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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第四部『プレイヤー』

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4話:前半 ゲームと現実

「九ヶ谷君。今日なんだけど、また九ヶ谷君のお家でいい?」


 机の上に最後が空白のフローチャートを描いていた大悟は、春香の言葉に胡乱な目を上げた。


 周囲の空気がどこか生暖かい、もうどうにでもしろという雰囲気だ。だが、大悟は一度上げた顔を、再び机の上に戻した。


「ごめん。今日はちょっと考えたいことがあるから図書館に行く。一人で」

「えっ……。あ、そうなんだ。わかった……」


 周囲がざわめいた。「どうしたらここまで調子に乗れるんだこのモブは」というクラスメイトの視線に彼が気付いたのは、図書館に向かおうと立ち上がった時だった。



 放課後の図書館は前と変わらなかった。以前は指定席だった角のテーブルに久しぶりに座る。それだけで以前にもどったように感じた。


 家から持ってきたフローチャートを広げ、覗き込むように見渡す。そして彼は己の挫折の数々を前に、ため息をついた。


 このアイデアも、こっちのプランも、そしてこのプロットも。作り始めた時はこれだと思ったのだ。だが、なぜかそのすべてが完成に至らず。それも、あと少しのところで。


 何かが彼を止めたのだ。それは、あの名作RPGに及ばないと思ったから。つまり、技術の問題だと思っていた。だが、もしもそうでないなら……。


「このゲームなら負けない」春香の言葉が脳裏をよぎった。大悟は頭を振った。だが、目の前の未完の名作が、彼を逃さない。


 “ゲーム”のことなど知らない春香に、言い返せなかった自分を思い出す。こみ上げるのは怒りというよりも、情けなさ、いや恐怖……。


 何に対する恐れだろう。春香ではない。彼女と関係しているような気がするが。この感覚、それはこれまで彼女と科学をやってる時に何度も感じた気がする。そう、深淵を覗かされたあの感覚に近い……。


 そう、あくまで近いだ。言ってみれば深淵の前、それを覗き込むことを恐れている。


 考えてみれば、これまでの深淵は春香に付き合ってるうちに、不意打ちのように見せられた。彼が本当に、自分の意志でのぞき込もうとした深淵がどれだけあっただろうか。


 そういう意味では、認めない認めないといいながら、彼がこれまでやっていたのは……。


 手をテーブルの下に伸ばし、カバンをごそごそとあさった。取り出したのは一冊の本だ。春香のゲームの説明書だ。


 宇宙はゲーム。彼が作ろうとして、作り切れないのはやはりゲームだ。いや、宇宙というゲームは完成している。物理法則ルールりゅうし地図くうかん。プレイの仕方は無限。


 いや、それは本当に完成しているのだろうか。だって、それはゴールすら決められていない。つまり……。


 大悟は再び自分のフローチャートを見た。


(ゴールが問題……?)


 しかし、ゴールとは何か。ゲームのゴールはクリアーだ。決まっている。だが、宇宙がゲームならそのゴールは……。さっき、想像もできないと思ったばかりではないか。いや、しかし、では彼の父はどうやってゲームをゴールするつもり……。


 自分が考えていることは何かすら把握できなくなった時だった。


「よ、大悟」


 いつかのように、彼の背後から声がかかった。


「綾か、いまちょうど……」


 いいところだといおうとした大悟の口が止まった。口をつぐむ大悟をしり目に、綾は机の前に回り込み、彼の悩みの山を見た。


「地球の危機になにやってるの? チームの連絡役としては見逃せないなー」

「一応つながってるだろ、ゲームなんだから……」

「ふーん。じゃあいいところって?」

「ゲームが何かわからなくなった」


 大悟はあきらめたように言った。


「そりゃわからないかわかるか言えば、わからないでしょうね。例えば、私がスィーツのことわかるかっていわれれば、わからないんだよ」

「そうなのか」

「例えば囲碁や将棋だってゲームでしょ。でもプロだって解けないんだから」

「そりゃそうだ。答えがわかったらゲームが終わる。……いや、勝敗、あれクリアできない……」

「こりゃ重症だ。もうちょっと具体的に、今考えてることを説明してみよっか」


 綾はそういって大悟の前に腰掛けた。


…………


「ゲームのゴールができない、ねえ」

「ルールがあって、舞台があって、その上にコマがあって。そして、ルールに従ってコマ同士が相互作用か? する。ゲームも宇宙も、そして社会も一緒。全部ゲームで、全部コンピュータで、全部エンジンで……」

「そういう話だね」

「……世界はゲームなら、僕が作ろうとしてるゲームは何なんだって話。つまり……」

「まがい物?」

「言い方が悪い」

「大悟がそう思ってる、正確にはそう恐れてる」

「まあ、な」


 本題とは全く関係ないことだとわかっていても、大悟は言った。それはゲームというものに対する結論を出すこと。結論が出ればゲームは終わり。


「というか、ゲームの企画を完成させれないこと、問題だって気が付いてたんだ」

「そりゃそうでしょ。ただ、これに関しては干渉できないもんね。ま、そうだね。一つだけ言えることがあるとしたら」


 綾は意味ありげにほほ笑んだ。


「考えすぎ」

「いや、そりゃそうだけど」


 期待した大悟は拍子抜けした。


「ゴールなんて全部仮初だよ。でも、ゴールがあることに意味はある」

「禅問答かよ」

「禅問答だよ」

「だけど。今回は父さんより先に、ゲームを解かなくちゃいけなくて、父さんのゲームは言ってみれば世界の答え、ゴールだろ」

「まあ、そうみたいだね。でも、大悟、春日さんに毒されてない?」


 綾の視線が大悟の手に持ったままの本に刺さった。


「どういうことだよ」

「そのゲーム解けなきゃいけないの? ってこと」


 綾の言葉はいつもと違ってやたらと抽象的だ。だが、そこに何かがある。大悟がそう感じた時……。


「もっとも、春日さんの方も大悟に毒されてる感じだけど」


 綾はスマホを操作しながら立ち上がった。


「用事か?」

「まあね。とにかく、あやふやなものをあやふやなまま何とかしちゃうのが大悟の取柄なんだからさ。ま、いろいろもがくことだよ。ただし現実を見ながらね」

「ゲームのことを考えるのにか?」

「そう」

「なんか綾の方があいまいじゃないか。こういう時こそ……」


 大悟がその先を聞こうとした時


「さて、晴恵さんに呼ばれてるし、もう帰る。じゃね」


 さんざん彼をひっかきまわしてから、綾はあっさり去っていった。

2019年3月17日:

来週の投稿は日曜日です。


前作、予言の経済学の二巻発売に向け、後日談Ⅲの投稿を投稿しています。

読んでいただけると嬉しいです。

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