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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第二部『コイン』

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12話:中編 コインとエンジン

2018/06/10:

すいません、長くなったので12話は前中後の三分割になりました。

「この状態でエンジンを動かしましょう。空気分子が外に逃げないとした場合、エンジンは最終的に……」


[○●○●○●●○ * ○●○●○○●●]


「こんな感じになって止まる。つまり、最初の珍しい配置から、最後のありふれた配置になる間、エンジンは動くというわけ」

「なるほどAのBも30℃……。待った、この状態なら次は風車が動く。だって左から冷たい空気、右から熱い空気が風車にぶつかって、右の空気が勝つじゃない」


 大悟が反論した。


「そうね。じゃあ、風車が右回転するとしましょう。次は?」


 春香は大悟の言葉を肯定する。だが、その表情に焦りは全くない。


「えっと、冷たい空気同士だから引き分け。その次は…………。そうか」


 この場合、風車は必ず右回転と左回転が釣り合う。右回転が車を前進、左回転が後退させると考えれば、最終的に車は元の位置に落ち着く。車が、前あるいは後ろに距離を進むためには、必ずAとBの間に温度差がなければならない。つまり、珍しい配置が必要だ。


 大悟は自らの反論で追い詰められた。


「さて、この系に外部からのエネルギーであるガソリンを導入しましょう。どうなると思う?」


 春香の目は答えを求めている。


「…………正直解らないと言いたいけど。さっき見たからね」


 大悟はなかばやけくそになる。自分の指で春香のインチキを再現する。左の盤Aのリバーシの駒の黒、つまり冷たい分子だけを狙って裏返していく。


    A           B

[○○○○○○○○ * ○●○●○○●●]

   ガソリン


「ガソリンを燃やした熱で、Aの空気分子を全部表、つまり熱いに変える。でしょ」

「正解」


 春香は頷いた。


「それって春日さんがエネルギーを使ってコインをひっくり返して珍しい配置を作ったのと同じって言いたいんでしょ」

「それも正解。エンジンと情報処理の共通点なの」


 春香は我が意を得たりという顔になる。


「でも、だからってそれに何の意味が……」


 いや、何か恐ろしい意味がある。それは感じ取れる。ただ、あまりに抽象的すぎる内容にイメージがついて行かない。


「じゃあ、風車の代わりに悪魔に登場してもらいましょう。コンピュータによる計算とガソリンが全く一緒だって示すためにね」

「悪魔?」


 目の前にいる娘の事だろうか。


 春香は風車代わりだったコンパクトミラーを下に下げ、その代わりに盤の間にリップクリームを置いた。


          M

[○●○●○●●○ | ○●○●○○●●]


「Mは悪魔の略ね。二つの箱の間に間仕切りとそれを操作する悪魔を配置します。この悪魔のやることは簡単。右と左の空気分子を観察して右から左に熱い分子が移動しようとしたら通して、冷たい分子が移動しようとしたら仕切りで跳ね返す。左から右へはその逆をする。これを繰り返すと……」


         |M

[●○○●○●○● ○○●○●○●○]


[●○○○○●○● ○●●○●●●○]


[●○○○○●○○ ●●●○●●●○]


「こんな感じで、右と左の配列が偏り始める。最終的には……」


     A    M     B

[●●●●●●●● | ○○○○○○○○]


「……こうなる」

「……エンジンが動く配列だね」

「そいうこと。ポイントは、悪魔は空気に何のエネルギーも与えていない様に見えること。AとBのエネルギーの合計は全く変わってないでしょ。でも、このエンジンは動く。そして、この間仕切りを開いて風車を置くと、エンジンはありふれた配置に戻るまで動力を出して止まる。そこでまた悪魔を使って珍しい配置に戻す。これを繰り返せば、エンジンはガソリン無しで永久に動き続ける」


 なんと、永久機関の完成である。


「さて、この場合悪魔がやってるのは?」

「情報処理」


 少し違うが、裏のコインを選んで表に変えるのと変らないことは解る。なら、それを情報処理と言わなければいけないことにされてしまっているのだ。


「そういうこと。物理学ではこの思考実験を考えた科学者に敬意を表してマクスウェルの悪魔と呼ぶの」

「つまり、今の永久機関は想像の産物で実際には存在しないって事?」


 悪魔呼ばわりが敬意かどうかはともかく、思考実験という言葉に大悟は突っ込んだ。


「さて、どうかしら。悪魔を気体分子の温度を感知するセンサーとセンサーの情報を処理するコンピュータに置き換えれば、原理的には可能な構造じゃない」

「それはそうだけど……」


 何か引っかかると思いながらも、大悟は頷いた。


「この思考実験の意味するところは、情報処理はガソリンと同じようにエンジンを動かせるって事なの」

「コンピュータの計算と、ガソリンが同じ…………」


 その二つを比較するなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある話だ。今の話を聞く前なら大悟はそう思っただろう。だが、今は否定出来ない。そしてそれは、もっと恐ろしい事実へと繋がる。


「正確には、エンジンはコンピュータでコンピュータはエンジンって話ね」


 大悟の頭が猛烈に熱くなる。知恵熱(誤用)と言うやつだ。そして、そのおかげでそのぞっとする関連性がイメージで繋がった。思わずそれを口に出す。


「でも実際には、これはインチキで悪魔が脳を動かしたりコンピュータが計算したりするのに実はエネルギーが必要で、そのエネルギー源は実は珍しい配置だから実はインチキじゃない。そういう話だね。ガソリンはブドウ糖と同じく珍しい原子の配列とか、多分そういう話になるんでしょ」


 大悟はまくし立てた。春香はにこりと笑った。


「そういうこと。実はこの方法でエンジンを動かす場合も、エンジンが生み出すエネルギーと同じかそれ以上のコンピュータの電力消費、あるいは悪魔の脳の糖分の消費が起こってる。もっと本質的には、センサーが空気分子の温度を感知するとき、例えば光を当てて測定する必要がある。つまり、測定に使ったエネルギーが空気分子に与えられる。全体のエネルギー、温度は上がってるの」


 エネルギーと情報が完全にかみ合う。計算、測定という知能を前提にしたはずの行為すらそれに含まれる。これじゃあ、世界がゲームになる。ゲームが世界になる。


 結局この話もインチキだったのだ、ただし世界のすべてがインチキだという前提の元にだ。

2018/06/10:

来週の投稿は火、日の予定です。

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