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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第二部『コイン』

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6話 御曹司の野望

「春日くんは確か紅茶のほうが好きだったよね。近藤くんもだったね。ボクはコーヒーにするけど、君も同じでいいかな?」

「あっ、はい、コーヒーで」


 彼らの学校の生徒会長である結城達也は、気さくに話しかけてくる。インターンとは関係もないはずの三年生が、ゲームスタジオの一室で後輩を待っていた。実に奇妙な状況だ。


 そしてここは達也のオフィスらしいのだ。女子大生にしか見えない天才物理学者が地下研究室を持っているよりも希少ではないか。


 流石に秘書とかはいないようだ。達也は自分で飲み物を用意している。


 大悟は部屋の中を落ち着きなく見渡す。新しそうな机が一つと、来客用らしきソファーとテーブルだけのシンプルなオフィスだ。彩りといえば壁に一枚の絵――色使いがおとなしい前衛芸術という感じの――が掛かっているくらい。


 大悟は左右の女子生徒を見る。困惑している彼と違って、二人は少なくともこの状況を受け入れている。春香はいつもの優等生モードで、表情が読めない。さっき「クソゲー」と叫んでいた洋子も、借りてきた猫のようにおとなしい。


「えっと、あの先輩は……」


 大悟は春香に小声で聞いた。


「結城先輩はフェリクスの創業家の一つ結城家の長男」


 春香は短く答えた。


(えっ、なにそれ!?)


「さて、さっきテストしてもらったESOのコンセプトについて説明しないといけないんだけど……」


 大悟達の前にカップを置いた達也はそう言ってから、春香に目を向けた。


「驚いたよ。春日くんはウチには興味が無いと思っていたからね」

「  少しゲームというものに興味が出たので」


 春香が言った。彼女のゲームは概ねゲーム理論なので騙されてはいけない。


「それは嬉しいね。近藤くんは隆史さんや、雄くんの影響かな?」

「そ、そんなところです」


 二人は少なくとも知り合い、下手したら家族ぐるみ。一般人立ち入り禁止の雰囲気。そして、達也の視線がこの場で唯一の一般人に向いた。


「もしかして噂の彼、かな。確か九ヶ谷君」


 人懐っこそうな笑顔の中で、探るような視線が大悟に向いた。しがない後輩の名前は知らなくても、例の噂は知っているらしい。


「多分その九ヶ谷です」


 大悟は渋々そう答える。達也の目が探るように彼と春香の間を動いた。


「ちょっと心配したけど。春日くんの様子を見る限り、夏休みの噂というのは杞憂のようだね。もっとも、別の意味で心配になるけど」


 達也は意味ありげなことを言う。ちなみに大悟の志望動機については興味が無いらしい。


「  ゲームの中に為替レートがある理由を説明をしてもらえるという話でしたが」


 春香が少し硬くした声でいった。


「そうだった。聞いてるかもしれないけどあれは僕のビジョンなんだ。そしてその実現のために、僕はここにいるというわけ」


 大悟は唖然とする。フェリクスを使って自分のゲームを作っていることになる。グラフィックなどは旧作の使い回しとはいえだ。そんなの有りかよ、という感情と同時に、目の前の一つ上の男子生徒が何を考えているのか強い興味が沸く。


「先入観なしにまず聞きたい。春日くんはどう思った?」

「特に不思議に思ったところはありませんでしたけど。私は詳しくないので、何が新しいのか解ってないだけかもしれません」


 春香は礼儀正しく答える。その礼儀正しさが、大悟の耳には少し棘があるように聞こえた。


「なるほど。じゃあ君はどうだい。インターンを希望するくらいだから造詣があるんじゃないかな」

「今日プレイした範囲ではどう使われるのか把握できてないですけど…………。公式RMTに見えました」

「うん、ある意味正しい理解だよ」


 大悟の非難の色のある言葉を達也は平然と肯定した。大悟は思わず眉間にシワを寄せた。春香が首を傾げる。


「RMT?」

「リアル・マネー・トレードの略だよ。簡単に言えばゲーム内のアイテムなんかを現実のお金で取引することだ。例えばフェリクスの運営中のタイトルでも……」


 達也は自分の机からタブレットを取ると、あるwebページを表示した。RMTのサイトで、値段表が表示されている。


 アイテム、ゲーム内マネー、そして育成済みのキャラクターまである。


「遊びにお金を持ち込むということですか」


 春香が微かに眉根を寄せた。


「まあそういうことだね。一般的には褒められた行為とはみなされない。メーカーの立場としても、バランスの崩壊によりタイトルの寿命を縮めることになる上、この行為における利益は入ってこない。ゲームの外での行為だから完全に防ぐことも難しい」


 達也はいった。メーカーの視点ではあるが、問題だと認識している。


「ならばむしろゲーム内で公式に管理してしまおうというわけだ。例えば、為替レートだけど、両替に手数料を取ればメーカーの利益になる。その利益をアップデートなどに投じれば、現時点では法的な問題もあるけど、メーカーとユーザーのWIN-WINの関係にもなる。ただし、それは最大の目的じゃない」


 達也は三人を見ながら言葉を止めた。


「最大の目的は、いわばRMTの振興だ。RMTとは要するに、現実とゲームの二つの世界の経済が繋がるということだよね。君たちにプレイしてもらったESOなら日本とアーテリアの経済活動をつなげ得る証左であると僕は考えている。これを見て欲しい」


