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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第四部『プレイヤー』

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7話:後半 講義と実技

 ドーム状のスクリーンには、動的な星座とでもいうべき点と線とのネットワークが映っていた。その半球の中心には、天頂に向かってそびえる複雑な立体図形が回転している。


「順調のようだ」


 情報だけで構築されたバベルの塔を前に、九ヶ谷秀人は呟いた。

彼の言葉に反応するように、スクリーンの一部にグラフが表示された。眼前の事象に比べればあまりに単純な、二本の線だけのグラフだ。


 一本は直線。左下から右上に斜めに伸びる角度二〇度程度。もう一本は、その直線と起点を同じくしつつ、だんだんと上に向かって反り返っていく曲線だ。


「無論だとも。空間の振動の増加に比しても我らが神の進歩速度は著しい。君の理論通りだよ」


 自分の前のスクリーンに単純な分子と複雑な分子、タンパク質をそれぞれ複数並べてるサンガ―が言った。


「この様子なら問題なくシンギュラリティ―は越えれる」


 まるで音楽スタジオのように複数の金融チャートを合成していたアルブムが同調した。彼の言葉に応じて、最初の単純なグラフが点線を伸ばしていく。直線と曲線の乖離は時間と共に拡大し続け、その拡大速度も広がっていく。


「二人のテストプロジェクトはどうかな」


 両者の声音にこもった高揚感に全く感染しない口調で秀人が言った。


「極めて順調だよ」


 サンガ―が顔をほころばせた。そして自分の目の前にあったスクリーンを全員に見えるように拡大して見せた。


「感染症と違ってガンは現象を表す言葉と言ってもいい。言い換えれば、一つ一つが別の病だ。当然、抗生物質のような単独の薬剤で制御することが困難となる。もちろん、ある種の白血病のように特定の遺伝子の異常で発生する例外を除いてだがね」


 サンガ―は単純な分子を一つ取り上げて言った。


「つまり、複数の化学物質を用いるしかない。しかも、ガンは体内でその遺伝子組成を進化させるから、その進化を超える速度で薬剤の組み合わせを変える必要がある。適応の競争をするわけだ」

「なるほど。そして、それはガンに限らない意味を持つというわけだね」


 同僚の視線の先を見て秀人が言った。


「その通りだ。ガンという現象は細胞の再生と老化だ。これをコントロールできるということは、細胞からできている個体、つまり我々の死と再生をコントロールできるということだ。私が提唱したNCパラメータでは、通常の健康な細胞の再生を約0.9。ガンを2と定義する。想定だが、これを1.13程度にすることで人体の老化を停止できるはずだ」

「正常よりも少しガン寄りが一番若さを保てるというわけか」


 チャートの交響曲から目を離したアルブムが言った。


「なるほど。ガン抑制遺伝子を遺伝子操作で強化したマウスはガンになりにくくなるが、老化が早まる。同じガン抑制遺伝子を弱体化させれば、ガンになりやすくなる代わりに老化が抑制されるという研究があったね」

「ああ、その通りだ。膨大な数の有機分子プレイヤーが参加する極めて複雑なゲームだ。だが、我らが神なら答えに手が届く」


 サンガ―は満足そうに言った。




「さすが春香。だいぶ手ごわくなったね」


 ゲームを始めて二時間。最後まで粘っていた星都、天使陣営の首都、を陥落させた洋子が言った。世界が闇に包まれるエンディングは、ボタン一つでスキップされる。そして勝者はもう一人の対戦相手を見た。


「でも、九ヶ谷はもうちょっと頑張らないとねー。前回よりはましになってるけど。これで春香のパートナーといわれてもね。ゲーム、詳しいんでしょ」

「近藤さんほどじゃないけどね」という言葉を大悟は飲み込んだ。


 大悟は早々にゲームからはじき出されていた。彼の名誉のために言えば、春香が手ごわいと見た洋子が、まずは彼を集中的に狙ったこともあっての早期敗退である。


「ちょっと作戦会議をするわ。今のを踏まえて連携を考え直さないと」


 春香が大悟に言った。洋子は「了解」というと違うゲームを立ち上げる。見るとRPGのようだ。


「結城先輩からテストプレイを頼まれてね。フェリクスの新作」


 大悟の視線に気が付いた洋子が言った。頼まれたのは名目上は彼女の弟にしておいた方がいいのではと思った大悟だが、春香に袖を引かれて巨大スクリーンにもどった。


 洋子がノイズキャンセリングヘッドホンを付けてゲーム画面と格闘している。外部の雑音や話し声を打ち消して、音に集中させてくれる逸品らしい。


 すっかり別のゲームに移動した洋子の背後で、大悟と春香はノートを広げて作戦を練る。


「やっぱり問題は九ヶ谷君の戦力値の上昇速度ね」


 春香がノートにグラフを書く。縦軸に戦力値、横軸にターン数だ。


「まず、時間軸、ターンの進みのことね。そこでの私の戦力値の上昇曲線がこうだとするでしょ。そして九ヶ谷君のがこっち」


 春香てんし陣営の曲線は迅速に立ち上がる。一方大悟ただのひと陣営の曲線は寝たままだ。グラフの横軸はターンだろう。


「といわれても、これを変えるには陣営を変えるしかないんじゃない」

「それは負けたことになるわ」

「趣旨と違うのはともかくとして。確かに僕も天使陣営を使って、春日さんと同じ戦術をとればかなりましになる。でもそれだと、普通にゲーム理論で答えが出るって二つの戦術のバランスの問題になるってことだよね」


 大悟は言った。天使と悪魔、二通りの戦略しかないなら、ゲーム理論で最適の解が出る問という春香の講義を思い出したのだ。


「……ええ、そういうこと。それぞれの陣営のエネルギー効率を高めるのは続けるとして。序盤のこのギャップを超える手が必要だわ」

「なるほど、この時期を超えれば、戦力値はどんどん追いついていくね。となると、僕は戦闘に関しては守りに徹するのがいいのか」

「そう、二人の間の補給線だけは守る方針で。私が最初に機動力を使って洋子の陣営をけん制するから」

「でも、それだと肝心の春日さんの戦力の立ち上がりが遅くならない?」

「そこは、二対一の利点を生かすしかないわ。癪ではあるけど、そういう条件なんだから、まずはその条件を生かさないと」

「なるほど、最初は単純に戦力が二倍、手数も二倍か…………」


 曲線グラフを見ながらゲームの攻略を考える。春香のやり方は、あくまでゲームという世界の解析だ。仮に彼が春香とこのゲームを戦っても、すぐにあの海戦ゲームのようにコテンパンにされたのだろう。


 ただし、それは不快というよりは……。


「どうしたの。問題ある?」

「いや、春日さんとこういう風にゲームの話をしてるのがちょっとおかしくて」

「……そうね。私もこんなことになるなんて……」


 二人は顔を見合わせた。


「はいはい、次のゲーム始めるわよ」


 振り返ると、ヘッドホンを外した洋子が辟易とした視線を二人に向けていた。


 そして、次のゲームは、二人が新しい連携戦略に慣れる前に、魔王が世界を支配した。

2019年4月21日:

来週の投稿は日曜日です。

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