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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第一部『物理学の爆弾』

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30/152

18話:前半 8時のユニット

2018/01/01:

あけましておめでとうございます。

新年最初の投稿となります。

今年も『複雑系彼女のゲーム』をよろしくお願いします。

「おまたせしてごめんなさいね。小笠原さんと九ヶ谷くんだったわね。以前、吉野講師と一緒に見学に来てくれた」


 接客スペースに入ってきた大場は、相変わらず一度見たら忘れられない白いスーツだ。


「今日は時間を取っていただきありがとうございます」


 綾が立ち上がって挨拶する。大悟も慌ててそれに倣って小さく頭を下げた。前回は一方的に説明を聞いて、その後はさららとの議論を見ていただけだった。


 春香のように食って掛かることはもちろん、綾のように気の利いたことも言えない。


 今回も似たようなもののはずだ。だからこそ、こうやって面と向かっている状況に緊張する。大体、高校生二人で大学教授に何を訊くのか。綾だっていつもの取材とは勝手が違うはずだ。


 緊張する大悟の前で、大場はテーブルの皿をじっと見た。


「どうだったかしら。私の新作は?」


 言葉の意味がわからず大悟は綾を見る。


「これで手作りですよね。本当にプロのレベルです」

「そうでしょう。料理が苦手な実験家っていないのよ」


(あんたの手作りかよ!!)


 別のショックが大悟を襲った。繊細にして爽やかな甘さのレアチーズケーキは確かに彼の母も唸らせそうな出来だった。目の前の男とのギャップがすごい。スーツの色だけは合致しているが。


「理論家さんの場合はどうなんですか?」

「私の経験上は両極端ね。きっちりしすぎてるか、トンデモナイものを作るか。吉野講師はおそらく後者よ」


 大場が笑った。「こうした方が美味しくなるはずなんだけど」と言いながらレシピをいじるさららを想像して、大悟は深く納得してしまった。


 ちなみに弟子のほうは前者な気がした。もちろん、彼女の料理なんて食べたことはないし、そんな機会は今後も一生ないだろうが。


 それにしても、こうやって巧みに話を合わせる綾は一体何者だろうか。大悟は自分の存在意義をますます疑う。


「じゃあ、いよいよ本題なんですけど、加速器の事故のことでいくつか質問があるんですよ」


 しばらく最近のデザートの流行について話した後、綾がメモ帳とペンを手に取った。そして、皿の横に一枚の写真を置いた。大場がさっきまでの気さくな雰囲気を改めた。


「私が知りたいのは、4月4日の午後13時23分14秒に、ペリドットで起こったことです」


 綾は写真に映った加速器の八番目のユニットを指差した。そこは確かに事故が起こったユニットのはずだが。ペリドット? 大悟は首を傾げた。


「ふふっ。誕生石にちなんだ私達の間の愛称まで押さえてるなんて。油断できない子ね」


 大場は面白そうに笑った。


「でも、話せるだけのことは前回話したのだけど」


 そして、怪訝そうな表情になる。その中に、かすかに警戒心が感じられる。


「前回見せていただいた実物は起こった後のこと。シミュレーションは言ってみれば起こるべきこと、ですよね」

「……ええ、そうね」

「私が知りたいのは原因でも結果でもなく、その瞬間の事実です。この写真が私がシャッターを押した瞬間の加速器の事実であるように。事故の瞬間にシャッターを押したら何が映ったか」


