11話 順番の決定
情報重心が吸い上げた情報を計算した結果、予想では超知能の部品となるべきアルゴリズム。それがどこかに消えてしまっている。
その現象を物理的に説明するには情報テレポーテーションという現象しかなく。それにもかかわらず、情報テレポーテーション、少なくともそれ単独、では意味のある情報は送れない。これではGMsが何のためにこんなことをしているのか解らない。故に何かがなければいけないのだ。
大悟は今回の空白を確認した。
「それでも実際に情報が消えている以上、物理的には情報テレポーテーションを考えるしかない」
「意味のある情報を送れないんじゃ意味がない」
そんな彼の眼前で、春香とルーシアがついに対立を始めた。そして二人の目が大悟に注がれる。大悟は嫌な予感がした。
「九ヶ谷君は」「DAIGOは」
「「どう思うの??」」
黒髪と金髪の少女がカタカタというキーボード音をデュアルで響かせる。その間にカチャカチャというゲームコントローラのボタンが鳴る。その横で、静かにスマホの画面に指を動かす綾。高級マンションの夜。広い部屋の中で高校生達はバラバラのことをしていた。
ルーシアは自分のパソコンで、春香は持参していたノートPCで、それぞれの勝手な作業を始めている。いや、正確には互いの考えがありえないことを証明しようとしているらしい。情報テレポーテーションという概念を挟んでだ。
いうまでもなく、そんな問題の間に挟まれた大悟は何もできなかったのだ。当たり前だ。彼は悪くない。だが、二人は大悟に自分の正しさを証明するといっているらしい。仮にどちらかの正しさが証明されたとしよう、彼には理解できないことを理解して欲しい。
大悟は二人から目をそらし、もう一つの音源へと向かった。
「九ヶ谷、暇だったら私と勝負しない。コンピュータ相手は飽きちゃった」
洋子がコントローラーを手に誘ってくる。現実を超越したゲーム理論からの逃避をしたい大悟には、渡りに船だ。黙々と作業を進める春香達にはいささか気が咎める、だが考えてみれば彼は最近ゲームをした記憶がない。
大悟が選択したのはオーソドックスな剣士タイプ。もちろん、剣から光線を飛したりはするだろうが、それはそれである。
洋子の筋肉ダルマは明らかに投げキャラだ。コントローラーをぐるぐる回して一発の大ダメージにかける、豪快なキャラ。普通、コントローラーでは使いにくいはずだが、CPU戦を見ている限り、洋子はそんなことはハンデにしていなかった。
「まさか女子に負けたりしないよね」
「女子はコントローラーでカクテルみたいな名前の技を軽々と出さないよ」
どんだけやりこんでるんだと思いながら、大悟は説明書でキャラの技表を確認する。波動的な何か、昇竜的な何か、竜巻的な何か三種の神器と呼ばれる技がバランス良くそろっている。どうやら剣から光線を出すのは波動的な何かのようだ。
とりあえず基本だけ押さえたところで、大悟の中肉中背の剣士は洋子の巨漢と対峙した。
―Ready Go―
合図とともに、大悟はバックして距離をとる。相手が投げキャラである以上、近づかれては不利である。
そして、剣から光線を出した。ところが洋子のキャラクターはまるでヘリコブターのように、両手をぐるぐる回転させながら、大悟の光線をすり抜けた。
「もらった」
「あっ」
大悟の剣士は洋子のレスラーキャラに厚く抱擁された、二人はそのまま空中に移動して……。
ーWinner ……ー
「……大悟弱い」
「向こうが強いんだ」
横から言った綾に、大悟は力なく反論した。だが、もう一度コントローラーをとる。次はせめて1本とろうと思いながら。
だが…………。
「くそ、またやられた」
「ちょっと、サブキャラにすら勝てないって、どうなのよ」
勝てない、だが久しぶりのゲームである、ゲーム理論ではなくゲーム。大悟はすっかり楽しくなっていた。
「じゃあもう一戦ね」
「もちろん。せめて一本取らないと、こっちも引けないからな」
洋子と大悟のこぶしが、互いの中央でコツっとぶつかった。
「……楽しそうだね。二人とも」
