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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第一部『物理学の爆弾』

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19話:後半 シナリオ

「じゃあ、この間を手持ちの材料で繫ぐなら、そのシナリオは?」


 大悟は赤い付箋を手に取ると『炭素原子核』と書いて机の左に貼り付ける。そして青い付箋に『爆発』と書いて右に貼り付ける。その中間に『?』と書いた付箋を置く。


「光速の70パーセントに加速された炭素原子核キャラクターが6時のユニットでLczイベントに出会い、8時のユニットで爆発ゴールを引き起こす。その間をつなぐシナリオ、7時のユニットのところで『炭素原子核』はどうなっている、何が起こっている?」


 机の引き出しから取り出した白紙を広げ、目をつぶる。


 炭素原子核が6時のユニットに差し掛かった時、最初のイベントが起こる。そこを通過した情報重心という嵐に巻き込まれたのだ。偶然が普通の少年を冒険に導くように。


 その嵐により炭素原子核に”最初の変化”が起こった。炭素原子核を取り巻く物理法則ルール自体に変更が生じて、余剰次元、つまりステータスが変更された。


 だが、持っている力の総体は変化しない。それがルールだ。


「前回考えたのだと、ここで反物質化だったけど……」


 春香の軽蔑の視線が脳裏をよぎる。解けるわけがない問題、解けるわけがない自分。思わず閉じていた目が開く。まだ白紙のままのコピー用紙に怯みそうになる。


「別に仮説を発表しようというんじゃない。気になったことを考えてみるだけの、頭の体操だ」


 彼には何の義務もなく、何の利害もない。これは遊び(ゲーム)だ。もう一度目をつぶる。


 脳内にこれまで集まった情報が行き来する。駒、舞台、ルール、そしてスタートとゴールのイメージ。


 7時のユニット、結末の破壊と破滅への準備段階。駒は8時のユニットで破壊の権化と化す何かに変化している。あるいはしようとしているのだ。それは何か……。


 反物質ではない。エネルギーだけでなく電荷も保存されるのだ。衆人環視センサーの中でそんな変化は見過ごされない。


「ゴールのイメージは…………」


 綾から受け取った資料の中で、8時のユニットの写真を取り出し、ゴールに置く。小さな穿孔とその周囲のねじれ。それは、彼に今日聞いた話を思い出させる。


「ブラックホールってのはどうだ?」


 そう、昼間一瞬考えた可能性だ。この穴は爆発で空いたんじゃなくて、喰い取られたという逆転の発想。しかも、ブラックホールは蒸発するという。


 Lczによって炭素原子核が小さなブラックホールと化し、管を食い破り、そして蒸発して跡形もなく消えたとしたら?


 必要なのはブラックホールが出来るための条件。極僅かな質量であってもそれをギュッと押しつぶせばブラックホールになる。考えてみれば、炭素原子の質量の99.9パーセントは小さな原子核に集中しているのだ。もともと超高密度ではないか。


 ならば、そこを少しだけ後押ししてやれば……。つまり、Lczによって起こったルールの変化は重力の強化だ。シナリオが逆算することは良くあることだ。


「余剰次元の幾何学なんて解るわけないから、とにかく重力のルールが変わってブラックホールが出来たとしよう。そしてそのブラックホール、マイクロブラックホールだっけ。それが管を食い破って蒸発して消えた。いいぞ、どう考えても”あり得ない現象”だ。このシナリオでいこう」


 後は、ブラックホールが蒸発してくれればいい。大場はブラックホールは蒸発によって無害になると言っていた。


 ここまで考えて、大悟はブラックホールの蒸発のメカニズムを何も知らないことに気がつく。大場もそこまでは説明してくれなかった。


 疑問がある。ブラックホールは全てを吸い込む。だが、蒸発して消える。この二つはどう考えても正反対の現象だ。


 それを教えてくれそうな人間は…………。ちらっとスマホに目が行く。


(アホか。まだ馬鹿にされ足りないってのか)


