表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第三部『ゲーム』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

117/152

14話 発表

 大悟がルーシアと綾と一緒に見守るなか、春香は地下の壇上に立った。


 傍目にもいつもよりもこわばった動きで自分のノートPCを開く春香。緊張した彼女の表情に、大悟まで思わず体に力が入る。


 春香はまっすぐ聴者、唯一これからされる発表内容を知らない、彼女の師を見た。さららは手の甲に顎を乗せて、静観の構えといったところだ。


 キーを叩く音が、プレゼンの開始を告げた。映し出されたのはいつもの地球儀。回転するワイヤーフレームの球面には、台風のような複数の情報重心が存在している。


「……まずは基本的背景の説明から。ここに映っているのは、すでに分かっている五つの情報重心です。このように周囲の情報を吸い上げています。その規模から地球のあらゆる情報の収集活動が行われている可能性が高い。次に情報を吸い上げる目的ですが……」


 春香は地球儀の横に洋ナシをひっくり返したような、立体図形を表示した。これまでのところ、声に硬さはあるがしっかりと発表が行われている。


「それは、情報重心により改変されたORZL図形の性質から推測できます。後で説明する理由から、この図形をORZL―Aと呼称します。つまり、ここに映っているのがA1から5ということになります。このORZL―Aが改変した物理法則、つまりLczの性質ですが、平面コンピューティングにより深層学習を劇的に加速させる効果を持つと考えられます」


 大悟はさららの反応をうかがう。プロの物理学者は、女子高生の発表を黙って聞いている。


「ORZL-Aは周囲の情報を吸い込みそれを深層学習の過程にインプットします。その結果、地球上の人間の知的活動そのものの特徴量を取り出す。つまり人類文明そのものを理解可能なアルゴリズムの構築が行われている」


 春香が指をキーの上に乗せたまま、言葉を切った。彼女の視線はさららに向いている。だが、やはり師は沈黙を守ったままだ。


「問題は、このORZLおよびそれが引き起こすLczのシミュレーションから、この計算結果となるアルゴリズム、つまり答えがどこにも出力されていないことです」


 そろそろ反応のひとつもしてくれないと、大悟の方が心配になる。よく見ると春香の額にも、光るものがある。


「私はこの消えた情報は情報テレポーテーションにより別の場所へと送られている。そういう仮説を立てました」


 春香が空間を超えて一瞬で情報のやり取りをするという、二つの粒子を表示した。情報のテレポーテーション、一般人《大悟》にはあまりにSFチックに聞こえる内容だが、当然のことながらさららは微動だにしない。


「ところが、情報テレポーテーションでは単独で意味のある情報を伝えることができません。ですが、一つの仮定を置くことでこの問題を解決することができます」

ここまでは既知の内容。これからが本番だ。大悟は思わずこぶしを握り込んだ。

「このORZL―Aには数学的に双対の関係にあるORZL―Dを想定することができます」


 春香は最初の折り紙の横に、それをひっくり返したようなORZL-Dを表示した。さららが指を顎に当てた。初めての反応だ。


「いいかえれば、私たちにとって既知のORZL―Aの他に地球儀上に捉えられていないDが存在することになります。そして、この双対の原理に基づいて綾とルーシアの両名の協力のもと行ったシミュレーションの結果表れたのが……」


 春香の指の動きに従って地球儀の中の一点、ちょうど日本の関東に、五つの台風に比べると小さな一つの円が表示された。


「隠されたもう一つのORZL―Dが間違いなく存在することがわかりました。最初に説明した通り、AとDは双対の関係にあり、一見形が違うものの、ある対称軸を通じて全く同じ形に相互変換可能です。つまり、この二つの間に情報テレポーテーションが起これば、あたかも同じフォーマットで記された情報の様に相互理解が可能ということです。その結果、Aから吸い上げられた情報の抽出物が、瞬時にこの場所に蓄積することになります。さらに、この場所でも平面コンピューティングが行われる」


 春香の指先が地球規模の情報の流れを動かす。五つの台風が周囲から吸い上げ、そして抽出された情報、それがすべて日本に集中していく。


「今回の情報重心の発生を引き起こした組織GMsはこのようにして大量の情報を用いた超A.I.の開発を行っていると考えられます」


 春香が結論を告げた。そして、改めてさららを見る。


 さららは己の頬に当てた人差し指をトントンと叩く。そして、緊張する春香の前で、無言で立ち上がった。そして、自分の席のパソコンを開いた。


 側面のスクリーンに、一つの数式が表示される。


「ハルのORZL―AとDのデータを私の方に送ってくれる?」

「は、はい」


 春香がパソコンを操作すると、側面スクリーンにちょうど上下さかさまになった二つの洋ナシが移動した。さららは指先でその二つの折り紙の果物を自分の数式に通した。すると、二つの図形の中央に新たなる図形が生じた。


「この数式はORZL理論そのものが抱える問題、つまり全く異なるのに、どちらも否定できない二つの理論体系を生み出してしまうことから導き出された一つの方程式」


 さららは簡単に説明した。要するに、一つを除いて全く共通のルールから作られた世界ゲームが存在し得て、どの角度から検討してもどちらの世界があるべき姿か決定できないという問題だ。


「この数式によって今ハルが想定した二つの図形を置換すると、ちょうど鏡の様に対称なものだということがわかる。つまり、」


 さららは春香を見た。


「ハルの結論は正しいんだろうね」


 さららは何でもないように言った。春香が肩の力を抜いた。だが、さららは立て続けに春香に質問と指示を飛ばす。側面スクリーンの中で、地球規模の情報処理が渦を巻き、複数の階層を持つ建物のような構造を構築する。


 最初は、あっさり過ぎると思った大悟だが、これは要するに師弟の共同研究である。つまり、春香はある意味さららと同じ位置で作業をしているのだ。


「これが、現時点での結論。向こうは私よりも先をいっていたことになるね。もっとも、私たちが今見ているのと同じ形式で解釈してるとは限らないけど」


 さららはちょっと悔しそうに肩をすくめてから、春香に向き直った。


「さて、改めて地球上の情報の流れから、ハルはどういう答えを出す?」

「は、はい」


 地球上からまるで竜巻のように情報を吸い上げる五つの情報重心と、そこからテレポートで情報を受け取る一つの中心。それを見た春香は、先ほどの発表の時よりも緊張している。


「これの意味するところは?」


 地球のすべての情報の盗み見という大それたことをしておきながら、具体的には何の要求も行動もしない。そのGMsの、大悟の父の意図。それが、やっとわかるのだ。


「これはまだ仮定ですが、人工知能が抱える問題。コンピュータ上の知能は仮に知性を獲得できたとしても、それ自体が主体的意思を持たないという問題を解決すると考えます。つまり、ここで行われているのは、バクテリアから動植物、そして人類の文明も含んだ……地球規模の一つの脳の構築です」


 春香が震える声で言った。それは彼の父が動画の中で指摘していた問題に対する答えでもあった。


「人類の知的活動をいわば爬虫類の脳、欲望や欲求として扱う。そしてそれらの情報を吸い上げて解釈する論理的知性、人間の脳の構造で言えば大脳の構築。そういうことだね。仮に人類を基準に置けば……」


 さららは珍しく困ったような表情を浮かべてから、高校生たちに告げる。


「GMsが作り出したこれは神に位置することになるわけだ」


2018年12月6日:

来週の投稿は木曜日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