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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第四部『プレイヤー』

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8話:前半 共進化

 ノードエッジで作られる動く星座。ドームの表面を覆う模様は、流れ落ちる雨水のようだった。パターンがあるように見えてすべてが違う。すべてが違うのに、パターンがある。


 それを見る男の目に流れは金色に輝いて見えた。


 世界最大の河である南米アマゾン川、その水のすべてを黄金に変えたような、イメージだ。もっとも、川の流れが高から低へ向かうのに比べて、この流れは遥か天空へと昇っていくように見える。


 金、いや信用と呼ぶべきだろう。人が作り出した仮初の価値。今や純粋な情報ビットとして光速に近い速度で地球を駆け巡る。アルブムにとって世界の姿だ。


「君のテストプロジェクトは順調なのかな」


 流れる星の一つ一つがどれだけの富に相当するか、そのことにまるで拘泥していない声がアルブムに問いかけた。


「太陽のエネルギーに依存しているという意味では、人間も生物の一種にすぎない。せいぜい過去の遺産を掘り起こし、ドーピングする程度だ。物理的に言えばな」


 振り返りもせずに傲慢な口調で返す。


「君の指先で動くそれは違うと?」

「同じさ。金はなんにで変えられる、そういう意味ではエネルギーと同じだ。だが下からではなく、世界中の情報を結び付ける、いわば上からのネットワークだ。実際経済歴史学から世界の進歩の加速は、信用、金の流れの加速と極めて強い相関があることがわかっている。……だが、その結果がこれだ」


 複雑な点描画はとたんに消え、スクリーンに現れたのは奇妙な三角形。底辺以外の二辺が上に向かって反り返り、頂点が膨らんでいる。世界の富の分布だ。


「対称性がないな」

「ああ、ピラミッドならいいんだ。安定するからね。だが、ここまで歪んじゃ自壊を待つだけだ」

「金はなんにでも変えられる。だから、何が欲しいかわからない者は、金を欲しがる」

「そうだ。金を得るために金を使う。ミダス王の呪いだな。金融ファイナンスというのは君の国の言葉じゃ金を融かして必要な場所に分配するという意味らしいじゃないか。あんまりにも価値のある仕組みだからこそ、もはや人間には扱えないのさ。だからだ」


 アルブムはどこか憎らし気に頭上を見た。


「金の流れなんぞは人工知能に任せればいい。太陽の光を享受するように人間は配分されるそれをただ受ければいい。そして、その中で好きに生きればいいのさ」

「それは金に引きずられて生きるのとどう違う?」

「黄金の鎖に縛られるか、金色の檻に入れられるか。そう違いはないさ。だが、認識できる範囲で完璧なら人間はハッピーだろ」


 アルブムは皮肉気に言った。だが、すぐにその表情がゆがんだ。スクリーンの表示が、警告を示したのだ。彼らにとって最も大事なベンチマークである、空間の振動と人工知能の進歩の割合を占めすグラフに変わった。


「マージンが少なくなってるな……。S.I.Sが残した例のバグが影響してるのか。テストプロジェクトには十分余裕があるから問題ないがな」


 アルブムが言った。秀人は答えない。


「そういえば、クガヤのテストはどうなってる」

「順調だな。警告は出ていない」


 秀人はスクリーンに自分の命じた計算結果を表示させた。それは単純な六角形の網を、丸めたような形だった。いわゆるカーボンナノチューブ。その量子模型だ。


「確かに素材工学的には重要だけど。やけに地味だな。余裕があるわけだ」


 いぶかしげな顔のアルブム。秀人は答える。


「君の言葉で言えば保険インシュアランスだよ」





「ふーん。これ春香が作ったお菓子なんだ」


 洋子は目の前の皿から一枚の白いクッキーをつまんだ。そして、珍しく緊張気味の友人に続ける。


「九ヶ谷の家で、九ヶ谷のお母さんに教わって」

「……」


 友人の頬がオーブンのように色を変化させるのを見ながら、言う。


「花嫁修業?」

「違うから。大体洋子が言ったんじゃない。手土産の一つも持って来いって」

「それ、九ヶ谷に言ったんだけどね」


 洋子は自分のパソコンの前でフェリクスの新作のテストプレイをしている大悟をちらっと見ていった。


「それとも、こういうことは奥様の仕事?」

「と、とにかく再戦。再戦しないと。あとちょっとで洋子に勝てそうなんだし」


 春香は言った。少し前なららしくない友人の様子を見ながら、洋子はクッキーを口に運んだ。


「甘い!」



 地下室。すっかりご無沙汰の持ち主に変わり、助手用のパソコンの液晶画面を見ていた綾が立ち上がった。そして、もはや黒板といった方がいいのではないかというホワイトボードに、判別不可能な記号を並べているさららのもとに向かった。


「さららさん。このニュースって」

「…………あー、これは結構まずいことになってるかもね」


 ペンを止めて綾の持ってきたノートパソコンを見たさららが言った。


――アメリカ……省…発表…、東京近郊……極めて深刻な……キュリティ―……横田基……脅威……中……――


――……日本政府は……否定……な……の見解では……――


――次のニュースです。警察は首都圏を中心に大規模な交通安全キャンペーンの実施を……――


(いったい何の交通の安全なんだか……)


 綾はスリッパからカジュアルなスニーカーに履き替えた。そして、ホワイトボードにもどったさららの背中に声をかけた。


「ちょっと工学部の方に行ってきます」




 戦況は入り乱れていた。機動力に勝る天使の軍団が周囲を飛び回り、その下では地面を進む人間の軍団。そして、同盟軍の前には巨大な魔物が立ちはだかっている。


 といってもそれは大悟の想像の中で、実際の画面にはアイコンが配置されてるだけなのだが。


「なんでこんなに戦力差ができてるんだよ」


 牛の角を生やした巨人の一撃で複数のユニットを吹き飛ばされた大悟が言った。


「ちゃんとそれなりのペナルティーがあるのよ。既存のユニットを生贄に捧げるとかね」

「悪魔的じゃないか」

「そういう陣営ですから。カタログスペック見てるだけじゃ硬直的と勘違いされるんだけど、実はいろいろとテクがあってね」

「でも、これは予想の範囲」


 春香の天使がミノタウロスの背後から攻撃を仕掛け、耐久値を大きく削った。


「さすが春香。その武器を用意してたなんて」


 大悟の槍兵が数人がかりで弱ったミノタウロスを倒す。圧倒的だった魔の陣営の切っ先が崩れた。


「うーん。二人の息もだいぶあってきたから。ちょっと引きますか」


 洋子が前線を下げる。それに応じて大悟と春香が前進した時。彼らの背後に、影のようなユニットが表れた。不定形のユニットは、大悟が背後に用意していた両軍用の魔力を食い荒らす。


「え、ちゃんと警戒してたのに」

「ダークスライムは索敵に引っかかりにくいのだよ」



 …………



「まあ、だいぶ粘ったんじゃないの」


 勝負がつき、洋子が言った。なるほど、ゲーム開始から二時間たっている。始めたころの倍は粘ったわけだ。だが……。


(いつになったら世界を救えるんだか)


 大悟は黒く染まったマップを見ながらつぶやいた。戦力値の効率的向上により、確かに洋子との差は小さくなっている。だが、それだけでは限界であることも確かだった。

2019年4月28日:

来週の投稿は日曜日です。

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