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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第一部『物理学の爆弾』

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32/152

19話:前半 シナリオ

 机の中央にA3のコピー用紙が横向きに置かれている。用紙の左端にはスタート、右端にはゴールと書かれてある。その上には三色の付箋が並んでいる。

 赤い付箋には『キャラクター』の名前。緑の付箋は『舞台と設定』。青い付箋は『イベント』だ。

「……何とかここまで立て直したな」

 スタートからゴールまで、主人公を中心に矢印でつながれた付箋の流れ(フローチャート)を見て大悟は呟いた。


 昼間、綾の取材に付き合わされた後、自宅の一階のカフェでプレゼンに向けて簡単な打ち合わせをした。その後は部屋に戻り、ずっとゲーム企画を進めていたのだ。


 一息つこうと時計を見ると、夜の11時だ。6時間は集中していたことになる。それでも、練り直した設定に主人公を放り込み、シナリオの原案を作り出した程度だ。


 コピー用紙の左には赤地に太字(しゅじんこう)のスタート時の付箋が。右端には目標達成後の状況が書かれている。その間、ゴールまでの軌跡が、主人公を中心としたキャラクターと緑《舞台と設定》が相まって生じる青い付箋(イベント)の並びと言うことだ。


「根本から練り直したせいで、シナリオはまだまだ甘いな」


 青い付箋に書かれた『最初のピンチ』とか『ヒロインとの出会い』とかの曖昧なラベル。これをどう詰めていくかが問題なのだ。冒険ゲームとは過程シナリオだというのが彼の持論だった。


 ちなみに、一度これを見せた綾からは「小説でも書いたら?」と言われた。言いたいことはわかる。


 だが、キャラクターと舞台が相互作用してイベントを生み出すのは一緒でも、小説は一本道だ。ゲームはキャラクターの行動によって結末が変わりうる。同じ結末でも到達までの道は違う。そこが醍醐味だと彼は思っている。ただ、だからといって完全に野放しにすることも出来ない。


「やっぱり、要のこのイベントが決まらないとな」


 フローチャートの中央に赤く囲んだひときわ大きな付箋イベント。どのルートを通ろうと絶対に通過する必須イベントだ。主人公の錬金術士が絶対と思われていた錬金術の『定説』の矛盾に気が付き、世界の秘密を解き明かすきっかけとなる。


「どうせならヒロインと絡ませるかな。例えばあの黒髪の魔法学者の娘とか…………」


 ヒロインのイメージを思い浮かべた時、「つまり、物質というのはエネルギーそのものなの。そんなことも知らないのね」その口が勝手にセリフを紡いだ。


「……いやいや、ここはやはり主人公の師である大賢者にすべきかもしれないな。そのほうが説得力があるかも」


 そうつぶやきながら、大悟は机の端に避けたスマホをちらっと見た。課題の発表プレゼンは明後日なのに参加を確認する連絡すらない。


 参加だけはすると知らせた方がいいかと少し考えたが、首を振った。


「ちゃんと時間通り地下室には行くし、それで十分だ」


 大悟は引き出しから自分の担当分のアウトラインを思い返す。かろうじてかもしれないが、形にはなっているはずだ。春香だって余剰次元の説明が終わった後、これ以降は自分が引き受けるようなことを言っていた。


 今日見た限り、綾の分担は順調というかそれ以上だ。


 後は春香の仕事だ。その春香の作業の様子を思い出す。確かに苦戦していたように見えたが、それは彼の印象に過ぎない。あんな訳の分からない数式を駆使して、高度なシミュレーションを動かす春香だ。


 そう思っても、昼間の取材で感じた不安は、むしろ増していることも確かだった。気になるのは春香の姿勢だ。


「あのチーズケーキはいい仕事だった……」


 綾のように多くの店を食べ歩いて、独自の取材を元に記事を書いたりしなくても、あのケーキの質の高さはわかる。母の作る品と、市販品をいやでも比較してきた経験からわかる。


