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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第四部『プレイヤー』

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8話:後編 共進化

 戦場から秩序が失われていた。これまでは一人机のチェアに腰掛け、余裕だった洋子が、忙しく後ろ頭を左右に動かしている。


「ちょっと、何でそんな重いユニット作ってるのよ!? どうやってここまで運んだの??」


 大悟の巨大投石器ユニットがミノタウロスの集団をなぎ倒した。洋子が悲鳴を上げた。本来なら鈍重すぎて使えないユニットだ。単純なエネルギー効率なら、真っ先に切り捨てられる。


 だが、春香の輸送ユニットと協力することで前線に間に合ったのだ。


「……ということは、近くに春香のユニットが待機しているはずよね。それを叩けば……」


 洋子は投石機の周囲を探索する。だが、彼女の索敵は空振りだ。春香のユニットは投石機を前線近くに放り出すと、とっくに引き上げている。逆に、洋子の索敵外から春香の飛行部隊が進撃する。


 これを機に、洋子有利だった戦況がだんだんと均衡に向かった。洋子が春香の戦術に対応すると、大悟がその洋子の戦術に対応する。洋子が大悟の戦術に対抗すると、春香がその戦術に対抗する。戦場における有利不利はまるで螺旋のように変動する。


 そうすると考える頭もターン数も二倍の大悟と春香に情勢が傾いていく。それだけではない、立ち上がりが遅い大悟のユニットの進化が追い付いてきた。


 だが、洋子も黙ってやられてはいない。混乱する前線からいくつかのユニットを引き抜くと大悟の後方に向かわせた。

ここら辺はマップを熟知している彼女の強みだ。


「よし、ここの九ヶ谷の拠点を潰せば二人の連携は……ってどうして春香が占領してるのよ。普通ここは九ヶ谷に譲るでしょ」

「ああ、そこは僕も狙ってたのに」


 せっかく派遣した占領部隊が空振りした大悟が嘆いた。


「早い者勝ち」

「二人って同盟関係じゃないの。ああもう、それなのになんか息あってるし。これじゃ考えてた対策が……」


 洋子も悲鳴を上げた。大悟と春香は魔王の城に向かって競うように、しかしなぜかタイミングを合わせて進撃を始めた。




「どうやら勝負はついたわね」


 春香が勝気な瞳を洋子に向けた。マップ上では、天使と人間と混合軍が、魔都を取り囲んでいる。魔軍ユニットはもはや少数だ。彼我の魔力量もかなりの差が開いている。いくら相手がこのゲームの達人でも、もはや逆転の目はない。


「……」


 洋子は無言だ。大悟が勝ったと思った時だった。


「仕方ない。これを使うか」


 洋子が魔都の後ろに置いてあった、これまで全く動かなかった、黒い円形のユニットにカーソルを合わせた。




「……」「……」「…………」


 ウォーン、ウォーン、ウォーン……。


 叫び声のような不気味な重低音が、部屋の四方に配されたスピーカーから響く。


 マップの中央、三陣営のユニットがひしめいていた場所に、巨大な暗黒の空洞が空いていた。そこに向かって敵味方関係なくユニットが次々と吸い込まれていく。まるでブラックホールだ。


 吸い込まれたユニットは魔力に変換されてる。そしてその魔力が魔都から吹き上がっている。メーカーの気合が感じられる実に凝った演出だ。


「こんなのズルいわ」


 呆然とした顔の春香が言った。マップ上では膨大な魔力によって再建された洋子の軍団が、春香と大悟の首都に向かって進んでいる。彼らに戦力はもうほとんどない。


「あ……あくまでうちの子だもん」


 洋子が顔を引きつらせながら強弁した。口調が妙に幼くなっている。


「近藤さん。今ちょっと調べたら、このユニット『ダーク・デス・アトラクター』って最近のパッチで修正されてるものだよね。強力すぎて」


 本来なら自軍のユニットだけを犠牲にするが、ある条件下では無差別に範囲内のすべてを対象にするバグが発見された。そう説明がある。このユニット一つ首都近郊においておけば、守りが要らなくなるのだから、強力すぎる。


「……あ、はは、パッチ当て忘れてたからねえ。っていうか、二対一なんか卑怯でしょ」

「それは最初からレギュレーションで決まってたことじゃない」

「だからパッチで修正されたんだけどね。これ発見されてからしばらく悪魔陣営同士しか対戦が成立しなくなったから」

「ほらやっぱり。納得できない」


 春香と洋子はゲームをめぐって喧嘩する二人の同級生女子。ゲーム好きの男子から見たら、ある意味和む光景かもしれない。


 だが、大悟は終わったゲームを見ていた。洋子のあれは確かにインチキだ。あれを許せば、ゲームは終わってしまう。

それは春香流に言えば固定されたアトラクターだろうか。大悟の感覚から言えば、バランス崩壊、ゲーム自体を終わらせかねない。


 問題はゲームの終わり、ある世界が終わるとはどういうことかだ。


(答えが出るってこと、だよな)


 考えてみれば、大悟と春香がさっき諦めたらどうなったか。洋子に勝てないという答えを出そうとしたのだ。だが、彼らはその答えを覆した。結果、世界はもう一試合続いたのだ。


