8話:中編 共進化
2019年5月5日:
令和初投稿!! というにはちょっと日にちが遅いですが、
令和においてもよろしくお願いします。
「これ以上手の打ちようがないわ。エネルギーを戦力値に変える効率をもっと高めることはできるけど、ある点に向かって収束する」
ノートにグラフを書いていた春香が眉にしわを寄せた。
「そう。そもそも急にあんな手を使ってくるなんて」
「まあまあ、ゲームは相手あってのことだからね。春日さんも戦力値は相手に応じて変わるって言ってたでしょ」
「そうなんだけど……。ふう、そうね。冷静に考えないと」
春香首を振るとノートに三つの点と、その間を線でつないだ尖った三角形を描いた。プレイヤーが点でありその関係が線のネットワークだ。
春香を見ながら、大悟は今後どうするか考える。RPGと違って、対人戦は相手によって最適な戦術が変わる。ゲームの常識だ。こちらがチョキを多用していれば、相手はグーを使うようになり、それに合わせてこちらはパーを、そのバランスの中でゲームは進んでいく。
もちろん圧倒的な何かが発見されることはある。そうなるとそのタイトル自体が衰退してしまう。それは解き終わったRPGと似て……。
(っと、いまは目の前のに集中しないと)
もしかして、洋子の悪魔陣営はバランスブレーカーなのだろうか。大悟はスマホに指を走らせた。
マギボンの攻略サイトを開いた。大勢のプレイヤーの議論の記録がある。確かに悪魔陣営の評価は高い。だが、だからというべきか当然対応策も議論されている。
その中の一つに、悪魔陣営の高コスパユニット、例のミノタウロスだ、の攻略方法も載っていた。それは、春香が自力でたどり着いたものと同じだった。
春香が顔を近づけてきた。二人は吐息がかかりそうな距離で小さな画面を見る。
「いろいろ考えられてるみたいね」
「うん。要するに近藤さんにとっては僕たちの戦術は既知だってことだ」
「私たちの戦術が、大勢の人の集合知、つまり答えに近づけば近づくほど、洋子の答えに近づくってことね。そして、その答えは向こうの勝ちになってる。洋子が勝利するアトラクターってことだわ」
「えっと、アトラクター?」
突然出てきた言葉に大悟は首をかしげる。
「クリームを泡立てるボウルみたいな形を考えてみて。ボウルのどこにビー玉を落としても、最終的にはボウルの底に落ちるでしょ」
「そりゃ、底は一つだからね」
「そう、それが一番単純なアトラクター。この場合、ビー玉を入れる位置が入力。最終的にビー玉が止まる位置が出力。答えね」
「インチキなギャンブルみたいな感じだね。いや、どちらかといえば蟻地獄か。でも、じゃあ相手によって戦力値が変わるって言うのは?」
「アトラクターが柔らかい膜のようなもので、落としたビー玉によって変形すると考えるの。そうすると、底が一つじゃなくて二つのアトラクターになったりする」
「なるほど。だとすると……」
大悟の頭の中にイメージができる。一つのアトラクターがあったとして、それをこちらに有利な形に変形させる。例えば大悟と春香が力を合わせて、大きな力をアトラクターにかけたとする。
だが、洋子はそれに対応するだろう。アトラクターは元に戻される。
大悟はもう一度春香の三角形のネットワークを見る。彼と春香の間は近く、太い線で結ばれている。正三角形というよりも底辺が短い二等辺三角形。
これをクリームを泡立てるボウルの上にのせて力を掛けるとすると……。単純にシーソーのように揺れるイメージだ。そして、それは……。
「九ヶ谷谷君?」
「一つ気になることがあるんだ。僕ら近すぎない?」
「そ、それは、えっと、洋子もにもからかわれるけど――」
「このゲームの結末。仮に僕と春日さんが近藤さんを倒したとして、その後はどうなる?」
大悟はそういって春香を見た。寄せていた肩を慌てて離した春香は、目をぱちくりさせた。そして、なぜか彼をにらむ。
「……私が勝つわね。九ヶ谷君は補助戦力だもの」
「なんで怒ってるの? えっと、まあそういうこと、僕らのやり方だとそう決まっている。僕らの関係に答えは出てるんだ。でも、春日さんはゲームのプレイヤー関係を生態系で例えたよね。考えたらおかしいんじゃない? 最後に負けることを想定しているって、生態系であり得る?」
大悟がそう言うと、春香ははっとした顔になる。そして考え込んだ。
「結果的にそうなることはあると思う。でも、それが見えているのにっていうのは……。確かに、私たちが味方であるって前提がアトラクターを単純化しているわ」
「そう、そういうこと。このネットワークは実際には三角形じゃなくて近藤さん対僕たちなんだ」
大悟は春香からペンを借りると、ノードが二つだけのグラフを描いた。同盟軍対悪の帝国。そんな感じだ。
「私たちは答えを固定していたのね。だから簡単に対応された」
「そう。強弱はともかく、三人のプレイヤーはあくまで対等な存在じゃないといけないんじゃないかな。そうすれば答えが出ない局面にもっていける。なら、考える頭が二つある僕らが有利になる。違うかな」
「いえ、間違ってないわ。私が教えないといけないことだったのに」
「ま、まあゲームに関しては僕の方が経験者だしね。ほら、戦力値の効率を高めるのは必要なことだったし」