 丁寧で繊細な仕事、あれが大場の『実験家』としての姿勢なら、大悟は大場が出した観測記録、つまり8時のユニットで起こったことのイメージは信じられる。


 だが、春香はどうだろうか。大悟が見る限り、春香の注意はさららと同じく6時のユニットに向いていた。


 綾は”さららの”それには理由があると言った。では、春香は…………。


 大場に対する反感を隠さなかった春香。それは大場がさららの説を認めていないことから来ているのは明らかだ。だが、あの時は当のさららは冷静だったのに、春香の方は……。


「ま、それと失敗するかどうかは関係ないか」


 数式に数値を代入する春香を思い出す。彼女がやってることは科学だ。正しい数字を入れれば、正しい答えが出る。そういうものではないのか。


 大悟は自分が作ったゲームのフローチャートを見た。ゲームシナリオが複数のルートに分かれるのは、駒である主人公に感情があるからだ。炭素ぶつりがく原子核コマに感情はない。蹴られた方向に飛んでいくだけの石ころと変わらない。


 だが、例えば将棋だって各コマの動き方は決まっている。だが、勝負毎に違う局面が展開される。将棋のゲームの流れをシナリオと名付ければ、あれは大悟と同じゲームだ。だが、将棋の背後には意志を持った人間が居る。


「ああもう、こんなこと考えてもわかるわけがないってのに」


 そう愚痴りながらも、机の上の目覚し時計を見た。文字盤の12個の数字がまるであの加速器のようだ。真下の6時が事故の原因が生じたユニット、そこから60度上がれば爆発の生じた8時のユニット。


 6時と8時、その中間にある7時。そこで何が起こっていたのか……。


「僕のせいで失敗したとか言われたらたまらないからな」


 我慢できなくなった大悟は、カバンから綾との打ち合わせの成果であるプレゼンのレジュメを取り出した。そのはずみに、一冊の本がカバンから机に飛び出した。


 それを気にせず、もう一度自分のアウトラインを見る。基本的にこれまで教えられてきたことを順番に整理しただけ。


 物理学の基本ルールである四つの力。その分化と空間の相転移。余剰次元のメカニズム。そして、問題の根本であるエネルギー。その説明としての物質の正体。


 物理法則がルール、物質エネルギーが駒、通常空間がマップ、そして余剰次元がステータス。しつこいほど遊戯ゲームに例えていた。大悟にとって一番理解しやすいし、その例えを嫌っていた春香に対するあてつけの気持ちもある。


 大悟はじっと目の前に並ぶ要素を見た。


「「世界のすべてをゲームとして捉える」か…………。確かにゲームみたいだな。…………というかゲームだろこれ」


 炭素原子核が蹴られた方向に飛ぶだけの石ころだったとしても、その先に複雑な地形があれば、あちこちに跳ね返ってまるでフローチャートのような軌跡を描くのでは……。


 いや、そこに意志はない。ただそう見えるだけ。でも、それなら世界のすべてをゲームとして捉える、ゲーム理論を研究していた父は何を見ていたのか。


 あの図書館での春香の台詞を思い出した。春香の説明だとゲーム理論は人間の交渉まで、それはまさしくプレイヤー同士の駆け引きだ、を扱っている様だった。


「そもそも、人間プレイヤーも物理法則には従って……」


 春香の理論ゲームと大悟の遊戯ゲーム。そのどちらが……。そう考えた時、あの背筋がゾクッとする感覚が再現された。


「いやそんな哲学めいた話は今はいい。説明のための例えじゃなくて、少なくともこの問題をゲームとして考える。仮に、仮にそうしたらどうなる?」


 物質、あるいはエネルギーが駒。舞台がマップ。そしてステータス。物理法則はルールだ。この場合、主人公は炭素原子核……。エネルギー保存というルールの範囲内でLczというイベント……。ゴールは本来起こり得ない爆発。


 あと、今日の取材で聞いたあの言葉。幾つもの要素が、繋がり(ストーリー)を作ることを求めている様に感じた。


「じゃあ、この間を手持ちの材料で繫ぐなら、そのシナリオは?」

2018/01/07:

来週の投稿は水、土の予定です。

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