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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第一部『物理学の爆弾』

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24話 前途多難?

「さて、まず春日さんは私に何か言いたいことがあるんじゃないのかな。この前のプレゼンの時の事とか……」


 ドリンクバーのグラスを前に、入口側の席に座った綾が言った。彼女らしくない険のある口調に大悟はひやっとした。確かに、三人の共同課題で春香は役割を果たせなかったのだから、綾は一言あっていい。


 だが、今はそんな状況ではない。テーブルを挟んで春香と並んで座っている大悟は穏やかにと両手で小さく「押さえて」のサインを送った。


 だが、綾はそんな大悟を一睨みで制した。


「そうね、一つ確認しておかないと」


 綾の視線を受けて、グラスを置いた春香が口を開いた。


「九ヶ谷君と小笠原さんは付き合ってるのかしら」


 なぜこんなおかしな話が始まっているのか。今が緊急時であることを二人とも理解しているはずでは。大悟はさっきまでの地下室のことを思い出していた。


◇◇


「一番大事なのはどれだけ厳密にORZLの形を確定できるか」


 大場が帰った後、さららが大悟達に言った最終的な目標がそれだった。ORZLの形は物理法則を決める。その形が正確であればあるほど予想される物理法則の変化を正確に見極められる。


 大場の条件は実験で確かめられること。当然実際に加速器を使う前に実施できなければならない。つまり、Lczによる物理法則の変化がまだ小さいということだ。それは、ごく僅かでしかもそうと解る特別な変化が起こっていることを示さなければならないことを意味する。


 物理法則の何が違って何が同じか正確に分かれば解るほど、どんな実験をして良いかとその結果のデータを判断できる。


 台風で言えば本命である気圧の変化が起こる前に、付随する例えば湿度の変化みたいなものを捉えると言うことだ。


 問題は学生に過ぎない彼らがそのためにどんな貢献が出来るかだ。


「基本的な方針は私がやるから、ハルは計算で私を補助して。アヤには情報重心のネットワーク以外の入力について説明するから、経済関係の情報処理を手伝って」


 さららは二人の女子高生に役割を割り振ると、残った一人を見た。大悟は固唾をのんでさららの唇を見た。


「ダイゴの発想にも期待してるから」


 適当すぎて何をやればいいのか解らない。だが、さららはそれ以上は何も言わず今日はとりあえず帰っていいと言った。これから空間構造の専門家の所に相談に行くらしい。


 地下室から出た三人は無言で帰路についた。道の途中にファミレスが見えたとき、綾から今後の打ち合わせをしようと言われた。


◇◇


「九ヶ谷君と小笠原さんは付き合っているのかしら」


 ここに入るとき、大悟はこれから各人がどれだけの時間を割けるかとか、そういう普通の打ち合わせが始まると思っていた。


 だが、大悟の目の前で綾と春香が視線をぶつけ合っている。そして大悟は状況に置いて行かれていた。


「なんで春日さんがそんなことを気にするのかな?」


 綾が言った。大悟も気になっていることだ。まさか……。


「…………今後三人で作業するんだから、そのうちの二人が特別な関係だったら距離とかそういうのを気にする必要があるでしょ」

「いやそんな気遣い――」

「疑問が二つあるかな。一つはなんで今更? 三人で作業する事になったのは前の課題の時と同じ。あの時は全くそんなこと気にしなかったのに?」

「そ、それは、あの時はそこまで気が回ってなかったから」


 春香はグラスに視線を落として、ばつが悪そうに言った。


「じゃあ一つ。もし私たちが特別な関係だという可能性を考えていたら。今朝その片方を自分の家に連れ込む方がずっとまずくない?」

「つ、連れ込む!? 違う。アレはあくまで……」


 今朝のことを思いだしたのか春香の頬が紅潮した。それを見た綾の目が光った。


「つまり、春日さんがそういうことを意識するようなきっかけが今朝あったって事じゃないかな。これまでは人物Aに過ぎなかった九ヶ谷大悟が、春日さんの中で何か特別な意味を持ったのはどうしてかな?」

