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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第二部『コイン』

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2話 保留

「今の話、何?」


 二人だけになった図書館の一角、洋子が大悟に質問、いや詰問した。


「コンピュータゲームの数学の話…………だけど」


 予想された質問に、大悟は冷や汗をかきながら答えた。答える大悟のこめかみを冷や汗が伝う。図書館の冷房は夏の暑さに負けていないらしい


「最後、コンピュータの話じゃないって言ってたけど」

「……まあ、そうだよね」


 最後の方、春香だけでなく大悟も完全に振り切れていた。洋子の険のある両目はそのシーンをしっかり収めたはずだ。


「ねえ」

「はい」

「なんで春香とあんなに近いの」


 答えを考えてると次がきた。しかも、彼にとって予想していない質問だ。せめてイエスかノーで答えられるのにして欲しい。


「……ボクとしては近藤さんの誤解は少しは解けたと思ったんだけど」


 先程の話はコンピュータゲームに聞こえない以上に、親しい男女の会話に聞こえたはずがないのだ。


「春香は九ヶ谷に世話になったから、仕方なく教えてるんだよね。なのになんであんなに一生懸命で、なんであんなに楽しそうなの」

「い、いやそれはさ……」


 一生懸命なのは春香自身が重視している”勉強”だからで。楽しそうなのは多分、彼にマウントを取ってることが嬉しいのではないか。洋子が考えているような話ではないと思うのだ。


「…………」

「っていうか今の話、何?」


 質問が戻ってきた。視線は彼を逃さない。


「理解できなかった?」

「多分2を底にした対数の話。理解できたけど、出来ない」

「奇遇だね。同感」


 大悟は肯定した。目の前の女子よりも解っている自信などない。


「でもさ、春日さんがとんでもなく頭良いってことは近藤さんは知ってるんじゃないの」

「もちろん、知ってる。知ってるから……」


 洋子はそこで言葉を切って、初めて大悟から目をそらした。


「私は教わるだけ。春香の説明が理解できなかったら、解るように頑張るだけ。春香の答えの正しさは疑わない。でも九ヶ谷は……」


 洋子は悔しそうに顔を歪めた。


「春香の”答え”に文句言ってた」


 彼が選択するたびにマスには地雷が現れる。さっきの情報の話が信じられなくなるくらいの確率だ。


「それはゲームの話だから譲れなかったっていうか……」

「…………」

「実際、怒らせちゃったんだし」


 考えてみれば彼は春香を怒らせてばかりだ。自嘲を込めて大悟はいった。


「確かに怒ってた。怒ってたけど……。あれはそうじゃない……」


 ギュッと唇を噛んで言う。また地雷だったようだ。


「登校日の図書館のこと。…………もしかしてあの時も今みたいなのだったの?」

「……は、半分くらいは」

「どっちが勝ったの?」

「…………しょ、勝利の定義によると思うけど」


 洋子は真意を探るようにじっと大悟を見る。難しい質問だ、あの瞬間は完全に大悟の負けだった、だけど最終的には……。それでも彼は春香に勝ったとは思っていない。


「ひ、引き分け?」

「春香があれだけ熱を入れてることで、引き分けたんだ」


 洋子が何故か絶望的な顔になる。


「そ、そう言えば。登校日のこと、噂にしたのは近藤さんじゃないんだ」


 さっき洋子は「また噂になったら」と明らかに心配していた。


「私が春香の不名誉になるようなこと広めるわけ無いでしょ」


 大悟に関わられた事自体が不名誉だというわけだ。


「…………今の春香のメッセージ、ちらっと見た待ち受けの色、私が知ってるのじゃないけど。九ヶ谷は誰か知ってるの?」

「…………」

「知ってるんだ」


 ついにパネルをめくっても居ないのに地雷が爆発した。論理的につながらないし、話は飛ぶ。ついていくのが大変なストーリーラインだ。


 春香といい綾といい、そしてこの洋子といい。彼の周りの全てのゲームが難易度がプロ仕様だったり、負けイベントしかなかったり、パネルのすべてが地雷原だったりになる。


「僕もよく理解してないけど。夏休みのそのアルバイトの経験から言えば、春日さんにとってはさっきみたいな話が”数学”なんだよ」


 春香にとって学校の授業など遊びにすらならない。だから洋子に教えるのは遊びの延長線上。一方、今の話は春香が本気で突き詰めようとしていることに直結している。それが初歩の初歩だとしても。