 綾はそこで一旦言葉を切り、大場をまっすぐ見た。


「さららさんの関心は事故そのものじゃないですから。私は原理とかそういうのは解りません。ただ、起こったことは起こったことです。理解できなくてもどれだけ不思議でも」


 綾は写真の6時のユニットを指差した。


「ここでさららさんの言うような余剰次元の変化が起こったとしても……」


 綾は8時のユニットに指を動かす。


「ここで起こったことは私たちの通常の空間で起こったことですよね。つまり、現実の範囲です」


 大悟は虚を突かれたような気分になった。確かにそうだ、というか当たり前のことである。どうしてそんな当たり前のことに自分は今驚いているのか。


「……なるほど、講師とは違う視点を持っているのね。それで8番(ベリドット)というわけね」


 大場は綾の言葉を吟味するようにゆっくり頷いた。


「科学記者が貴女みたいな人ばかりなら良いのにね。…………いいわ、測定データが私たちに見せたことをそのまま説明してあげる」


 大場は例の指輪を操作した。応接スペースの壁にいきなり四角い光が現れた。どうやら、天井のプロジェクターから映し出されているらしい。


「まずは、穿孔が生じた場所のセンサーが捉えた熱……」


 大場は説明を始める。以前見せられた事故のデータでは無機質な90ジュールのエネルギーだったものが、具体的な熱と光を持って再現される。中心部の温度が数万度。ただし、針の先ほどの場所に集中している。中央部の穴は材料の合金が一瞬で蒸発したものと考えられる。


 また、加速された炭素原子核の性質についてもだ。体内に打ち込まれた場合、ある一定の距離を走った後まるで散弾みたいに破裂するらしい。


 どれも、さららとの議論では出てこなかったことだ。その中で綾が興味を持ったのは放射能、正確には放射線らしいが、の発生だ。


「つまり、ガンマ線の発生は厳密に言えば二度生じているということですか」

「ええ、最初のガンマ線は量的には少ないけれど波長が揃っていて、次のガンマ線はかなりの量で波長もバラけているのが特徴。もちろんセンサーは全波長を捉えられるわけではないけれど」


 センサーは各ユニットに一箇所ずつ。だから、実際のデータは一周が12フレームのコマ送りのようなもの。肝心の衝突の場所はちょうどセンサーとセンサーの間だ。だからこそ、爆発の瞬間のデータは限られていて、その一つがガンマ線。


「ガンマ線っていうのは確かすごく強い光ですよね。粒子加速器ならイメージ的にはアルファ線とか、ベータ線とかじゃないんですか」


 綾は自分のメモを見ながら言った。


「癌の重粒子線治療の場合の、原子核が散弾みたいになるときのイメージはそちらに近いけれど、荷電粒子が運動の方向を変える時にそのエネルギーが光として放射されるの。イメージとしては急カーブを曲がる車が立てる音のようなものかしら……」


 大悟は綾に感心するしかなかった。彼女の科学的知識は、せいぜい大悟並みのはずだ。だが、今回の取材に備えて関係することをきちんと調べている。


 大場の話だと、要するに二度目のガンマ線が爆発によるもの。その前のガンマ線は原因がよくわからないらしい。


「と、まあ、事故の瞬間というとこんな感じかしら。言いたくないけれど、あり得ない現象なのよ。おかげで未だ原因不明。うちの子達の論文のこともあるし。共同研究先の施設との連携もあるのに」


 他の施設に研究員を派遣して研究の遅れを補ったりしているようだ。先程の船橋という女性研究者の出張もその関係だろう。必要なことをきちんと実施するそのやり方は、地下室の自由人とは全く違うようだ。


「ありがとうございます」


 メモを取り終わった綾が言った。そして、ただ聞いていただけの大悟に振り向く。


「大悟は何か無いの。春日さんに言ったこととか…………」

「えっ、いやあれは……」


 突然水を向けられて大悟は焦った。今の話を聞いていても、春香の大悟への批判が正しいことがわかるのだ。加速器内外の多数のセンサーが捉えた詳細なデータの中には当たり前のように、電荷があった。


 6時のユニットから8時のユニットにかけて、中を走る粒子の軌道の乱れのようなものはあるが、進行方向そのものに大きな変化はない。間違っても逆走などは起こっていなかった。


 綾の無言の圧力が大悟に襲いかかる。確かに、このままではケーキを食べに来ただけ。文字通りの無駄飯食らいだ。大悟は仕方なく、自分の反物質のアイデアを説明した。


「という感じで、これならエネルギーの量が足りるんじゃって。思ったんですけど……はは」

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