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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第二部『コイン』

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3話:前半 本物の宿題

2018/04/18:

前にSAGAとしていたゲームメーカーの名前ですが、フェリクス(ソフト)に変更します。

 二学期の二日目。ホームルーム前の最後の授業。大悟は教壇の前で立ちすくんでいた。


「担任の教科をほぼ白紙とは恐れ入ったな」

「すいません」


 非は全面的に彼にあると言わざるを得ない。夏休みの宿題を殆どやらなかったのだから。もちろん理由はある。日本最大の物理学研究施設がブラックホールの蒸発により吹き飛ぶのを防ぐ為、大学の地下研究室で戦っていたのだ。いわば科学技術立国日本の将来を守っていたと言えよう。


(言えるか!!)


 下げた頭の中でそんな事を考えていると、担任がため息を吐いた。


「夏休みだからって浮かれてたんじゃないのか」


 浮かれてる余裕など無かった。出来もしない抗議のために大悟が顔をあげると、教師の視線が彼ではなく背後に向いていた。ちらっと後を見ると、折り悪く洋子が隣の席の春香に話しかけているのが目に入った。


 何を言ってるのかだいたい想像がつく。


 問題に詰まったときに現実逃避として考え始めたアレがなければ、後一ページくらいは出来たはずだ。


「仕方がない。次の授業までは待とう。言っておくが課題の点数もインターン希望順位に含めるからな」


 教師はそう言うと、大悟を解放した。「このままホームルームを始めるぞ」という担任の声を背に、彼は突き返された問題集を手に席に戻る。ちなみに、今日だけで同じことが三回。英語と理科の課題だ、繰り返されている。


「夏休みに一体何をしてたのよ」

「知ってるよね」


 放課後、二割も埋まっていない数学の宿題を見て春香が言った。大悟は力なく反論する。ちなみに同じ状況で大悟以上に忙しかった春香の方は、完璧に宿題をやり遂げている。


 ちなみに、彼の宿題の惨状には昨日の放課後、春香が出したヒントという名の課題「情報とエネルギーの関係について考察せよ」も多少関与している。


「と、というわけで情報の話の続きはまた今度ということに出来ないかな」


 大悟は春香に頼む。春香は眉根を寄せながら、頷いた。


「仕方ないわね。今日はそっちを優先して」

「宿題もまともに出来ないなんて。やっぱりこんなやつ春香が気にしてやる価値なんかないじゃない」


 春香の隣からここぞとばかりに洋子が口を挟む。


「じゃあ春香。今日は一緒に――」

「わからないところは聞いて」


 春香が鞄を手に言った。


「ええっ! ただでさえ春香の予定をダメにしたのに」

「……夏休みのことは私にも責任あるから。ただし、答えは教えないからそのつもりで」

「こんなやつほっとけばいいのに」


 不満タラタラの洋子も一緒に三人は図書館に向かった。


◇◇


 下手に解き方を教えられたら問題が難易度を増しかねないので、大悟はまず自力で解けそうな問題に黙々と取り組くむ。その間、春香には洋子が話しかけている。


「春香はインターンどこを希望するの?」


 いくつかの問題を解き、大悟が一息つこうと顔を上げると、洋子がプリントを手に尋ねていた。始業式で配られたインターンの資料だ。


 昨日はとてもじゃないが、見る余裕などなかったものだ。


 洋子に尋ねられた春香が大悟を見た。


「…………九ヶ谷君はどこにするの?」


 大悟は机に広げられたプリントを見た。企業とその説明が並んでいる。


「どこって言われても、僕の場合希望通りとは言えないし……」


 第一希望イコール配属先になる二人と違って、大悟は第二希望以下になる可能性が高い。そう思いながら見たリストの中に、彼はその名前を見つけてしまった。


「嘘だろ。フェリクスが入ってる」


 思わずプリントを手に取った。フェリクスは日本有数の”ゲーム”ソフトメーカーだ。特に有名なのはオンラインRPG。海外タイトルに押されがちな昨今、一人気を吐いている。


