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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第三部『ゲーム』

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122/152

19話:前半 シナリオ

「お帰り。どうだった?」


 大悟が地下室にもどると、綾とルーシアがそろって振り向いた。二人は、綾の机に開かれたノートパソコンの前で並んでいた。


「収穫が有ったのか無かったのかもわからないよ」

「ジャーナリスト失格だね。シナリオ決めてけっていったでしょ」

「ゲームと違って相手があるんだよ。何か見えたような気はするんだけど。……で、二人は何を?」

「一段落ついて休憩中。私の仕事はもうほとんど自動化されてるしね」

「私はS.I.S.の返答待ち」

「なら付いて来てくれよ……。で、これは何のニュースだ?」


 大悟は小さな窓で動画を再生中のパソコンを見た。


 映っているのは先ほど上の階で見たのと同じように輪切りになった地球だ。違うのは表面じゃなく地球の内部に波が描かれていること。


「アフリカで大きな地震があったの」

「前のレアメタルの違法採掘が原因じゃないかって話になってるみたいだね」


 ルーシアと綾が言った。前回の事件、ブロックチェーンを使った違法鉱物資源の取引との関係らしい。


「大きいのか?」

「震度5弱。日本なら「結構揺れたね」くらいみたいだけど。普段地震とかない地域だから、結構大変なことになってる」


 綾が別のウインドウを開くと、傾いたビルの屋上を移した動画が開いた。ドローンか何かで撮影しているらしい。見ている間にも、カメラが地面に向かって降りていく。


 一階にあたる部分が駐車場らしく、太い柱の片側が地面に沈み込んでいる。その横では水道管か何かからの水が溢れ出していた。


「液状化ってやつか?」

「そうだね。もともとが鉱山の労働者のための集合住宅で、古いし。基準も甘いから大変みたい」


 地震大国の国民としては確かに他人事には思えない。だが、傾いたビルを見て大悟が連想したのは遥か天空の出来事だった。


 地震は地面そのものが揺れる。ビルにとっては世界自体が振動したようなものだ。


「建物が壊れたりはしてないんだよな……」


 壁にひびが入ったりはしているが、ビルは形を保っているように見える。


「みたいだね。多分だけど、基礎が浅いとかじゃない」


 ビルはその重さを支えられるように、地面に深く柱を埋め込む。地震で地面の構造が壊れ柔らかくなった時、上の重量に耐えられないのだ。このビルは、そういった工事を手抜きしたようだ。


 大悟は傾いたビルをもう一度見た。ビルが重ければ重いほど、下の地面に力を加える。


 単に地面が揺れたからではなく、上にある建物の重さそれ自体が地面をゆがめたという双方向の関係だ。


 さっきまで重力の専門家と話していた大悟には、それがエネルギーと空間の関係につながって見えた。


 エネルギーがあれば、それがどんな形式だろうと、その量に従って空間が曲がる。その量が移動すれば波が起こる。その量があまりに膨大だと、空間の湾曲が無限大に向かって暴走し、ブラックホールになる。


 何かが引っかかる。だが、それはやはり重力の話にすぎない。というか、ビルが地面に沈むのはそもそも重力の話だ。


 それでも、そこに空白が感じられた。だが、それが何か全く見えない。この画像のどこに、彼のイメージを刺激するものがあるのか。


(地面の柔らかさ。ビルの重さ。そもそも振動の強さ……。わからん)


 大悟は首を振った。ルーシアに質問する。


「えっと、ルーシアさんの作業の方は?」

「通信状況から、ORZL-Dの影響下で計算しているはずのコンピュータの位置を探してるんだけど……」


 ルーシアはS.I.S.との共同作業を見せてくれる。地図上に範囲が表示されているが、刻一刻と変動している。予測されるGMsのコンピュータセンター? の位置が地図上をさまよっているのだ。


「範囲が動いているのは、まだ確定してないから?」

「そうじゃない。S.I.S.の予測する、というか途中まで開発に参加していた回路と平面コンピューティングの力を考えれば、コンピュータはトラック数台に納まる」

「つまり、移動してるってことか」


 綾が予測図に道路を重ねた。形はあいまいな範囲表示だが、確かに道路に沿っているように見える。


「S.I.S.にもこれ以上の絞り込みは無理だね」


 ルーシアは両手を上げた。


 向こうは下手をしたら世界中の情報を掌握しているのだ。車数台の情報を隠すくらいなんでもないのだろう。


 ルーシアが側面スクリーンを戻した。そこには、地球の情報を吸い上げる、A.I.が屹立している。


(文字通りレベルが違うんだからな)