 ネットで検索をかけてみる。検索上位から見てみるが、理解できない断片的な知識の羅列や数式が並んだ。


 情報の極限だとか、新しい宇宙を生み出す宇宙進化とか。もちろん、科学者による世界の滅亡論もある。綾が話題にしたLHCのマイクロブラックホールの話とかだ。


 陰謀論。オカルト。哲学? 内容の成否が全く判断できない。


「もっとちゃんとしたソースが欲しいけど……」


 目に付いたのはレジュメを出す時に一緒に机の上に飛び出した単行本。春香に返すために、レジュメと一緒にカバンに入れていたのだ。


「物理学の概要って感じだったもんな。ブラックホールの蒸発なんてマニアックなネタがあるかな…………」


 あまり期待せずに索引をたどる。幸い【ブラックホールの蒸発】というそのまんまの項目があった。目次をたどる。


「えっと、709ページか…………」


 大悟は本をペラペラめくる。だが、その手がすぐに止まった。


「って、この本400ページしかないじゃないか。あっ、そう言えば……」


 慌てて背表紙を確認した。そこには『世界を織りなすもの(上)』とある。


「なんだよ。どうせ貸すならセットで…………」


 そう思いながら、一冊ですら分厚いこの本を上下組で渡されたらあの時の自分は引いていただろうなと思う。やはりそういうレベルだと気を遣われていたのだろう。


「…………このままじゃ収まりがつかないからな」


 大悟はスマホで学校の図書館の蔵書を検索した。蔵書無し。市立図書館を検索する。


「あった。うわ貸出中って、それは上巻か……。えっと、下巻は……蔵書ありだ!」


 流石一般向けだ。大悟は苦笑いを浮かべながら市立図書館の開館時間を調べた。


◇◇


 春香は英文の羅列の中に浮き上がる数式を読み取っていく。最新の論文をヒントに、シミュレーションに数値パラメーターを入力する。計算を命じられた機械(パソコン)は律儀に命令通りに仕事をこなす。


 だが、彼女自身は自分のやっていることに全く確信が持てないでいた。


「ねえ、ハル~」

「なんですか、さららさん」


 春香はビクッと震えて、恐る恐る振り返った。


「ダイゴとアヤは?」

「…………」


 春香は思わず顔をしかめた。綾には確認を取った。参加はしてくれるらしい。彼女が参加するというからには参加するのだ。でも、大悟は……。


(私からお願いするべきだよね……、でも)


 大悟の仮説、そう呼ぶのは抵抗がありすぎる単なる思いつき、を否定した時の自分の言葉を思い出す。


 科学的には判断は間違っていない。彼女はそう確信している。一瞬、ほんの一瞬だけハッとしたが、反物質はありえない。


 だが、あの言い方はなかったのではないか。


 発表までの時間が迫り、仮説の構築は遅々として進まない。その中で、友人たちとの交流にも時間を割くことになった。その状況で、あんなちょっと考えたら間違いだとわかる……。


(でも、彼は彼なりに一生懸命考えたのかもしれない)


 嘘でもなんでも「発想は面白いね」と褒めるべきだったのだろうか。彼女の対人マニュアルならそうなっている。あの時、なぜそうできなかったのか。


 なら今からでも、マニュアルに沿った対応をすれば…………。


(でもいまさら……。それに……)


 春香は画面に表示された結果を見て首を振った。


◇◇


「やれやれ我ながら何やってるんだか」


 朝一番、開いたばかりの図書館に飛び込んだ大悟は、そのまま真っ直ぐ科学コーナーに向かった。本棚を上から順に見ていき『世界を織りなすもの(下)』をひっつかんだ。


 間違いなくブラックホールの蒸発が載っていることだけ確認。そして、上巻を読んでいる誰かに明日には返すからと心の中で告げ、貸出カウンターに向かった。


 そして、家に帰って本を広げているわけだ。


「今更こんなもの読んでも、間に合うわけないのにな……。って、間に合う必要なんてないか。さてどれどれ……」


 …………


「無理だこれ…………」


 目を付けた709ページの前後は三十ページ以上にわたってブラックホールの話だった。それを読んだ結論は、文字通りわけが分からないだ。


 何しろ、どう考えても哲学とかオカルトとかSFとしか思えないのだ。ブラックホールと情報の関係を大まじめに説明しているらしい。ブラックホールが宇宙最大のコンピューターなのだという。


