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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第二部『コイン』

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23話:前半 ハッキング競争

「S.I.S!!」


 画面上に突如現れた、三角形の組み合わせで描かれた猫のようなキャラクターを見て、ルーシアが叫んだ。


 S.I.S.というのはPRISON。いや、そのハード規格であるICCCのメインの設計者の名前だ。つまり、今大悟達がその存在を暴いたバックドアの制作者と言うことになる。


 そしてこの状況は明らかにハッキングだ。


「ちょっと、どうなっているの。船橋さん状況を…………。えっ、侵入なんて起こってない?」


 大場が携帯に怒鳴っている。大悟がまず疑ったのはルーシアの自作自演。だが……。


「S.I.S。ねえ、今の話本当なの。本当にS.I.S.がPRISONにバックドアを作って……」


 必死に画面に向かって訴えるルーシア。彼女の横顔に演技の色は欠片もない。解るのだ、その表情は彼にあることを思い出させるのだから。


ーまずはルーシアの質問に対する答えだがー


 人語をしゃべるポリゴン猫、中の人が居るのだろうから当然だが、はメカニカルさを一切感じさせない、でも人工音声と解る声を発する。


ーTrueー


 そして、あっさりと犯行を認めた。


「そんな! どうして!! S.I.Sは作るって。特定の誰かには支配できない仕組、プログラムが公正なルールになる世界をって。私はその夢に……」


 ルーシアはうなだれた。大悟は思わず平面上に表示されたポリゴンの猫を睨んだ。彼女がこの犯罪者を慕っていたことは解っている。スラム街の厳しい環境に育った彼女が己の生きる為の道としてプログラミングを選び、そして彼女なりに世界を変える手段を求めてPRISONに参加したのだ。


 なのにこれでは犯罪の片棒を担がされたのと同じだ。彼女は必死に追いかけた夢を汚されたのだ。大悟が握った拳を振り上げた。そのとき、綾が目に入った。


 彼女の表情には嫌悪感等はない。純粋に興味を持っているというのもあるだろうが、それだけじゃないだろう。未だ解けない謎があるのだ。ICCCの仕組を明らかにしたからこそ、さらに深まる謎。


 そもそも、どうして犯罪者がわざわざこの場に現れる必要がある。


ーさて、ボクがここに顔を出した理由を説明したいー


 画面があるニュースサイトを映し出した。それはルーシアが前に見ていたアフリカのNPO会議のニュースだ。参加者の内複数が誘拐されたと報じられている。


ー現実世界の野蛮な暴力によって、紛争鉱物の取引記録がそれを快く思わない人間の手に落ちようとしているー


 次の表示されたのは貨物列車のようなブロックチェーンの図だった。ただし、それは二股に分かれている。上のチェーンは実線で描かれており、下のチェーンは破線で描かれている。そして、下の列車の方が長い。


「……セルフィッシュ・マインニング」


 ルーシアがかすれた声で言った。


「たしか、不正な取引を記録したチェーンを非公開で伸ばしておいて、それをあるタイミングで公開する。ブロックチェーンは長い方が本物と見なされるから、正しい記録が恣意的に改ざんされた記録に置き換えられるって話だよね」


 綾が言った。猫の答えはーTrueー。大悟にはその気取った答え方がかんに障る。


ーこれが紛争鉱物の取引記録チェーンの最近の動向だー


 画面上に表示された鉱物のやり取りを示す蜘蛛の巣の様なグラフ。そこに最近になっていくつかの瘤のようなものが現れている。


ー複数箇所に不自然なストックが集積されている。恐らく、不整に入手した鉱物を小分けにしたものが、違法な買い手の元に集められるのを待っていると推測されるー


「……つまり、ここで最新の取引記録を弄ってやれば、取引が禁止されている紛争鉱物が闇から闇へ受け渡される。これまでの監視の成果が台無しになるわけだね」


 綾が言った。答えはまたもーTrueー。


 事態がおぼろげながら大悟にもイメージ出来た。だが、目の前に居るのは犯罪者だ。どうして信用出来よう。大悟は机に拳を押し付けながら考える。それこそ、この無機質のCG猫が今回の事も引き起こしているのではないか。


 そもそもおかしい。目の前のポリゴンが本当に黒幕なら、彼らの助けなど居るだろうか。それこそ、バックドアでも何でも使って、アカウントだろうとパスワードだろうと取り戻せば良いのだ。


 大体順番が違う。大悟は顔を上げて縋るように画面を見るルーシアに唇を噛んだ。


ー私が欲しいのはドクターさららのLczのデータだ。このクラッカー達の攻撃を成功させない為には、正しい記録に勝利させないといけない。だけど、不正なチェーンがここまで延びた以上ー