 達也はタブレットを操作する。やたらとカラフルな新しいページが開かれた。


「多くの素人イラストレーターが作品を販売したり、依頼を受けたりするページだ。君たちはRMTにはあまり良い印象を抱かなかったけど、これはどうだい」

「別に抵抗はないですけど。……RMTとは違うんじゃないですか」


 自分のスキルで作ったものを自分の利益にする、それなら問題はない。ただそれとゲームをどうつなげるのか。


「いいや、コンピュータ内で完結するデジタルコンテンツの売買という点で、この二つは同じだ。つまり、コンピュータネットワークの中に存在する市場だね。現時点ではどちらの場合もユーザーの感覚としては現実世界にいる自分がコンピュータ世界のコンテンツを売買している。そう言った感じだろう」


 大悟はやったこともないRMTを想像する。ゲームを終えてブラウザを立ち上げてRMTのサイトを開く。確かに、そうかもしれない。


「もっと進めてみようじゃないか。例えばあるデジタルコンテンツ、CGとしよう。それを作った人間がゲーム内でそのCGを売る。購入したプレイヤーはそれを自分の家に飾る。あるいは展示スペースに貸し出してもいい。その絵の評判が上がれば買値よりも高く売れるかもしれない」


 達也は壁の絵を指さした。


「言ってみればリアルの絵で行われているようなことがゲーム内で起きる」


 少しだけ達也の言っていることがイメージできた。ゲーム内に自分の家を持ち、それをアイテムなどで飾り付けることは行われている。そこに、ユーザーの作ったデジタルコンテンツを設置する。


(なるほど、一品物だとすれば言ってみれば究極のレアリティー……でも)


「あの、でもデジタルコンテンツは簡単にコピーされるんじゃ」


 洋子が言った。同じことを考えかけていた大悟は思わず頷いた。


「良いポイントだ。だからこそゲームの世界なんだよ。コンピュータゲームの世界では、ルールは制御できる」


 その言葉に大悟は自分が夏休みの間に知ったことを思い出す。ゲームとは舞台、キャラクター、そしてルールであり。それは現実世界と同じ意味で世界なのだ。


 そして、ルールは世界を作った人間が決定できる。


「システム上、そのCGは1枚しか存在できないと保証される。そういった管理がアルゴリズムで可能になる。そういうことですか」

「さすが春日くんは理解が早い」


 達也は大きくうなずいた。


「ゲームという閉じた世界では全てが記録できる。今言ったような個人間の売買なんかもね。この二つの条件が揃えば、デジタルコンテンツの価値は飛躍的に高まる」


 大悟は綾のブログを思い出した。綾が昔言っていたことがあるのだ「文章は最も創作の垣根が低いからこそ、差別化が難しいんだよ」と。


「もしかして、ESOの噂の売買っていうのは、今言ったデジタルコンテンツの中で一番作成が容易なテキストってことですか。さっきのはデジタルコンテンツの売買のチュートリアルってことだ」

「……ああ、そのとおりだよ」


 やっとイメージがつながった大悟に、達也は少し驚いた顔になる。


 言っていることは理解できた。だが、それでも大悟はどこか頷けなかった。一つは達也のこれまでの言葉がゲームに見えないこと。もう一つは……。


 大悟がイメージに空いた穴を見ていると、達也はタブレットを指さした。


「僕は日本人のこの手の創造性は高く買ってるんだ。これだけ多くの人間が、作る側に回っている。ただ同時に、それをお金、つまり経済ベースに乗せるのは下手だ。その理由はリスクを恐れすぎていることだと考えている。それなら、ゲームという仮想世界ならどうだい? リスクは限定され、匿名性もある」


 なるほど、臆病な大悟でもゲーム世界なら巨大なモンスターに剣を振るって立ち向かう。さっきは負けたが、死ぬわけではないのだ。解る、解るのだが……。


「例えば、ゲーム内広告なんて一時は流行りましたけど、あれって結局ゲームの邪魔にしかならなかったような……」

「なるほど。確かに、似たような試みは過去に何度も繰り返され、そして失敗している。仮想空間の土地の売買等も試みられたことがある。でも、失敗した。だけど、僕なら出来る……」


 達也はニヤッと笑った。


「なんてことは言わないさ。アイデアに時代が追いついたと判断してるんだ。一つはさっき言ったように、多くの人間が創作活動を手がけている。つまり通り一遍等ではない差別化されたデジタルコンテンツが大量に生み出される土台がある。それに対して、それを売買するための市場は非効率的だ。次に、技術の進歩だ。先程見てもらったようなハードウェアの進歩、いわゆるVRだね。それによる没入感の増大は著しい。そして最後の問題は何だと思う?」

「必然的に限定されたリスクは全て、ゲームの提供者。つまり、フェリクスに負わされるということになりますね。今のお話だと膨大な個人情報を扱うことになります。結城先輩が思うことが実現すればするほど、このゲームの中に蓄えられる情報の価値は上がっていくことになります。つまり、情報を得ることのメリットも大きくなっていく。必然的に、悪意あるものが投入するエネルギー……労力は大きくなります」


 春香の言葉は半分くらいスイッチが入っているように聞こえた。達也は一瞬だけ戸惑いの表情になる。


「うん、そういうことだ。要するに個人間の取引を安全に管理するためのセキュリティーだね。解決策は、ソフトウェアの革新だ。というよりその存在があるからこそ、僕はこのビジョンを作り出した」


 すぐに平静を取り戻し、達也はオフィスの横にあるドアを指さした。


「情報の流れを物理現象として正確に管理する革新的な情報管理システム『PRISON』だ。それをこれから紹介しよう」

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