 彼と洋子の差はそういうことから生じている。


「まるで自分だけが春香の事理解してるみたいな言い方ね」

「いや、理解できないからさっき衝突したわけで……」

「まるで、ぶつかり合うから理解し合えるみたいな、戦いから芽生える関係みたいな話ね」

「……なんで例えがいきなり少年マンガチックになるの」

「二つ上に兄が、ひとつ下に弟がいるのよ」

「あっ、はい。ごめん」


 興味のない妹に無理やりその手の漫画を読ませた記憶を思い出して、大悟は思わず謝った。


「…………ある意味思ってたより深刻じゃない」


 洋子は苛立たしげに言って、再度大悟を睨む。


「とにかく保留にするしかないか」

「ほ、保留って?」


 大悟は意味がわからず聞き返した。


「でも、もし春香のこと泣かすようなことしたら絶対に許さないから」


 もう泣かせた、悔し涙だけど、とはとても言えない。


「仮に九ヶ谷が春香の望みをわかってるとして……」


 洋子は大悟を射るような目で見る。


「春香のこと守ってあげれるんでしょうね」

「えっ?」


 意味がわからない。春香は呆れるほど優秀で、家は超の付くお金持ちだ。彼女が望み通りの未来を選択できない理由が想像できない。


「もうこの時間だし、続きはまた明日にしましょう」


 ベランダから戻ってきた春香が言った。大悟は時計を確認する。2時間近くが経っていた。驚きの時間の早さだ。


「次は箱の中身の話ね。意味はなくても、箱の中身の記述は出来る。九ヶ谷君が意味だと勘違いしているものの正体を説明するわ」


 春香が次の講義の予告をする。「勘違い」という言葉に抵抗があるが、箱の中身の話というのは願ったりだ。ただ、今日の情報の単位ビットの話ですらかなりきつかった彼にとっては、説明されて理解できるかがまず心配だ。


「じゃあ春香一緒に帰ろ」


 洋子が春香の腕を取らんばかりに言った。表情にさっきの陰りは欠片も残っていない。


「う、うん。駅前までなら……えっと」


 春香が大悟に視線を送る。洋子から逃げるように顔を背ける、洋子の広げたままの夏休みの課題がある。よりによって、というかホームルーム後の流れから当然なのだが数学だ。まっとうな夏休みの課題。


 そして、明日は二学期最初の数学の授業がある。それはまるで持ち主のように彼に対して挑戦的に見えるのだ。


「ボクは家でやらなくちゃいけないことがあるから……」

「そう、じゃあまた明日ね…………」


 そこまで言うと春香は困った顔になる。


「えっと、続きしていいよね」

「あっ、うん。ここでやめられたら気になって仕方ないよ。そうだ春日さん。今日はいろいろ教えてくれてありがとう」


 いかに話がアレでも、最後あんなことになっても、春香はおそらく彼に合わせてくれている。そもそも、これは彼が頼んだことだ。そう思って礼を言う大悟に春香が驚きの表情になる。


 だが、隣りにいる洋子に気がついてすぐ表情を戻す。


「最後の話、一つヒントをあげるわ」


 春香が振り返った。


「ポイントは今日話した情報の取得とエネルギーの関係。それで考えてみて」

「もう春香。勉強は終わりでしょ。ほら、来月はじめからインターンの授業あるじゃない。春香はどこ希望するの……。私一緒がいいな。ほら、希望が重なったら成績順じゃない」


 洋子が春香に話しかける。彼女がカバンに仕舞う問題集は全て埋まっている。大悟はそれを恨めしそうに見た。


 彼の持つ同じものはほとんど白紙だ。何しろ、夏休みの大半がアレで潰れたのだ。つまり、彼に残されているやり残した課題というわけだ。

2018/04/15:

来週の投稿は水、土の二回の予定です。

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