規則正しく左右に反復する動きをしている。それだけでまるで機械のようだが、なんとその中央から次々とグライダーを打ち出している。


「さあ、この(まえがきの)画像の動きはどう見えるかしら」

「……まるでプレス工場で三角形の部品が作られるみたいだ」


 あるいは基地から次々と発進する戦闘機か。大悟は今度ははっきりと驚いた。


「他にも色々と面白いパターンがこのライフゲームの”宇宙”では発見されているわ。ランダムな0と1のデータを発生させればグライダーくらいなら、かなりの確率で発生する。このグライダーガンだって、0と1のランダムな並びから偶然生じうることは解るでしょ」

「ランダムから偶然生まれる……」


 さっき感じた不気味な違和感の正体が、目の前にはっきり見えている。コンピュータの計算の結果生み出されるある意味最も人工的な物なのに、そこには原始がある。


「生命の誕生のシミュレーション?」

「……そう考えることも出来るわね」「yes」


 大悟の言葉に春香とルーシアは頷いた。そう彼の頭に浮かんだのは、まさに生命ライフの誕生のイメージだった。生命が分子のランダムな反応から誕生したと言われても、大悟はイメージできない。いや、出来なかった。だが、目の前にあるものは単純なルールで作られた平面のモノクロパターンにもかかわらず、何かそれっぽいものを生じている。


「セルなんとかっていうのが凄いのは分かったけど。それで何が出来るの?」


 綾が口を開いた。彼女らしい実用的な質問だ。


「コンピュータに出来ることならなんでも。このライフゲームはチューリング完全であることが証明されている。例えば今のグライダー銃のような構造を応用すれば、二つのグライダー銃からグライダーを受け取って、それを足し合せたグライダーを発射する。つまり、足し算をするような構造も原理的には作れるってこと。もちろん、効率はとてつもなく悪いけど」

「効率の代わりに得られるものは?」

「普通のコンピュータはANDとかNOTとか、要するに二つのビットの足し算とか引き算をするように設計されてる。それを組み合わせて例えば数字の足し算とか、引き算が出来るんだけど。逆に言えば、やっていることはそれだけ。それ以外のことはしていない。コンピュータはいくらでも複雑な計算が出来るけど、それはプログラマーがコンピュータに指示をしているから」


 ルーシアが言った。なるほど、プログラミングとはそう言うものだ。一つのゲーム機がいろいろなゲームを生み出せるのは、いろいろなゲームを”発想”する人間がいるからだ。


 でも、目の前のグライダープレス機は……。


「普通のコンピュータなら人間的な意味での知性はコンピュータの外にある。だけど、このセルオートマトンは違うの。それも含めてこの中にある。さっきのグライダー銃は偶然あのパターンに0と1が並べば、勝手に生まれる」


 大悟の内心の疑問に答えるように春香が言った。


「あまり好きな言葉じゃないけど、創発が可能と言うべきかしら。同一の単純なルールをもった多数の個体が並列にそのルールに基づいた情報処理をする現象のことを言うの。私は好きじゃないけど、個々の要素、この場合はセルね。それを足し合せた以上の何かを生み出すから、1+1が2以上になる現象って言われることもある」


 なるほど、春香とはちょっと相性が悪そうだ。だが、説明としては解る。今のシミュレーションはあくまでコンピュータの中で行なわれている。つまり、完全に1+1が2の世界の中で、今が目の前で見たような一種の神秘性を帯びた現象が生まれていると言うことだ。


 それは神秘でありながら、どこにも不思議はない。大悟はそこで春香が彼をじっと見ていることに気がついた。そうだ、これはいつかの議論の続きだ。つまり、生命もあるいは人間の生み出すべきアイデアもまた……。


「多くの人間が勝手なことやってるけど、社会が運営されるようなものだね」


 綾の言葉に春香が頷いた。


「なるほど、で、今回のこのファイルは?」


 大悟が唖然としていても、綾は話は解ったとばかりに本題に戻る。


「ファイルにあるのはここの0と1が変化していく様子だけ。つまり、この変化を引き起こすような遷移ルールを解読しろって事になる」


 ルーシアが言った。リバーシの盤面の変化を上から見ていて、リバーシのルールを見つけ出せというような感じだろう。


「物理学とかの実験で、現象から法則を導くようなもの?」


 大悟は思わずそう尋ねていた。現実に存在する実験の計算をするのではなく、計算結果そのものを実験する。それは、逆転現象だ。


「そう、一種のコンピュータ実験だね。というわけで、そのルールをこの本体の大物に適応すると……」


 ルーシアがシミュレーションを切ると、よくわからない0と1のパターンを入力した。砂時計が現れ、それが画面上のバーが0パーセントからジワジワと数を増やしていく。そして、それがバーの端まで着た次の瞬間、画面に動画が再生され始めた。


 …………


 そこには、小さな会議室のような場所でプレゼンテーションをしている日本人の姿があった。男は画面上に数式を表示して、何かをしゃべっている。


「……父さん」


 大悟の口から言葉が漏れた。画面の向こうの男は彼の記憶の最後、つまり五年前の姿だ。

ーー情報処理の究極の姿について想定しよう。そこには明確な、絶対に越えることができない物理的制約があると考えられる。一つは光速、そしてもう一つは……ブラックホールの表面ーー


 彼の父はいつも通りのよくわからないことを語っている。画面の中の画面には、複雑な立体図形が回転していた。


「この立体パターンって……」


 春香が息をのんだ。それはORZLとは違うが、どこか似ている。父はそれを用いた重力の変動について話しているようだ。ついに彼の父とLcz現象が結びついたのだ。だが、この期に及んでも彼に解るのはそれだけ。


 昔、父の言葉が何も理解できなかったことを思い出した大悟の目の前で、動画は唐突にノイズの中に消えた。時間にしたらわずか数十秒。それが、彼と父の再会だった。


「ファイルによると、5年前の情報理論の国際会議の講演動画みたい……」


 ルーシアが言った。


「その会議の名前はちゃんと記録にあるけど、今の講演データはネット上のどこにもないわね。大悟に頼まれてお父さんのこと調べたとき、同じようなケースがいくつかあった」


 綾が自分のスマホを弄ってリストを表示した。リストに一行の空白がある。アルファベットの並びからHから始まる講演者が一人消えているということだ。


「…………」


 春香と綾が大悟を見る。ショックはなかった。S.I.S.が九ヶ谷という名前を出したとき、ほぼ答えは分かっていたことだ。そして、彼の父が彼には見えない深淵を覗いていることも……。


◇◇


 大悟達がマンションを出たら、街は夕焼けだった。三人は沈黙している。だが、それを破るように春香のスマホに着信があった。


「……さららさん? あっ、すごい」


 春香が驚いた顔になった。


「……どうしたの」


 大悟はなんとはなしに聞いた。春香はちょっと迷ったが、スマホを見せた。そこには、地球を背景にした宇宙の映像と、その宇宙に浮ぶ人工衛星が映っていた。


『日本を含む国際科学チームが『宇宙背景放射の規則的振動』の検出に成功。宇宙論を書き換える世紀の大発見か!?」


 というニュースのテロップが出ていた。春香の反応を見ると、どうやら大発見らしい。だが、今の大悟にはさっぱり響かなかった。

他にも、こんなパターンもあります。

http://www.conwaylife.com/w/index.php?title=Canada_goose

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