そこに、冷たい声がかかった。気が付くと、春香がキーボードから手を放し、二人を見ている。
「え、えっと、でも私はそもそも春香の付き添いみたいなもので……。ほら、九ヶ谷さぼってないで」
「汚いぞ、近藤さんの方から誘ってきたんじゃないか」
ーエイ、エイ、エイ、エイッ!ー
画面の上で、魔法少女がぴょんぴょん飛び跳ねたり、ステッキをぶんぶん振り回したりしている。
「ふうん。こうやって動かすのね」
ぎこちなく握ったコントローラーを動かしながら春香が言った。
「そうそう。それで次はコマンド技の出し方だけど……」
「いや、それはまだ早いだろ。まずは基本の三すくみを教えないと」
なんのことはない、春香も煮詰まってしまっていたらしい。彼女は大悟が洋子に一勝もできてないと聞くと、がぜん興味を持ったのだ。それで、急遽ゲーム合宿になってしまった。
「……えっとつまり、攻撃は防御に負けて、防御は投げに負けて、投げは攻撃に負ける。そういうことね。ジャンケンの構造」
「そうなんだ。そのジャンケンのそれぞれの駆け引きがあって……」
さすがに覚えがよい春香に、大悟は説明していく。そして、試合が始まった。
ーWinner ……ー
大悟は両手を天に突き出す勝利のポーズを決めた。スピーカーからやっと勝てたと言わんばかりの雄叫びがなる。いや、大悟は無言である。派手に喜んでいるのは画面上の彼のキャラクターだ。その足元には太もももあらわにして魔法少女が倒れている。
「そういえば、九ヶ谷君は女の子の服を脱がすゲームが好きだったわね」
「うわっ、よりによって脱衣マージャン?」
以前女の子の服を脱がすゲームを選択したのは春香で、それを聞いて脱衣マージャンが出てくる洋子はおかしいのだが、大悟は何とか抗議の声を上げるのをやめた。ちなみにいつの間にかルーシアも作業を中断して、観戦に回っている。
「……格ゲーは理論だけじゃ勝てないから。指先の動きがついていかないと」
テーブルゲームなら関係ない。オセロでコマを置く技術がどれだけ正確でも、勝敗に関わらないのと一緒だ。
「あとは基本的な考え方っていうか、知識がないと……」
「卑怯よ。なんで剣で切るのが投げなの?」
「そう。そういうこと。技の特性はその技の動作と無関係っていうか」
ある意味、さっきの話に似ているのだろうか。大悟が入れたコマンドがどんなキャラの動作をしようと、それをコンピュータが翻訳するときは、決まった暗号によりなされる。
「特殊なアルゴリズムの世界ね。観測するから、ちょっと二人でもう一度やってみて」
春香はすっかり負けず嫌いモードになっている。仕方なく、大悟と洋子は模擬戦のようなことをやってみせる。互いに技を制限して、互いの意図を説明しながらゲームをする。
春香はなんとそれを後ろでメモしながら、考えている。
「確かに。攻撃側と防御側の本来なら全く正反対の役割の間に、共通のアルゴリズムが存在してるわね。共通の計算構造を中心に二人のエージェントがコマンド列を……、少し解ってきた……」
春香がそういったときだった。
「そうだ、お風呂の順番どうする」
「ぶっ!」
背後のルーシアがとんでもないことを言ってきた。放り込まれた爆弾に、日本人女子の間に緊張が走った。
「そうね。重要。九ヶ谷の後は抵抗あるし、後に九ヶ谷に入られるのもいや」
洋子が犯罪者を見るような目で大悟を見た。
「じゃあ、僕は入らない方向で、それでいいんじゃ」
「大悟。そんな不潔な男と一夜を共に出来るわけないでしょ」
綾がきわどい発言をした。自分を最初か最後にして、シャワーだけでと大悟が言おうとした時、洋子がコントローラを手に取った。
「これで勝負しましょう」
「OK 面白いね」
自分に有利な提案を臆面もなくした洋子、そして家主がそれに同調した。春香は無言だ。だが、彼女はおぼつかない指でコントローラー上の繰り返し操作を練習している。
2018/11/15:
複雑系彼女のゲーム再開します。
投稿ペースですが、これからは週一にしたいと思います。
次の投稿は来週の木曜日です。
一話一話完結まで進んでいくつもりですので、お付き合いいただけると幸いです。




