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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第四部『プレイヤー』

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1話:後半 ゲームの定義

 大量破壊兵器による関東全体の破壊。人類を救うための核攻撃。それが、想定された未来だった。

普通に考えたらまず不可能だ。だが、仮に人類のいや、地球生命のすべての命がかかっていたら。その場合は、あり得る。


 少なくとも政策決定者のゲーム理論はそう結論するだろう。


 一人の男が頑丈なケースから取り出したボタンに手をかける映像が浮かんだ。


 そして大悟にとって仮に“その決断”が下される可能性が1パーセント、いや0.1パーセントでも許容できない。


 つまり、今自分たちが知っていることは、ほかの人間には知られてはいけないのだ。それがエゴだとしても、それが大悟の気持ちだ。


 だが、事態をこのまま見送ることもできない。何の助けもなしに、GMsの神のA.I.に勝つ方法など……。


「向こうが、空間崩壊の危険に気が付いていないって可能性は?」


 大場が言った。それならば話は簡単だ。今回の結果をGMsに教えてやれば、この試みは止まる。


(……本当に、そうか?)


 わずかな光明、だが大悟はそこに違和感を覚えた。


「ないね」


 だが、その空白の正体を突き止める前に、さららが可能性を切り捨てた。


「そういえば、宇宙背景放射の観測衛星の計画が早まったのは、仮想通貨で富を築いた富豪の寄付があったからだったな。聞いた時は世の中捨てたものではないと思ったが……」


 柏木が言った。そういえばそんな話だった。つまり、大悟が思いつくよりもずっと前から、父、GMsは空間そのものの振動を想定していたのだ。


「GMsのLczコントロール技術から考えて、こちらのモデルと同じかどうかはともかく、先を行ってると考えた方がいいと思います……」


 春香が言った。


 大悟はその事実に少しだけカチンときた。それはおそらく、彼が春香に味あわせた感情だ。

 そんな場合かと思うが、それでもその感情は確かにあった。そう、まるで何かに負けたような……。


「でもさ、考えてみればGMsは何のためにこんなことしてるの? だって、この神のA.I.で何ができても、一年後にみんななくなるんだよ」


 綾が言った。彼女のいつもの動機追及に大悟ははっとする。シミュレーションの結果に気を取られていたが、その通りだ。


「仮に神のA.I.がそれに到達したら、どんないいことがあるのか」


 綾が質問を具体化する。


「完璧な、実際にはそれに近い仮想通貨のシステムを作れれば、だれもがそれを使って価値、つまりお金や物のやり取りをするのが合理的になる。それを使わないことは、人間同士の競争に敗れることを意味するから。つまり、原理上は地球の富のすべてをコントロールできる立場になる」


 ルーシアが言った。大悟はフェリクスで達也が企画していた野心作を思い出した。あの構想がそのままリアルに出現する。


 世界のすべての富のコントロール。それも、だれもがそうせざるを得ない形で。これは確かにとんでもない。だが、死んでしまえば……。


「MAPKシグナルのことを考えると、すべての病気の克服どころか、不老長寿、若返りなんかも可能かもしれないわね」


 大場が言った。なるほど、それは確かに素晴らしい目標だ。だが、個人の寿命が何年延びようと、宇宙の寿命が一年では意味がない。


「ORZL理論っていうのは、向こうが同じものを想定しているとして、究極的には情報処理で物理法則をコントロールすること。もし、これが完成したら。物理法則をエネルギー保存なんかの制約の範囲でコントロールできる」


 さららが言ったのは、それもう神のことだよねというレベルの話だった。


「なるほど、その目的のために必要な知能のレベルが、ポイント・オブ・ノーリターンの前に存在するなら、懸ける価値がある。そういう判断は可能かもしれないわね」


 大場が言った。彼の父はゲーム理論の研究者だ。彼の知るゲーム理論とは、王をとる前に決着をつける方法。きわめて合理的な取引の理論だ。


 春香と最初にゲームをした時のことを思い出す。ゲーム理論はゲーム好きの彼には受け入れられないほど、合理的な戦術を選択する。


 今言った目標一つ一つ、あるいはその全て。それは、世界の破滅のリスクを考えても、そこに勝算があるなら、追い求める価値があるかもしれない。


 リターン無限大、リスク無限大という合理性。だが、彼の父が合理的という意見に、大悟は頷けなかった。


「でも、確かシンギュラリティ―って、その結果って人間には認識できないってことですよね。上手くいくかどうか人間には予測できないんじゃ」


 綾が言った。そう人類を超える知は、人類の予想範囲の中にはない、それは当たり前のことだ。できても、それがコントロールできない可能性だって大きいはずだ。


 それに何よりも……。


「それってなんか……。面白くない」


 大悟の口からそんな言葉が出てきた。大場が、柏木が、春香がぎょっとした顔で彼を見た。


 だが、彼の思考は止まらなかった。彼と彼の父の間にある巨大な空白、その空白を跨ぐ細くて透明な空白の橋、それがあるとしたら。


「面白くないゲームだ」


 人工知能が正しい答えを出してくれる。まるでオートプレイだ。プレイヤーはその結果に運命をゆだねるのみ。


 それはゲームではない。そして、彼の父はゲームの研究者なのだ。ゲームの研究をしている者がそれでは失格ではないか。


「確かに、面白くないよね。人工の神様に、未来をゆだねるようなものじゃない」


 綾が言った。大悟は頷いた。


「多分、父さんの目的はお金とか若返りとか、神の知能の恩恵を受けることじゃない」

「それで、じゃあお父さんは何のためにこんなことをしてるの?」


 聞いたのは春香だ。大悟は「ああ」と一度うなずいてから自分の考えを告げる。


「父さんは、ただゲームをしてるだけだ」


 彼は思い出した。先ほど夢見た時の、父の言葉を……。


「世界で一人だけのゲームをやってるんだ」


 そう、この場合一人だけ、あるいは一チームだけゲームをやっている存在がある。つまり、その人工の神を作り出すというそれ自体が可能かどうか。それは、世界でただ一人、その人間にとってだけこれはゲームだ。


 己の知の限りを尽くして、世界の限界に挑戦するというゲーム。


 ゲームのプレイヤーにとってはつまらないかもしれないけど、ゲームを作った人間にとってだけは、心躍る一人プレイだ。


 大悟は空白を渡り切った。だが、彼の言葉に、ラボの空気は再び凍り付いていた。


「向こうの目的は答えそのものではなく。その過程全部ってこと?」


 春香が唖然とした。


「つまり、このゲームが安全かどうかは当のGMsにとっても未知。いや、その結果がどうなろうと関心がないということか」

「それじゃ、止める方法は本当にないってことになるじゃない」


 それはぞっとする結論だった。だが、彼だけはそこに攻略のヒントを見ていた。大悟はこの場のメンバーを見た。


「いや、あります。これはゲームだ。それも世界にたった一つだけの。これを止めようと思ったら」


 大悟は崩壊した空間のポリゴン画像を指さす。


「父さんよりも先にゲームを解いてしまえばいい。そうしたら――」


 彼は全員にむかって口を開く。ああ、本当にばかばかしい空白だ。


「父さんはこのゲームに興味をなくす」


 それはあまりに乱暴で傲慢で、ちょっと勘弁してほしい結論だ。だが、大悟はそれをなぜか確信していた。


 なぜなら、彼の父はゲーマーなのだ。彼が幼いころ思っていたのとはちょっとスケールが違うだけで。

2019年2月21日:

来週の投稿は木曜日です。

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