「向こうのパスワードを十分な数奪う必要があるわけか」


 さららが言った。


ーTrueー


「でもそれはおかしいでしょ。貴方なら私たちよりもLczについて詳しいはずじゃないかな。恣意的にLczを発生させることすら出来るんじゃない?」


 大悟達はあくまでLczを用いた情報の流出の解明をしたに過ぎない。だが、S.I.S.はそれを設計したのだ。いや、前回のマイクロブラックホールの蒸発を考えれば、Lczそのものの発生や移動もある程度はコントロールできるとんでもない力があるはずだ。


 さららや綾の言葉は、論理的にもっともな疑問だ。だが、大悟の心を揺さぶっているのは、誰も問題にしない非論理的な感情だ。


ーボクはもうLcz、こちらでは知の(サピエンティア)テンペストと言っていたけど、それにアクセスできない。G-Makersからは追放されたからねー


 S.I.S.は唐突にそんな名前を出した。G-Maker、Gは何の略だろうか。これまでのことを考えるとゲームであるように感じる。


ー稀少資源の資金化の道が紛争当事者に開かれる事態は極めて重大だ。僕はこれを防がなくちゃいけない。そのためにはそちらの情報が必要というわけだ。もし協力してくれれば見返りに、君たちが欲しがっている情報を3ビットほど提供しようー


 なるほど、目の前の畜生の言葉を信じるなら、アフリカの紛争とか少年兵の問題とか環境とか、本当に重大なことかも知れない。世界的な大問題なのだろう。だけど……


 ドンっ!!


 気がついたら大悟の手が机を打っていた。もしも、コインがあったらばらばらに崩れてその情報を熱に変えた。それくらいの勢いだった。


「違うんじゃないのか。あんたが今最初にやるべきはルーシアに謝ることじゃないのか」


 そして、怒鳴り声が口から出ていた。


 書斎のホワイトボードに向かって、彼に背を向けている父の姿が思い出された。もちろん、目の前の猫の中身は父ではない。彼の父はこんなアバターを纏うような愛嬌はない。


 だが、重なるのだ。


 目の前の猫がどれだけ重大で高尚な問題に取り組んでいようと。それが相対的に身近な人間を小さなものにしていようと。


 問題を重大《1》か重大じゃない()かに分けるようなこと、彼には認められるはずがなかった。未踏峰の高山の絶壁だけを見ているような、彼に振り向きもしないYシャツの背中と、目の前の愛嬌あるポリゴンはそこが一致する。


「気持ちは分かるけど、落ち着こうか」


 いつの間にか側に来ていた綾が、彼の肩に手を置いた。大悟はやっと周囲の視線に気がついた。春香はびっくりしている。さららは「今それが重要かな?」という顔だ。大場は何故かほほえましいものを見るような瞳で、洋子はそんな左右を見てうろたえている。


 そして、ルーシアが顔を上げて唖然とした瞳で彼を見ていた。


「猫さん。一つ良いですか、そもそもあの流出事件を引き起こしたのはどうしてですか?」


 綾は画面上のハッカーに質問した。


「猫さんにとっての動機。今はどうか知りませんけど、持っていた力とやることのギャップが酷いですよね。それがずっと不思議で」


ーなるほど、PRISONをここまでお膳立てしていながら、使い方が小さいと言うことだね。実際、私はこの件からいかなる経済的利益も得ていないー


「そんなこと信じ――」

「それを信じるかは別として」


 綾が大悟の肩に力を込めた。


「あの臨床試験の副作用。もし隠されたまま薬が発売されたら、使用した患者に呼吸器の重篤な副作用が発生したと言われてますよね。でも、発生割合は使用者の0.1パーセント。広汎に使われる薬だから推定犠牲者は世界で数千人。まあこれは大規模な薬害っていっていいけど。それでも……」


 これだけの準備の元に作られた仕組バックドアを、今後どれだけの利益があるか解らない仕組を、危険にさらす対価にはほど遠い。ICCCを暴いた大悟にはそれが解る。


ー答えはここにあるー


 S.I.S.が画面上に複数の文章を開いた。形式が似通っている英文。地下のラボでさららが読み散らかしていたのを掃除した経験から、論文だと解る。


 めまぐるしく上下する文面から、八カ所が抜き出された。グラフや化学反応式、そしてアルファベットの略称がならぶチャートのような図。一つとして意味がわからない。

2018/08/12:

来週の投稿は木、日の予定です。

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