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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第一部『物理学の爆弾』

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8話:後半 事故再現

 巨大な装置を止めているあまりに小さな事故の痕跡。大悟は拍子抜けした。確かに奇妙な跡だが、中心の穴など虫眼鏡が欲しくなる程度の大きさだ。


 思わず覗き込もうとした大悟だが、綾に肩をつかまれた。先程聞いた装置の説明を思い出して慌てて離れた。


「大丈夫。自然界に存在する以上の放射線は出てないわよ。試運転の時点で起こった事故だから、装置の放射化は問題にならない。事故の時に発生したガンマ線は高エネルギーだけど、量としては微量でパルス状一度だけ。物質に当たったとしても放射能を帯びさせる力は弱いの」


 大場は「調べてもいいわよ」とテレビのリモコンのような物をスーツのポケットから取り出した。大悟は「いえ、大丈夫です」といった。


「予想通り、ううんそれ以上に異常な現象ね」


 さららが楽しそうに言った。春香は真剣な顔で頷いている。大悟と綾は顔を見合わせた。装置の中に走っているのが高エネルギーの粒子――要するに放射線――であるのだから、穴が空いたのは大問題なことはわかるのだが。


「オーバはこれがパイプの外にある超伝導磁石のクエンチ、つまり超伝導状態の途絶による異常発熱で起こった、そう言うのね」

「穿孔の形状から見て素材の欠陥や疲労などは考えられない。……大体、これを引き起こせるようなエネルギー源が中にはないでしょ」


 大場が苦虫をかみつぶしたような顔で言った。さっき危険はないと言ったときの自信を持った表情と違い、さららの指摘にも自分の言葉にも納得していないように聞こえた。


「でも、これ単に熱に晒されたものじゃないですよね」

「そうだね。オーバの言っているエネルギーは単純に量でしょ」


 春香が言った。大悟は二人の言葉に違和感を覚えた。少なくとも本人たちの主観では、事故原因がわかっているという話ではなかったか。


「……事故の再現シミュレーションがあるわ。議論はそれを見てからにしましょう」


 大場は隣の部屋を指差した。

 

◇◇

 

 自動ドアの向こうはちょっとした近未来だった。薄暗い空間。正面の壁には映画館顔負けの大きな曲面スクリーンが設置され、下には大量の台形の箱が並んでいる。一つ一つが高性能のコンピュータだという。


 コンピューター同士を細いパイプがつなぎ、外のファンにそれが集まっている。そういえば、コンピュータ自体からファンの音がしない。


「国内の研究機関としては最大級を誇るコンピュータセンターなの。GPUを用いた並列計算の……。えっと、学生さん達にはゲームグラフィックを表示するのと同じ方法でと言った方が解りやすいかしら。例えば、ゲームで建物に大砲が当たったとき、どういう風に穴が空いて崩れるか。そういうシミュレーションをイメージして貰えばいいわ。私たちはこれで……」


 大場が言った。大悟にとっては解りやすい説明だ。


 だが、彼が目の前の光景に目を奪われた理由は、父の失踪前の科学事故を思い出したからだ。事故の写真には――中心部で爆弾でも爆発したように――黒焦げになったフロアと、放射状に倒れるコンピュータの残骸が写っていたのだ。


 最近もう一度その画像を探そうとしたが、見つける事は出来なかった。


(いや、まあこっちの事故はコンピュータ関係ないし)


 コンピュータセンターなんてどこも同じ物のはずだ。大悟は頭を振って記憶を追い出した。


「始めるわよ」


 大場が手を伸ばすとスクリーンがオンになった、よく見ると彼の指には小さな蛍光を発する二本の指輪がはまっている。スクリーンがその指の動きで操作されているのだ。


 隣の部屋で見た円形装置の線画ワイヤーフレームが画面に映し出される。太いパイプと中心部にある細いチューブが描き出される。そうしてできた丸いコースの中に、赤い点の群れが現れた。赤い点はレースカーのようにチューブの中を周回し始める。