「……いいわ。でも、それも簡単じゃないわ。そうね、そういう戦略だったら。共進化の戦略がいいかしら」
「共進化?」
「そう花と昆虫のようなもの。昔の植物は今みたいに綺麗な花はつけなかった。飛翔性昆虫は生態系の中で現在みたいに大きな存在じゃなかった。それが、今のように多様な花と多くの昆虫が発展したのは、花と昆虫が共進化を引き起こしたためと考えられているわ」
春香はノートに二つの点を描きその間を線でつないだ。
「まず、花というのは葉が変形した植物の生殖器官。色でわかるように光合成には不向き。それどころかせっかく葉が作った糖を蜜という形で浪費してしまう。これは植物にとって大きなコストでしょ。しかも、生殖には直接の役に立たない」
春香はすっかり理系モードのようだ。大悟は小学生の頃の理科の授業を思い出す。
「花粉は風に飛ばされて散らばるんだし、目も舌もないよね」
「そう。普通は風まかせなのが花粉。花の色も蜜もその花粉を運ぶ昆虫を呼び寄せるためにある。これって普通に考えたら不思議でしょ。花にとって昆虫は捕食者なんだから」
「疑問を持ったこともなかったけど、確かに」
「一方、昆虫も花から効率よく蜜を吸っうために口の形を変える。あるいは花から花へ飛び回るために、その飛行能力を強化する。ちなみにこれにもデメリットがあるわ。体の形や大きさに制約を受けるってことだから」
「なるほど。ペアとなって互いに相手に適応し合う。それが共進化か」
捕食被食の関係は崩れていないのに、ある意味Win-Winだ。
「敵に依存するってなんか怖いけど……」
「ええ、実はこの協力関係を成り立たせるためにはもう一つ要素があるの。それは第三者との競争関係」
春香はノートに三つ目の点を描く。
「植物にとっては別の植物ね。つまり、昆虫を使って間接的にほかの植物よりも広範囲に優れた種を撒く結果、ほかの植物との競争に勝てる」
「昆虫の方は」
「植物は自分を食べられないように、自然の殺虫剤を葉や茎に出したり。単なる捕食者にとってはコストを強いる。でも、植物が自ら分泌する蜜を得ている限りその心配はない」
「なんか、協力って綺麗な言葉とイメージが違ってきたような。どっちかといえば裏切りじゃない。植物と昆虫って枠組みで考えたら、敵同士なのに一部の植物が昆虫側に利益を与えることで……」
「そういうこと。結果、裏切らなかった植物が衰退して、裏切った植物の子孫が増えた。花と昆虫はまるで協力し合ってるように見える。でも、実際には両者とも自分の利益を追い求めた結果その形になっただけ。両者の間には話し合いも何もないわ。でも結果としてこの疑似的な協力関係は、多様な種類の花と昆虫の進化を引き起こした」
「なるほど、えっとじゃあこれをマギボンに応用すると。魔王、近藤さんという強敵が存在するから仕方なく協力し合ってる。そう想定するわけだね」
「そう。私たちは本来ライバルなんだから」
「……今は協力関係じゃなかったっけ? まあいいけど。で、具体的には?」
「九ヶ谷君が最初に言ったように。この底辺の短い二等辺三角形をもう少し正三角形側にずらす。私が洋子と九ヶ谷君のことを同時に、ある意味対等のプレイヤーとして考えて。九ヶ谷君も同じように。互いを完全に信用しないままで、仮初の協力関係を結ぶ……」
大悟は春香が書き直した三角形、彼と春香の間に少し距離を置いたものを見ながら言った。つまり、基本な中立の存在ということだ。
新しい三角形をボウルの上に置き、三つの頂点からばらばらに力を掛ける。最初の細い二等辺三角形よりも、ずっと複雑な形にボウルは揺れるだろう。
大悟はじっとネットワークを見る。なるほど、ゲームがよりリアルに近づいてる。点と点の関係、間をつなぐ線。その上に乗るのは協力あるいは競争。それは固定されていない。
そして、それはゲームにおけるプレイヤー間の関係でもある。確かに、そういったある意味健全な競争こそが、ゲームの可能性を引き出し、ゲームという世界を豊かにしているともいえる。
なら、それをまとめると……。
「つまり、創発、進化を生み出す原動力は競争と協力の両立ってことか。つまり、プレイヤーはネットワークの中で独立した存在じゃないといけない。そのプレイヤーが複数存在することが大事?」
「そういうこと。……そういう意味で言えば私の戦術はともかく、戦略は協力に偏ってた、かも」
春香は頷いた。負けず嫌いな目の前の女の子に散々振り回されてきた大悟にとっては意外な言葉だ。
「春日さんにしては確かに珍しいかもね」
「……仕方ないでしょ。九ヶ谷君と一緒だと……」
「僕と一緒だと?」
「……いつもみたいに調子を狂わされたの」
春香はそういうとぷいと横を向いてしまった。
背中に視線を感じだ。振り返ると洋子が「もういいですかね、その茶番。じゃ、戦争を始めましょうか」という顔で大悟たちを見ていた。
大悟も春香も慌ててコントローラーの前にもどる。
だが、彼にはまだ一つわからないことがある。
(ゲームの中のプレイヤーの進化は分かった。でも、じゃあゲーム自体の、世界自体の進化は……)
2019年5月5日:
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