「お、おい綾。今そんな話は……」


 大悟が慌てて両手を振って綾を止めようとした。大悟にとっても今朝のことは色々地雷なのだ。特に二次元キャラとしたらサイエンスモードの方がとか……。


「ああ、ちなみに私とこいつは春日さんが気にする必要がある関係じゃないけどね」

「二人が特別な関係じゃないなら、小笠原さんに言う必要がないことでしょ」 


 春香は綾から目をそらしながら言った。


「ふうーん。でも、それがなくても私には一言あってしかるべきじゃない。私は貴方に付き合わされた役目を果たしたのに、春日さんの方は……」


 綾らしくもなく追求がねちっこい。


「あの時の不手際については謝る。でも、あ……小笠原さんはどうせ面白そうなことに勝手に首を突っ込んだだけでしょ。そう言う意味じゃ私に負い目なんかない」

「開き直るんだ」


 二人はテーブルを挟んでにらみ合う。大悟は前途多難な状況に頭を抱えたくなった。ただ、不思議なのは二人の間にあるなんとも言えない空気だ。言葉の応酬だけ聞けば険悪そうな二人の少女は、どこかそんな言い合いに慣れたところがある。それも互いに。


(「綾は面白そうなことに勝手に首を突っ込んだだけ」っていうのは当たってるよな。考えてみればこの二人絶対何かあるんだけど……)


◇◇


 カタカタカタカタカタカタ……


 カチッ……カチ…………カチッ


 地下空間にキーボードを叩く音がステレオで響く。正面の壁には音に連動するように変化する数字と、形を変えるCGが映っている。ファミレスで最後、ついでのように打ち合わせた時間通り、翌朝の地下研究室に集まった高校生の作業音だ。


 ステレオの片方、春香のノートパソコンには複雑な数式をアクセサリーのように飾り付けた図形が回転している。課題がまだ単なる課題だった時に彼女がやっていた作業と基本的には同じだ。正確には後ろから見ていると同じに見えるだが。


 もう一方の綾が使っているのはさららのパソコンだ。綾は横に立てた自前のタブレットを指で操作しながら時折キーボードで数字を入力している。


 タブレットには朝のニュースで出るようなグラフ。つまり、株式市場が映っている。日本だけでなくシドニー、東京、北京、シンガポールと東から西に並んでいる。東京、北京の取引所が盛んにグラフを上下させていて、目覚めたばかりのインドの株式市場が稼働を開始した。その横にはまだ開いていない中東、ヨーロッパ、アメリカの灰色の枠がある。


 並んだ枠の下には、二十四時間止まらない外国為替と、聞いたこともない名前の仮想通貨の取引も表示されている。


「さららさん、これでどうですか?」


 ホワイトボードの前で暗号と格闘していたさららが綾の元に向かう。椅子を譲ろうとした綾を止めて、さららは立ったままキーボードに指を走らせた。


「なるほど、各市場の相関と情報密度の間に何らかの関係は存在してるか。市場の動きそのものじゃなくて、別々の市場が同じ方向に動く傾向の強さが世界的な経済活動の流れの強さと一致するってことだね。どう解釈する?」

「えっと、暴落の時とは世界中の市場が順番に同じ動きをするじゃないですか。欲望と恐怖。人間活動の大小をこれほど端的に表すデータはないはずですから」

「うんうん。良いところに目をつけたね」


 二人は笑顔でそんなことを言っている。傍から聞いている大悟には何かえげつないことを言ってるなとしか解らない。何にせよ大活躍である。


 綾がさららに褒められていると、春香のキーを叩くピッチが上がった。


「さららさん、ここなんですけど……」


 映し出された図形が先ほどまでより勢いよく変化する。まるで、不定形のモンスターのCGのようだ。今伸びた細長い部分など触手に見える。


 高校生女子二人はそれぞれの得意分野で頑張っている。全く女子高生っぽくない分野なのはご愛敬だ。


 さて、一人離れたところで待機している大悟である。もちろん、彼もまたチームの一員として自分が動くべきタイミングを待っていた。


 ピー


 部屋の奥からけたたましい音がした。大悟は立ち上がると足早に音の元へと向かう。そして、湯煙を上げるケトルを手に取り、棚から紅茶の葉を取り出した。


 作業開始から二日目。それが彼の役目だった。

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