 つまり、世界の寿命を延ばした、新しい戦術や展開を生み出し、春香が説明したあの海戦ゲームなら新盤面、つまり新しい情報を作り出したといえる。


 それは創発。1+1が2以上になる現象。彼らがゲームを通じて理解しようとしていた概念だ。

ここまではいい。問題は、それがどこから生まれたのかだ。


 ……大悟の目が春香のノートに書かれた三つの点を結ぶネットワークに惹きつけられた。それは、どこにあるのか? 第一候補はプレイヤー。つまり、特定のノードだ。


 だが、洋子を追い詰めたのは春香と大悟のアイデアの組み合わせにより出てきた共進化戦略だ。


 ならば、大悟と春香の点を合わせて同盟軍という点と定義して、そのノードが原動力だと定義するアイデアそのものと矛盾する。そもそも、大悟と春香が協力したのは、洋子という巨大な敵が前提だ。


 味方と敵の両方が必要なら、協力と競争が両方必要なら、それはもはや特定の何かということはできない。どんな答えがでるのか、決まっていない。


 複数のプレイヤーが協力と競争を組み合わせ、共進化のダンスを踊る。その中から生まれることになる。実際、囲碁などのゲームは数千年の寿命を保っている。


 だが、それが成り立つのは対人戦だから。大悟にとってはこれは面白くない結論だ。


 彼が作りたいと望むRPGは違う。RPGには最初から答えがある。魔王を倒せばそれでゲームはクリアだ。答えが決まっている世界なのだ。


 彼にとって受け入れがたい結論に結びつく。つまり、RPGは本当の意味でお遊びであるということである。あっという間に終わってしまう世界にすぎない。


 だけど本当にそうか、大悟は洋子を見た。春香の抗議によりパッチを当てようとしている。


 それはゲーム世界への上からの改変だ。確かに解決策になる。ゲームという世界それ自体の進化ともいえる。いささか強引だが。


 なら、どうしてメーカーはパッチをあてるのか。


 それは、他のゲームタイトルと競争しているからだ。つまり、コンピュータゲーム市場というもっと大きなネットワークでは、ゲームという一つの世界はプレイヤーにすぎないのだ。


 世界が世界を内包し、その世界どうしが関係を作り、協力や競争で世界そのものを進化させていく。それが、これだけ多彩なゲームジャンルが、タイトルがある理由だ。


 つまりRPGの一タイトルは寿命は短くとも一つの世界であると同時に、一つのプレイヤーであるともいえる。そう考えた時、彼は自分に欠けていたことに気が付いた。


 そして深淵の向こうを見た。越えられないと思っていた壁は、広がった視界では、超えることが必然の単なる障害の一つになってしまった。


「……も何か言って」


 気が付くと春香が大悟に問いかけていた。大悟は半ば反射的に答えを紡ぐ。


「新しいゲームを作ることの意味、分かったよ。僕はゲームを作ろうとした時、憧れのゲームを答えにしてた。それじゃ駄目だったんだ。ゲームを作る世界の中で、僕は独立したプレイヤーじゃないといけないんだから」

「何の話?」


 洋子が首を傾げた。


「ある意味この講義の本題なんだけど……」


 大悟が何を言いたいのか分かったらしい春香が言った。


「春日さんが一緒にいてくれてよかったよ。一人で考えてたら絶対にわからなかった」


 大悟は春香に向かっていった。


「えっと、それは、私も九ヶ谷君からたくさん教えてもらってるから。今回もほら、私だけじゃ……」


 二人は思わず見つめ合った。その時、後ろで何かが砕ける鈍い音がした。二人が振り向くと、洋子がクッキーをかみつぶしていた。


「ええっと、その、近藤さんもありがとう」

「う、うん。本当に助かったわ」





ノードの定義?」


 近藤家からの帰り、大悟は春香に質問をしていた。それは、先ほどの理解から出てきた必然的な問いだった。


「そう、プレイヤーとは何か。どういう単位なのか。だってさ、ネットワークの中の一つの点がプレイヤーだけど、そのプレイヤー自身がネットワークだし、プレイヤーが作ってるネットワークももっと大きなネットワークの中じゃ、一つの点でしょ。そもそも、人間ってプレイヤーはゲームというネットワーク世界と、社会ってネットワーク世界の両方に所属してる」

「そうね。だからフラクタル構造なんだけど……」

「うん。それは分かるんだ。でも、プレイヤー同士の協力と競争で世界が進歩する。その時に重要なのは、プレイヤー同士が原則的に対等であることでしょ。違うかな」

「だから単位の定義なのね……」


 春香は考え込む。


「こう言えないかしら。九ヶ谷君の言った階層数。その階層数の段階が同じであれば対等、そういうことじゃない?」

「なるほど。確かにそうか……。でも、それだけかな?」


 大悟はあいまいにうなずいた。


「そうね。原子もプレイヤー、人間もプレイヤーなら、階層が違っても……」


 春香は考え込む。階層数、それは幻ではなく物理的に意味を持つ。フラクタルは普通のイメージならどんどん細かくなっていく。だが、この場合は……。


 結局春香は大悟に答えを返せなかった。

2019年5月12日:

次の投稿は日曜日です。

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