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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第二部『コイン』

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69/152

8話:前半 液晶上の意味とパターン

 久しぶりに訪れた地下室は少しだけ様子が変わっていた。横の壁に大きなディスプレイが掛けられ、地球儀が回っている。


 もっとも、一部だけ現代化しても、地下室は地下室である。主であるさららは文明の利器に背を向けてホワイトボードに向かっている。洞穴に暮らしていた時代の人類とそんなにかわらないのだ。書かれている内容が現代を超えていたとしても。


 ホワイトボードから横の壁に溢れたペンの跡を見て、春香が困った顔になった。


 大悟は地球儀に視線を移した。夏休みの最終日、ブラックホールによるテロ未遂の光景が思い浮かぶ。最後の最後に何も出来なかった自分を思い出す。


 あの後、情報重心はどうなったのだろうか。前回はギリギリで回避されたが、物理法則そのものを改ざんした爆発など防ぎようがない、完全な完全犯罪だ。ぶっちゃけ神の奇跡や魔法と変わらないのだ。


 そういうのはゲームだけでいい。


 いや、事件の背後には父の研究である【ゲーム項】が、さらには行方不明の父自身が関わっている可能性すらある。未だに爆弾テロと父のイメージが合わない。


 ゲームじゃないのにゲームであり、もっといえばそのすべてがゲームである。専門家ではない大悟にとっては訳がわからない。まだ、昨日フェリクスで聞いた未来のゲームの可能性の方がイメージ出来そうだ。


 それに関してもどちらかといえば綾の領域な気がするが。


「フェリクスといえば結城先輩には会った?」


 大悟の視線に気がついた綾が言った。


「…………インターンにも守秘義務ってやつがあるらしいんだ」

「報道の自由っていうのもあるらしいね」


 綾がニヤリと笑った。合法的な調査と推測だけでいろいろ見抜きそうで怖い。


「久しぶりに皆揃ったね。一番久しぶりはダイゴかな」


 やっと振り返ったさららがいった。当たり前のようにメンバーにされても困る。それは、春香までの話だろう。


「まあ、ハルもダイゴにかまってばっかりであんまり来てくれなかったけど」

「それは学校が始まったからです。別に九ヶ谷君のことってわけじゃ……。それよりも情報重心の話じゃないんですか」


 春香が早口で話題を戻した。さららと綾は肩をすくめた。


「まずは前回の事件の後のことからね」


 さららはアナログな呪文盤ホワイトボードからデジタルな地球儀に視線を移した。壁際の液晶上の地球には、相変わらず天気図のような情報の等高線が描かれている。


「今のところ突出した強さの情報重心は発生してない。前回のあれ以降は大人しいものだね」

「先核研も再稼働してるんですよね。大場先生がそのうちご馳走してくれるって。なんと手料理を」


 綾が付け加えた。手料理はともかく、大悟は情報の天気予報が穏やかであることにホッとする。


「まあ、目的は達成したってことでしょうね」

「目的、ですか……。でも…………」


 さららの言葉に大悟は首をかしげた。こちらが事故を防いだのだから、向こうにとっては失敗ではないのか。


「向こうの目的は情報重心の解析のためのデータの入手だからね」

「事故そのものじゃなくて、データを得るための実験だってことですね」


 春香が言った。つまり、先核研の事故も、KEKBの事故もサンプルと言っていたさららと同じということだ。


 爆発テロが目的よりは良いのかもしれない。だが、それは大悟の知る容疑者ちちの発想に近いのが悩ましい。


「じゃあ、向こうの実験の”目的”は何なんですか?」


 大悟は思わず聞いた。


「んっ? だからそのものだよ。情報ネットワーク自体の理解とでも言うのかな。元々【ゲーム項】の発想がそうでしょ。情報という万物理論だね」


 さららの言葉が大悟には理解できない。情報ネットワーク自体の理解が情報の力で世界に影響を与えようとした先の事件に関わることは何となく分かる。だが、今の話では主従が逆転している。


「例えばですけど。ネット広告の最適化で利益を得るとかですか?」


 綾が口を開いた。綾らしい切り口だ。大悟が最初に想像していることを、ずっと明白に言い表す。だが……。


「うーん。そういうことに繋がらなくもないけど。主目的としては違う。今の分野で言えば、応用は知能の分析かな。例えば機械学習、要するに人工知能だね」


 さららが言った。父の研究分野を調べたとき、確かに出てきた。しかしまた、物理的ではない単語だ。知能と物理学、大悟には対極としか思えない。


「すいません。情報のネットワークと知能って関係あるんですか?」

「あるよ。そもそも、脳はネットワークでしょ」


 さららがいった。大悟は虚を突かれる。脳裏に生物の教科書の神経の組織写真が浮かぶ。神経の回路、生体コンピュータ。それと、目の前の地球儀の情報ネットワーク。微かにイメージが重なりそうになる。