 ブラックホールを使った意味不明な殺人事件。アリスが恨みを持つボブをブラックホールに突き落として殺そうとするという話だ。


 落とされたボブにとってブラックホールと外の宇宙の境界は無害だが、それを外から見ているアリスはブラックホールに入る瞬間にボブが焼け死んだように見えるらしい。本にはこの二つが両立する理由が書いてあるが、それは正気とは思えない説明だった。


「まあ、それはともかく蒸発だ。やっぱ思いつきじゃ駄目か」


 大悟は大きくため息をついた。問題は肝心のブラックホールの蒸発のメカニズムだった。こちらは何とかギリギリ理解できたが、やはり同様に理不尽だった。


 はっきり言ってこれを蒸発と呼ぶのは詐欺だ。大悟は書き留めたメモを見る。


1,ブラックホールは全てを吸い込み、光を含め何物も外に出さない。

2,ブラックホールは蒸発して消滅する。


 1,2共に”真”なのだ。そのからくりとはブラックホールの蒸発はブラックホール自身ではなく、ブラックホールの周囲の通常の空間が引き起こすということだった。


 この時点で問題だ。つまりそれはLczの洗礼を受けていない。普通の空間が引き起こすということだ。


「やっぱ駄目か……、何だよマイナスのエネルギーって」


 大悟は3番目のメモを見た。


0=(+1)+(-1)


 という”算数”が書かれている。これが彼が理解したブラックホールの蒸発だ。ブラックホールが管を食い破って蒸発して消えるという完全犯罪のようなトリックは成立しないもう一つの理由。


 それはブラックホールの蒸発が蒸発などという生易しい物ではないからだ。


 大悟は一応脳内で自分のシナリオを再生する。炭素原子核がLczを経て重力崩壊していき8時のユニットでブラックホールと化す。ブラックホールはそこで周囲の空間からマイナスのエネルギーを取り込み、代わりに……。


「まてよ。このメカニズムって要するに…………」


 大悟は首を傾げる。目をつぶってもう一度イメージを再生する。そして、綾から受け取った今日の取材のまとめにもう一度目を通す。大場の説明により描かれたイメージ。彼はそれに信を置くと決めたのだった。


 そして、それはやはり爆発だ。高密度のエネルギーがほとんど一点と言って良い空間から外に飛び出る。


「……基本に戻ろう。問題の本質はエネルギー保存、つまり爆発のエネルギーの出所だとするんだ」


 大悟は物理と書かれたノートを取り出し、以前書いた計算を確認する。


「…………もし、Lczの瞬間に、これだけの……がその場を通過していれば……。そしてそれらが……」


 大悟は紙の中央に書かれたブラックホールから、まっすぐ線をゴールまで伸ばした。反物質そしてマイクロブラックホール。全く違う現象、後者は本当に起こるのかすら怪しい。


 だが、その答えは一緒だったのだ。


「でも春日さんも大場教授にも否定されて…………。いや、否定されたのはあくまで反物質だ」


 大体、春香も大場も大悟のアイデアの根本は否定していない事に気が付いた。


「なんかこのシナリオの方が面白い気がするじゃないか……」


 大悟はスマホの電卓をはじいた。そして、新しい白紙を取り出すと時間を忘れて書き込みを続ける。彼の妄想が、スタートからゴールへ白紙を埋めていく。

2018/01/10:

次の20話はいよいよプレゼンになります。

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