「何驚いてるんだか。フェリクスの前身は隣町の遊具メーカーでしょ」


 洋子が言った。


「そう言えば……」


 まだコンピュータゲームが家庭的ファミリーな名称で、ご家庭のご両親に目の敵にされていた頃、将来の大企業が隣町のビルの一室から始まったと聞いたことがある。


「地域の縁でってことなのか……。ああ、知ってればなあ」


 大悟は後悔に臍を噛んだ。どう考えても人気のインターン先だ。彼の成績では厳しい。ましてや、夏休みの宿題のペナルティーがある。


「わかった。春香のコネでなんとかしてもらおうとか思ってるでしょ」

「えっ、どう言うこと?」

「春日家はフェリクスの大株主よ」

「…………そうなの!?」


 常識のように言う洋子に大悟は驚愕した。


「え、ええ。確かお爺様の代に東京に進出する時に必要な資金を出したって話だったかな」


 春香が思い出すように言った。


「何? 自分が誰につきまとってるかも知らなかったの。県下の企業のどれだけが春日家の世話になった事があると思ってるんだか」


 洋子があきれたように言った。大悟は春香の家を思い出した。なるほどと納得できる威容だった。


「すごいね」


 一般庶民である九ヶ谷家とは違いすぎて、そんな陳腐な言葉しかでない。ちなみに、その一般庶民としては九ヶ谷家は裕福な方に入るだろう。母の店の繁盛によりだが。


「すごいのはお爺様だから。私は関係ないわ」


 春香は何でもないことのように言った。


「フェリクス……そっか、ゲームメーカーだから九ヶ谷君は興味あるよね」


 春香がプリントの説明を見て考え込んだ。


(本当に春日さんに頼めばなんとかなるのか……。ってそんなこと頼めるわけ無いだろ。というか……)


 大悟は早々にチートルートを消す。春香の性格上、その手のコネをよしとするとは思えない。それくらいのことは解る。


 夏休みに春香を大学まで送っていったときの、女性科学者の不遇の話を思い出す。


「まあ、こういうのは実力で勝ち取らないと」


 だいたい多少沈静化しているとはいえ、春香との噂が大規模アップデートされている状況でそんなことをすれば…………。


「でも、九ヶ谷君が宿題できなかったのは私の責任も……」


 春香が唇を小さくかんだ。


「少しでも可能性を上げるために。春日さん個人に力を貸して貰ってるだけで十分だから」


 大悟は課題を指さした。


「実はこの問題と、この問題と、あと、この問題もわからない……」

「…………半分以上解ってないじゃない」


 春香が呆れたように言った。


「ふう、おかげでだいぶ進んだよ」


 大悟は課題から頭を上げた。春香は答えを教えてくれないのでヒントを元に自力で解くので、三分の一も進まない内に頭が痛くなったのだ。


 後、少し油断すると解き方が高度になるという罠もある。大悟には区別がつかなくても隣の洋子の反応を見てると解るのだ。


「まだ半分にも届いてないけど……」

「いや、まあ、土日もあるし。少し休憩」


 疲れた頭が重い。大悟は肩を回して天を仰いだ。幸い、次の数学の授業までは二日休みを挟む。他の2教科は数学よりはましなのだ。


「……そう言えば情報の話だけど、私の出したヒントは考えてみた?」


 春香が言った、情報とエネルギーに関係があるという昨日の帰り際の話だろう。


「割と容赦ないよね春日さん」


 なぜ、高校生の課題の休憩中に大学レベルの話をしようと思うのか。


「本来ならその話をするはずだったから…………。えっと、今のは忘れて」


 春香はバツが悪そうな顔になった。洋子が「そうだよ可哀相だよ」と心にもない同情をする。


「……昨日の夜、一つだけ思いついたことがあるけど……」


 昨日の夜、この課題をやりながら現実逃避として思わず考えてみたのだ。


 大悟は海戦ゲームのマップを開いた。もちろん課題以上に、答えに自信は全くない。いつもどおり、単に浮かんだイメージを形にしただけ。


 元々彼にとっては雲をつかむような話だが、発想のきっかけはこれが”ゲーム”であることだった。


「このゲームで、どうして駆逐艦の位置を知りたいかっていえば、攻撃するためだよね」

「…………そう、なるわね」


 春香が半分疑問形で答えた。


「攻撃を爆弾でするとして。その爆弾の効果範囲は1マス。だけど、もしもっと広い範囲を攻撃できたら、って言うのが考えたことで……えっと」


 大悟は恐る恐る春香の顔色をうかがう。


「…………続けて」


 春香は一瞬で真顔になっている。


「例えばだからね。一回の攻撃、つまり一発の爆弾で4マスを破壊できるとしたらさ。駆逐艦を破壊するのに必要な情報は16マスじゃなくて。えっと、左上、右上、左下、右下の四マスのどこかになるようなものだよね。これだと、右か左か、上か下かの二択を二回繰り返せばいいから。必要な情報量は4ビットじゃなくて2ビットになる」

「続けて」

「でも、そのかわりにさ。一発の爆弾に詰め込む爆薬、つまりエネルギーの量は四倍必要になる。これって情報の量とエネルギーに比例? の関係があるってことにならないかな」


 大悟はこれとは違うロボットシミュレーションゲームのことを思い浮かべながら言った。


「…………」


 春香は無言だ。


「や、やっぱ駄目だった」

「今計算してるから宿題してて」


 春香はスマホを関数電卓に変えると、指を動かす。大悟は仕方なく宿題に戻る。しばらくして、春香がため息を吐いた。


「……呆れた、大体合ってる。どうしてそう思ったのか聞いていい」

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