 首を振ってそれを無理矢理分離した。大悟としては軽々しく頷きたくない。


「確かダイゴにレクチャーしてるんでしょ。どんな話してるの?」

「実はいろいろあって。まだビットの基本だけしか……」


 春香がさららに放課後の図書館のレクチャーを説明する。


「なるほどなるほど、情報は状態の区別で、区別の基本が2つの状態の区別。例えばコインの表と裏。それが集まって複数の情報を区別する。なるほどねえ」


 さららは大悟をちらっと見た。


「ダイゴの反応は? それで納得した?」

「……九ヶ谷君は箱の番号をつけてるだけで、中身については何も言ってないって。そう言い張ってます」


 春香が大悟に不満そうな目を向ける。


「大事なのは箱の中に”何が”入ってるか、じゃないですか」


 順番ではなく、意味だ。そういう気持ちを込めて大悟は言った。


「なるほどね。じゃあ、ビットをダイゴの言う中身にちょっとだけ近づけてみようか。ハル、ちょっとノートパソコンをこっち向けて、そうそう時刻のところ」


 パシャという音。さららがスマホで写真に撮った。写真はあっという間にモデルであるパソコンの画面上に転送された。



 ■ ■ □ ■ ■

 ■ □ □ ■ ■

 ■ ■ □ ■ ■

 ■ ■ □ ■ ■

 ■ ■ □ ■ ■


 

 拡大された液晶の表面が表示される。パソコンの右下に表示された現時刻、午前『10:20』の『1』の部分だ。


「これをビット、ハルの説明したコインの表裏で表すことにするね。ふふん、講義で使うためにこういう物があるんだよ」


 さららは自分の机から二つの箱を取り出した。ホワイトボードの前でそれを開く。中に入っていたのは言ってみれば大きめのリバーシのコマだった。


 さららがマグネットの力でそれをホワイトボードに貼り付ける。大学の講義と言うが、大悟はむしろ小学生の時の”算数”の光景を思い出した。もちろん大悟はそれで、油断など欠片もしない。それくらいは学習するのだ。

 

(くろ)(おもて)(しろ)(うら)としよっか。で、最後にビットに直すと…………」



 ● ● ○ ● ●     0 0 1 0 0

 ● ○ ○ ● ●     0 1 1 0 0

 ● ● ○ ● ●  =  0 0 1 0 0

 ● ● ○ ● ●     0 0 1 0 0

 ● ● ○ ● ●     0 0 1 0 0



 そして、ホワイトボードにペンを走らせた。液晶画面がコインの裏表になり、そして0と1のビットになる。


「どう?」


 同じ数字でも画像として表現されたほうが解りやすい。確かにビットが文字という意味に変わった。でも、大悟の根本的な疑問に答えてくれない。


「そのドットの並びを数字の『1』だって決めているのは人間の勝手な基準ですよね」

「ふむふむ。どうして?」

「どうしてって。……えっと仮に、仮にですよ。今の数字をちょっと単純化してこうしたとして……」


 大悟はホワイトボードの前に出てさららがら余ったリバーシのコマ(大)を受け取ると並べる。


 ● ● ○ ● ●    ● ● ● ● ●

 ● ● ○ ● ●    ● ● ● ● ●

 ● ● ○ ● ●    ○ ○ ○ ○ ○

 ● ● ○ ● ●    ● ● ● ● ●

 ● ● ○ ● ●    ● ● ● ● ●


「左は数字の1で、右は引き算のマイナスと読めますよね。でも、逆でもいいし、全く別の形でもいいかもしれない。いや、もしかしたら右は漢字の『一』かもしれない。情報的? 物理的? えっと数学的にか知りませんけど、そういった客観的な見方をすれば、この2つに区別なんてないんじゃないですか?」


 大悟はなんとかイメージを言葉にした。


「おおー。なかなか良いところを突くね」


 さららは感心したように言った。

2018/05/16:

次の投稿は土曜日の予定ですが、日曜日以降になる可能性があります。

決まり次第ここで報告させていただきます。よろしくお願いします。

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