26話 ゲームメーカー
ドーム状の空間があった。周囲の壁にはまるでプラネタリウムのように、漆黒の曲面を光点と光線が瞬く。
その中央にマホガニー製の円卓が置かれ、三つの椅子が120度に配置している。立派な背もたれに体重を預けているのは三人のスーツの男だ。
彼らは円卓の中央に浮かび上がったホログラムを見ている。
ホログラムにはつい先ほど複数の企業や研究機関でサーバーにアップされた分析結果が示されていた。入手方法が正当ではないことは明らかだった。
「実験は上手く言ってるようだな」
ブラウンのスーツにノーネクタイの男が言った。年の頃は40半ば。指をくるくる回しながら、ホログラムに映る複雑な遺伝子の相互作用を見ている。
ジョルジオ・サンガー。将来を嘱望されたシステム生物学者だったが、己に見えたあるべき理論を架空の実験として発表した為、捏造者として学会を追放された。
ちなみにその後、彼の理論は別の人間により完全に正しいと証明された。もちろん今その理論には彼ではなく、真っ当に発見した人間の名前が付いている。
「上手く行っているからこそ問題だ。まだ完成まで道半ばだというのに。情報の収拾に支障を来すじゃないか」
ポマードにぬれた髪の毛をオールバックになでつけた長身の男がいらだたしげに言った。ストライプの入ったダークブルーのスーツを着て、足を組んでいる。フィッシャー・アルブム。ロンドンの巨大投資銀行のエリートで有りながら、不法な取引により金融システムに衝撃を与えた。彼がいなければ、いわゆるユーロ危機はその半分の期間で収束したと言われている。EUが崩壊したかも知れないそれを、彼は己の実験と称した。
両人とも自他共に認めるところの、先が見えてしまった人間、天才だ。その二人が、第三の男に探るような目を向けた。
中肉中背のどこにでも居そうな東洋人。細長い縁なし眼鏡の下の瞳は下に向けられ、手に持ったペンで己のワイシャツの袖に書き物をしている。
「君はどう考える?」
無言の相手に負けたように、罪が大きすぎて訴追されなかった金融犯罪者が聞いた。
「考えることなどない。彼が抜けたのは必然で有り偶然だ。確定したルートなど大した意味はない。実験を続けようじゃないか」
顔を上げた男からは、前向きと言うには無機質な言葉が出た。
それと同時に、ホログラムが姿を変えた。それは複雑な立体造形だ。上から見たら氷の結晶のように、横から見たら珊瑚のように。表面の凹凸をなぞればフィヨルドの海岸線に見える。
よく見ると、その形は刻一刻と変化している。その変動がまるで生きているような錯覚を見る物に与える。
中央の前衛芸術に連動するように、ドームの表面を走る複雑な模様が脈動を繰り返している。そして次に映ったのは地球規模の天気図だ。
「仮に赤道と同じ長さの加速器を作っても、それで分かる物理学など大したものじゃない。だが、この装置は違う」
男の言葉と同時に、世界各地に小さな点が生じた。
「まあ、そうだな。ここまで来たら、心配などいらないか」
フィッシャーは言った。彼の言葉と同時に複雑なグラフの線が、絡まる糸のように浮かび上がった。その中に大きな結び目が作られている。全世界の資本ネットワークの動的な姿だ。
「意志、そんな卑近な表現が許されるならだが、が生まれる瞬間が楽しみだな」
生化学的分子間ネットワークを俯瞰しながら、サンガーも続けた。二人の目には、救世主の誕生を祝う博士のような恍惚が見え隠れしている。
「実験を継続するということで、問題ないな」
二人が頷く。最後の一人は実験装置のコンソールである図形を見た。その静かな瞳に、他の二人のような感情は読み取れなかった。
2018/08/26:
第二部『コイン』完結になります。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
第三部ですが今のところ二週間後、9月9(日)からの開始を予定してます。
少し間が空きますが、よろしくお願いします。
変更などありましたら、またお知らせします。