 人類が一階だとしたら、それは二階から下を睥睨している。


(いや、春日さんならそんな階層レベルは幻だっていうかな……)


 春香の言う通り、すべてがエネルギー、すべてが情報だとする。それなら、人間社会は人間という個のネットワークだ。ネットワークを流れているのは言葉やお金だったか。


 だが人間自体が例えば農産物や家畜という他の生物に支えられている。いや、人間自体が膨大な細胞の集まりだ。


 細胞は種類によれば人体から切り離しても培養器で育てられる、それ自体が個と言えなくもない。


 いや、そもそもそういった目に見える大きさの動植物自体が顕微鏡レベルの単細胞生物に支えられているのだったはずだ。


 大悟の脳裏に教科書の生態系のピラミッドが映し出される。


 そして、そのすべてが分子の化学反応のネットワークであり、分子も原子の組み合わせである。

そして、原子は陽子や中性子、そして電子など数種類の粒子にすぎず、それらはすべてエネルギーだ。だから、春香はこの世界はしょせん原子のネットワークにすぎないというわけだ。


(結局すべてがエネルギー同士の関係で、だからネットワークの温度を計算するゲーム項で答えが出る……だったか)


 実際、GMsは交通ネットワークを計算して、巧みに自分たちを隠している。それは、いわば人間の社会活動、文明のネットワークの計算だ。


 同時に、以前見せられた細胞内のMAPKという遺伝子のネットワークがある。こちらは生物を構成する分子のネットワークだ。


 それが、仮に同じ計算式で計算できるということは、その間に本質的な違いはないということだ。


「なら、この二階建ても実は幻想ってことになるよな……」


 目の前には抽象的なエネルギーネットワークをベースにした、抽象的な超A.I.という情報のネットワークがある。それは、まるで春香の主張が正しいといっているようだ。


 いつの間にか、春香の主張に脳が占領される。なまじこれまでいろいろな知識を詰め込まれただけに、その考えにリアリティーがあって困る。彼の乏しい理解では、いや理解でもそこに破綻は見えないのだ。


 あくまで物としてみれば、すべてが原子の演じている幻想。それは、ゲームもしょせん画面の明暗にすぎないのと同じだ。


 その明暗のパターンすら、珍しさという尺度で……。


(って、さっきの繰り返しだ)


 だが、そこまで知ってなお、彼には空白が見えたのではなかったか。春香の主張に反対し続けてきたのはなぜか?


 例えばエネルギーにはエントロピーという質がある。量だけではないのだ。ならば、空間そのもののゆがみにも単純な重さだけでない要素があるとしたら?


 父の作ったとんでもない人工知能だって、虚数ビットという二つ目の軸の力で成り立っている。エネルギーとパターン。それが縦軸と横軸としたら……。もう一つの軸が……。


(逆にレベルがあるとしたらどうだ?)


 彼が春香の考えに反対した理由の一つは、ゲームが進歩していることだった。


 そうだからこそ、彼は新しい世界をストーリーを生み出すゲームという存在にひかれているのだから……。


 だが、春香はそれは単に珍しさをどこからか強奪しているだけだといった。


 だが、その強奪が起こる理由は?


 一つの世界ゲームの中で例えば格闘ゲームでプレイヤーたちが技術を磨き合うように。あるいはゲーム業界の中で、新しい格闘ゲームが次々と生まれ、システムとして進化していくように。


 そこにはプレイヤー同士の言葉やテクニックという情報が流れ、あるいはユーザーとメーカーの間にお金が流れる。


 それもまさしくネットワーク。いや、ゲーム業界という生態系だ。


 父の理論は素粒子からゲームの進歩まで網羅しているのか。そう考えると問題はとても身近で、そしてあまりに広い。


(……なら結局、明確な階層は無い。いや)


「階層があるかないかが問題なのか」


 大悟は自分の口から出た言葉に思わずうなずいた。正しい理論かせつではなく、面白そうなシナリオはその先にありそうな気がするのだ。


 だが、それはまた同じ問いの繰り返しだ。すべてがエネルギーのネットワークだということ、すべてがエネルギーのパターンであること。つまり、エネルギーの情報。


 空白の周りを思考はただぐるぐる回る。


「わからん」


 大悟は頭を振った。その時、初めて二人が自分を見ていることに気が付いた。


「やっと帰ってきた。そろそろ帰ろうか」


 綾があきれたように言った。


 地下室を出ると、茜色の空に月が見えた。


2019年1月10日:

今週は日曜日も投稿します。

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