4話:後半 ゲームと現実
「現実のゲームっていうとここだけど……」
自動ドアを通過した大悟の前には、色とりどりのパッケージを並べた棚があった。図書館から出た大悟が向かったのは、駅前のゲームショップだ。
天井からデカデカと張られたポスター。その下にはポップや雑誌の切り抜きが賑わす新作コーナー。楽しみにしていたゲームがすでに販売されていたことを今更知る。
だが、彼はそこをスルーして廉価版コーナーに足を向けた。
整然と並ぶ、棚刺しされた昔の名作。RPG、アクション、シミュレーションと様々なジャンルの様々なタイトル。プレイしたことがあるゲームもいくつも見つかる。
その一つ一つが、彼に新鮮な驚きを与えたことを思い出す。
例えば、日常生活とダンジョン探索を両立させるドラマ仕立てのRPG。例えば、血脈を通じて何世代もの歴史をつづるシミュレーション。名作といえるゲームは、その一つ一つが際立った個性を持つ。
プレイヤーはゲームをスタートするたびに、その中でしか味わえない体験を楽しむのだ。
なるほど、大悟はパッケージを手に思う、この中には確かに一つの世界がある。
もっとも、春香に言わせればそれは全て0と1のパターンを電気で処理したものにすぎない。
さらに、彼女にとってゲームと現実の区別がない。すべてを無味乾燥、そう言うにはいささか深淵すぎるが、な理論に閉じ込める。すべてがゲーム、すべてが情報処理。
そして、彼はそれに反発した。春香の見せた深淵におののきながらも、それを不完全とはいえ理解させられながら。他に何かがある、その感覚を捨てきれなかったのだ。
今、彼の人生を彩ったゲームを見ても、やはり0と1だけではないと思っている。
じゃあ、何があるのか。0と1の並びに意味を見出すのは何か。その問いが彼にとってのゲームは何か、になるのかもしれない。
店の端、ワゴンに詰め込まれた旧作の背を眺めながら、大悟はそんなことを考えていた。
結局、彼は手ぶらで店から出た。店の向かいにネオンの光を見つける。ゲームセンターだ。スマホで時間を確認してから、彼は道路を渡った。
これまた久しぶりに入る店内は、昔と同じように喧騒に包まれていた。プリクラやクレーンゲームの列をすり抜け、店の奥に向かう。暗がりの中、台形の筐体が背中合わせに並んでいるスペースがある。
かつてはゲームセンターの目玉だった格闘ゲームも、家庭用ゲーム機の通信対戦の普及などにより、すっかりすたれている。
二人だけの客が対戦していた。大悟はそれを眺める。二人とも、真剣な目を画面に向け、熟練の手つきでスティックとボタンを操作している。大悟は洋子にコテンパンにされたことを思い出して、苦笑した。
プレイヤー同士の戦い。そういう意味ではゲームと競技は近い。綾が言った囲碁などと一緒だ。現実と異なるルールの中で、それぞれの技を競い合う。
結局一コインを使うこともなく彼は店を出た。
「あ、遅い。何やって――」
「ただいま」
玄関から帰宅した大悟は、廊下ですれ違った夏美に適当に挨拶して階段を上った。
一階から響く妹の文句を聞きながら、ゲーム機を引き出した。入れたままだったタイトルが起動される。
コントローラーを握りスタートを押した。最初から始める。もう何度もクリアしたそれは、半ば自動的にプレイが進む。そして、いまいち乗れていない自分に気が付く。
初めてプレイした時、これは確かに新しい世界だった。だが、何度もゴールしたそれはさすがに色あせて感じる。
思い出だけなら、先日春香に語ったように、語れるだろうけど。
「ゴールしたらゲームは価値がないのか?」
世界がゲームだとしたら、ゲームとの違いは明確なゴールがないことか……。いや、囲碁と同じく格ゲーなどはゴールがない。といっても、格ゲーは囲碁と違い新しいゲームが生まれ続ける。
そうだ、コンピュータゲームは日々新しい世界を生んでいる。特にRPGは明確なゴールがあるからこそ次が求められる。
新しいゲームを作り続けること。それは、新しい世界を作り続けること……。
「じゃあ僕は何を作るんだ。僕が作ろうとしているのは、これに比べて何が新しい……」
あっという間にクリアした最初のクエスト。生まれ故郷の村を出る資格を手にした主人公を見て、大悟は呟いた。
いくら色あせていても、彼が作りかけた企画の一つとして、これに及ぶまい。
憧れのゲームを目指していた時には、考えもしなかった視点が彼の目の前にある。すべてがゲームだとしたら、その中でゲームを作るとは何か、作り手とプレイヤーの違いは何か。そして、新しいとは……。
考えれば考えるほど、頭の中はぐちゃぐちゃだ。だが、その混沌の中に、何かが形を作ろうとしている。それは、これまで彼が見た外の、具体的に言えば春香の空白ではなく、彼の頭の中にある彼の空白だ。
もしそれに名前を付けるとしたら……、春香はそれを何と言っていたか……。
「食事。早く降りてこないと、お母さんが怒るからね。知らないからね」
階下から呼ぶ声が、彼を現実に引き戻した。一瞬いらないと言おうかと思った。だが、クリスマスシーズン前の母のことを思い出し、大悟はしぶしぶコントローラーを置いた。
自室のドアを開け、階段を降りた。
食卓についても、大悟の頭の中はゲームのことで埋められていた。機械的に箸を手にした。目の前にはコンロ、鍋のようだ。珍しいと彼が思ったとき……。
「いただきます」
隣から綺麗な声がした。大悟は首を傾げた。彼の妹はこんなに余所行きの声ではないはずだ。というか、妹は母と並んで向かいに座っている。
「……なんで春日さんがいるの」
大悟は隣に座っているクラスメイトに聞いた。
「今頃気が付くとかあり得ない。春香さん、こんなの捨てちゃっていいからね」
「これから忙しいでしょ。春香ちゃんお店手伝ってくれたのよ」
母が言った。そこには、役に立たない息子への皮肉があった。
制服姿の春香と自宅の食卓を共にする。そのありえない状況。大悟は碌に春香と話すこともできなかった。結局、彼は一日ゲームをしていただけなのだ。
「ごちそうさまでした。お鍋おいしかったです」
「お粗末様でした。あ、ちゃんとアルバイト代を払うからね。次は印鑑と……」
「いえ。私がお願いしたことですから。ミスばかりでご迷惑だったんじゃ」
「駄目。そこらへんはちゃんとしないと。熱心な助手は大歓迎だしね」
玄関先、すっかり打ち解けている母と春香。二人を背に、大悟はスニーカーのひもを結ぶ。
「ちゃんと送っていきなさい」「帰りにアイスよろしく」
母娘の声を背に、大悟は春香と一緒に星空の下に出た。
2019年3月24日:
来週の投稿は日曜日です。