 先ほどの説明された炭素の原子核だろう。周回を重ねるごとに、赤い点は徐々に速度を増していく。画面の右下に数値が表示されそれが『0.71c』に達したとき、大場が指で画面を止めた。


「ここまでが、装置の設計から考えられる理論上の加速器の挙動」


 そうして、大場の指先が画面に向かってもう一度指示を飛ばした。


「そして、これがセンサーの捉えた事故当日の挙動をぎりぎりまで追ったもの」


 先ほどと同じく速度を上げながら周回する赤い点。だが、突然赤い点の動きが乱れ始めた。装置全体を時計としたら真下、六時の場所だ。


「そして、これが先ほど見せたユニットの断面や装置内外のセンサーが捉えた熱や光により計算した事故のエネルギー量」


 そして、時計の八時の場所に発光が現れた。発光部分が拡大され、CGで出来た管に螺旋状の模様が走る。中心が弾けるように穴が空いた。


 そこから矢印が延び、数値が表示される『90.831J』。


 大悟は数値の意味が分からずに困惑する。さららの側に居た春香が大悟と綾に近づいて「『0.71c』ていうのは速度。光速の71パーセントってこと。『90.831J』はエネルギー」と小さな声で教えてくれた。


 速度はともかくエネルギーがイメージできない。春香が「小さな拳銃の弾丸より少し少ないくらいのエネルギー」と付け加えた。何でその例えが出てくるのかはともかく、少しだけイメージできた。


「うんうん、これが見たかったんだよ。局所的改変空間(Lcz)がこんな観測機器だらけのところで起こるなんて普通あり得ないからね。それに、かなり大きな規模」

「研究開発用だからよ。全てのユニットに測定装置が組み込まれているわ。もちろん、メインとなるのは一カ所だけだけど」


 さららは目を輝かせている。文字通り対象を実験サンプルとしてみているのだ。大場は不快気に顔をしかめたが、すぐに表情を真面目なものに改めるとユニットに点在するセンサーを表示した。


 そして、画像を巻き戻した。


「でも、講師に聞きたいのはそこじゃないの」


 丁度、六時のユニットを通過した時、粒子の動きが乱れた所だ。


「事故の”直前”に起きたこの現象に関して。貴方がうちの研究員に吹き込んだことが無視できないから。貴方が主張した事故の”発生箇所”と”観測データ”に異常が生じた場所が一致している。私が聞きたいのはこの位置で”何らか”の異常が生じたと講師が”判断”した理由」


 言葉の選択に苦しい物が感じられる。さっき大場は否定したが、今のシミュレーションを見る限り事故の直前にチューブの内部、つまり加速している粒子に何らかの異常が生じているのだ。


「おや、これでもまだ事故が内部から起こったって認めないんだ」

「言ったでしょ。物理的にありえないの。仮に、パイプの中に走っていた炭素原子核の百倍を直接ぶつけても、こうはならない。穴の形だって、粒子の持っていた運動の方向と一致しない。それが、ここに示されているデータよ。実際に粒子量をギリギリまで増やして再実験しても何も起こらなかった」


 大場は声を強めるとさららを睨んだ。


「それに、今の様子を見ていてもわかるわ。講師は今回の事故がどうして起こったのかをわかっているわけじゃない。違うかしら」


 大場の言葉に、春香が前に出ようとする。さららがそれを制した。


「まあそこはオーバの言うとおり。私にはこの事故がどうやって起こったのかは”まだ”わからない。わかっているのは、あの日のあの時間、この地点で物理法則の改変による現象が起こる可能性が急激に高まっていたって事。それが、オーバの質問に対する答えにもなる」


 唇をかみしめる春香と対照的に、さららの表情には気負いはない。


「それが六番目のユニットの位置だってこと?」


 大場も少しだけ肩の力を抜いた。


「そういうことだね」

「導き出した根拠は?」


 大場がつばを飲んだのがわかった。さららはスクリーンを見上げた。


「ちょうどいいからスクリーン借りるね。ハル、準備お願い」


 さららは首に掛けたカードを外すと、タブレットと一緒に春香に渡した。


「学内のネットワークを通じて、ここに49番を表示して」

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