27話:中編 二つの空白
「特異性を高めるための条件みたいなのはないの?」
綾と春香の論争を防ぎ、そして自分の名誉を守るために大悟はそう聞いた。
「受動的な観測と能動的な実験で全然違うけど、一般的に言えば『何時』『何処で』『何が起こるか』を満たせれば、小さなシグナルでも捉えられる。具体的に言えば予想はORZLの形の厳密な特定。何時、何処では今回は満たす。実験の場合、自分たちの手でそれを引き起こすんだから」
「なるほど、だいぶイメージできたよ」
「まあ、かなり具体的にはなったかな」
綾にもゴールのイメージを共有させることに成功したようだ。とりあえずは目的は達成だが……。
(でも、何かが足りないような気がする)
大悟は相反する思いを抱えていた。確かに、最初に抱えていた空白は明白になった。ORZLの形から生じる現象の測定まで、イメージが繋がった。
だが、全体がイメージできてくると別の空白が浮かんでくる。今の話の”何処か”に抜けたところがある。そう感じるのだ。
「で、これからどうするの大悟?」
綾がおかしな事を聞いてきた。綾だけでなく春香の視線も自分に向いている。春香は期待と不安が混じったような表情だ。
二人共明らかに彼の次の発言を待っている。大悟は困った。この先と言われてもノープランだ。ゴールの枠組みが共有が出来たんだから、後は二人が協力して答えを出して欲しい。
だが、二人の瞳は大悟を捉えて離さない。そして、彼自身何かが見えそうな、いや何か見えないものがあるような気がしているのだ。
「……とりあえずここまでの話をまとめることにしよう」
見えないものを見るためには、その周囲を見ればいいのだ。シナリオに詰まった時いつもやること。もちろん、時間稼ぎの意味もある。
大悟はカバンからひしゃげたノートを取り出して概要を列挙する。
・実験というのはORZLによって生み出される現象を捉えること。
これはもうわかっていること。最初の(空白)。ゴールのイメージの枠組みは……。
ORZL → 現象 → (測定器→データ)
そして測定器の中身は……。
・現象は質量や力で区別できる粒子としてセンサーで観測する。粒子によっては間接的にしか捉えられない。
・しかも確率的なので確定させるためには多くの結果と膨大な計算が必要。
・したがって現象は特異的でなければならない。
そして綾の言う問題もまさにこの空白に絡むものだ。
・上記は普通の物理的状況が前提。
・見たほうが早い。
現実事実にこだわる綾らしい意見だ。決して間違っていない。
「そして、現在はその間のギャップを埋める手段がない。ORZL理論では完全な予想はできていないし、その現象が起こるのを待っていれば、それは事故が起こるまで放置するのと同じ」
大悟はそう言って二人を見る。
「これでいいと思う、それで?」
「こんな感じね。だから?」
二人は頷いた。そして、続きを待っている。大悟は二人の視線に焦る。「いや、だから後は二人で」彼がそう言おうとした時、脳の中で何かが繋がった。
ORZLにより最終的に引き起こされるのはマイクロブラックホールの生成。つまり、重力崩壊だ。なのに、これまでの一連の流れには肝心のものが”ない”。
大悟はじっと自分のノートを見る。やはりない、本来あるべき最も本質的なデータが一つ、【空白】になっている。その【空白】は物理学の4つの力の中でも最弱の存在。だが、それは暗黒の穴の様に大悟の脳内に新しい空白として存在している。
「……答えの( )とその前後の流れ……。そして、もう一つの【 】その前後の流れ……」
ノートを見ながらとりとめもない言葉が口から漏れた。最初の( )は今まで説明された実証可能な実験。そして、新しく浮かんだ【 】のイメージ。
どこか何か似ている。いや、その二つというよりも、その二つの空白を作っている周囲の形が似ている……。
「九ヶ谷君?」「しっ、始まった」
キーワードから立ち上がるイメージの間に、次々とリンクが張られていく。それは、彼がゲームのシナリオを練る時に個々のキャラクターの意志と舞台を結びつけイベントが生まれるときの感覚だ。
大悟は周囲の情報を遮断するように目をつぶり、自分の中の世界を探索する。
(このルートだとゴールに結びつかない、このルートは前提を満たさない。こっちはイメージがループする)
まるで2枚の穴あきパズルを同時に解くようなもの。考えると言うよりも感じる。思考と言うよりも、手で形をこね回すような感覚。
次々とルートが生成され、消えていく。膨大な選択肢が生まれては、消えていく。それはどこかORZLの系統樹に似ている。
ルートが絞られては別れまた絞られる。曖昧なイメージが曖昧なまま輪郭だけを明確にしている。だが、ゴールまでのルートがない……。
自分の脳内の迷路で迷子になる大悟。だが、目の前のイメージがそこで思考を止めることを許さない。何かがある、いや何かがないという空白を感じ取っているのだ。それは答えの空白とは違って、そして同じ……。
「未知は一つだけなら未知のままだ、だが2つの未知が合わさるとそれは答えになる」昔聞いたそんな言葉が思い浮かぶ。
なら、その空白同士をつなげれば…………。
(ループしていいんだ。新しい【 】は過去に”ある”)
紙の上をさまよう大悟の指がUターンした。それは、スタートを更に遡り、何もないベンチの上を指した。
過去の【 】はどこにある。どこに記録されている。春香は【 】は小さすぎて粒子の測定では無視されるといった。だが、測定の手段はある。脳裏に浮かび上がったのは『世界を織りなすもの』に載っていた『くの字型』の巨大装置。
そして、本の中では測定対象を文字通り音に喩えていた。空間そのものを伝わる音だ。それは、いつどこで発生するかわからず、だからこそ実験ではなく観測される。
ならばある。綾の言っている”現実”は春香の言っている”未来”ではなく、”過去”にある。直線だったルートが湾曲し、ついに二つのノードが重なった。
二つの空白をめぐるイメージは曖昧なまま一つに収束して、そして一つになった。
「シナリオが、見えた」
大悟は目を見開いた。
2018/03/02:
後編は日曜日に投稿します。




