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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第三部『ゲーム』

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6話:後半 仮説と分業

 学校が終わり、家に戻った大悟はスマホのメモに真剣な目を注いでいた。彼にしか出来ない重要なミッションを果たす為だ。これが出来なければ彼に存在意義はないとすら言える。


「えっと、ルーシアさんがバタークッキーとコーヒー。綾が抹茶のタルトと紅茶。春日さんがチョコクッキーと……」


 復唱しながら各人の好みを包装紙を敷いた箱に詰めていく。そんな彼の後ろには、


「で、あの娘が言うのよ。「貴女のお兄さんもここまでよ」って」

「お前のクラスメイトは一体なんと戦っているんだ?」


妹が愚痴をこぼしていた。少なくとも彼は敵ではないはずなのだが。ちなみに、今のところ何の影響もない。インターンの時に担任から受けた干渉を考えれば平和な学校生活だ。


(でも、そう言えば最近帰るのが早いよな……)


 白と黒のチェス盤のようなクッキーに伸ばした手が一瞬止まった。以前、春香が家の用事と友人達の誘いを断るのはラボに向かう為だった。だが、今彼女は家の用事でラボから早めに戻っている。


◇◇


「じゃあルーシアさん。このパラメータで深層学習ディープラーニングのシミュレーションをお願い。通常の場合と比べて学習速度の上昇を比較して欲しいの」

「OK」


 春香がルーシアにORZLの図形について説明してる。二人のノートパソコンには同じ図形が同じタイミングで回転している。PRISON事件の時の電子のスピンを保護する図形と基本的な形のパターン、トポロジーとか言うらしい、は一緒らしいものだ。


 春香が数式とポリゴンに戻ると、ルーシアは指先で数字とアルファベットを操る。画面にパイナップルの皮のような模様が出現する。脳の神経ネットワークを模した物らしい。軽やかな指捌きが次に表計算のソフトのようなデータベースを呼び出し、そして……。


 画面上に大量のネコの写真が出現した。


「なぜネコ…………わからん」


 入れ替わり立ち替わり現れるいろいろな色と種類のネコの写真に首を傾げ、側面のスクリーンに向かった。スクリーンの前では綾がまるで気象予報士のように、情報の台風を監視している。


「そっちはどうなってるんだっけ?」

「どうっていわれても。表向きは落ち着いてるけど……」


 綾は画面上に株価チャートを表示した。彼の父の組織GMsと戦っている? 巨大企業の株価がじわじわと下がっている。ちなみに、市場全体の平均はほぼ横ばいだ。


「さららさんのいってた閾値を越えちゃったからかな?」

「閾値?」

「これ以上になると、もう対応できないんだって。株価が下がってるのを見ると、分かってる人は分かってるってことなのかな」

「そうなのか。そんなに変ってないように見えるけど……」


 大悟は通信障害が解決されるまでの平均時間のグラフを見た。前回は確か1時間以内に解決していた、今はそれを僅かに上回っている。多少遅れても解決はされているのだ。それもほんの数分の違いだ。


◇◇


 二日後、大悟は様相が変ったCGの地球を見せられていた。前回を上回る大量の青い線に攻撃されたLczだが、まるでそれを回避するように、形を変えながら移動している。同時に、情報を吸い上げている赤いラインの範囲と数は増えている。


「これって向こうが優勢って事だよな」

「そうだね。攻撃への対応が目に見えて遅くなってる」


 綾が言った。


「やっぱりこうなったか。もう勝てないね」


 近づいてきたさららがグラフを見て勝敗を断じた。攻撃に対応するまでの時間がどんどん延びていく。以前は1時間で対応できていたのが、ジワジワと延びていき、しかもその伸びがどんどん広がっていく。最初の頃が50分、その翌日に52分、その後54、58とジワジワと増えて言っている。だが、いまや2時間を超えている。


「どうして急にこんなことになったんですか?」

「最初から決まっていたコースだよ」「そうね。数式通りの実力差がでてる」


 大悟の問いに答えたのは、スクリーンに近づいてきたルーシアと春香だった。


「要するに両者の学習速度に決定的な差があるの」


 さららが2つの数式を表示した。片方が世界的情報企業の学習速度。もう片方がGMsのものだ。最初はどちらも穏やかな斜め上に向かう直線。だが、その傾きが徐々に上がっていく。ただし、上がり方がGMsの方がずっと急激だ。


「要するに、一回の攻防が行なわれたらIT企業はGMsのやり方を学習するし、GMsはIT企業のやり方を学習する。ただし、学習の速度がGMsの方がずっと大きい。それも累乗のスケールでね」


 最初はほんの僅かな差だったのに、その時点で数学上の勝敗は決まっていたと言うことだ。


(そのジャンルの上級者と初心者が新作ゲームで対戦しているようなものかな)


「むしろこれはもう、情報を吸い取られているね」


 ルーシアの言ったとおり、前回までと違い青いラインが赤いラインに浸食されつつある。


「でも、ニュースじゃ。通信障害は沈静化しつつあるって……」


 渦の周りにある通信障害を表すバツ印は明らかに数を減らしている。


「観測の仕方。つまり情報を抜き出す方法も進歩してるんでしょうね」

「いわゆる弱い観測ですね」

「サンプルとしてはそっちの方が自然な物が取れるね」


 要するに、巧みに観測することで最低限の通信媒体、つまり光子、のロスで意味を奪い取っている。


「最終的にどうなるんですか」

「少なくとも企業が単独で対処することはあきらめるでしょうね。明日か、明後日か」


 さららがグラフの続き、つまりこのままで言ったときの未来予想を出した。対応までの時間はあっという間に24時間を超え。その翌日にはもうグラフの上限を突き破っている。


「S.I.S.の予想だと。恐らく向こうの政府系の機関CIAとかペンタゴン、国土安全保障省なんかが参戦するだろうって。でも、この差はもう埋まらない」


 ルーシアがグラフを修正した。人類の側が僅かにその傾きを上げるも、結果は悲劇的だ。グラフの上限を突き破るまでの時間は二日も延びなかった。人工知能に一度抜かれると二度と追いつけない、という言葉を思い出した。


 言葉によって文明を加速させる人類と、進化によるしかない動物の違いなのだ。最初は石を道具にする程度だが……。


「向こうがこっちを予測することは出来ても、こっちが向こうを予測することは困難になる。人類の総力を使っても到達できない方向に向かう」


 春香が地球のあちこちにあるLczの予想進路を示す。情報を吸い上げながら複数のLczがそれ自体が渦のように動いている。


(これ、最後には一つにまとまるんじゃ)


「というわけで、向こうのアルゴリズムの根幹を支えるLczを解析、その上で動いているアルゴリズムそのものを暴くしかない。ただ、このままじゃそれが出来ても間に合わなくなるけど」


 さららが言った。つまり、使用できるコンピュータ資源だけなら人類の方が上回っているから、向こうの手の内が分かれば逆転できるかもしれないというわけだ。


 さららは相変わらず自分の方程式と格闘。春香はORZLの図形に向かい合い、綾とルーシアはそれをサポートしている。大悟はやることがない。というか、今回ばかりは本当に何も出来ない。事態を引き起こしているのが彼の父だというのにだ。


 それこそスマホ片手に外に出てネコの写真でも撮ってくるくらいか。


(一体何の為に、神なんて作ろうとしてるんだよ)


 大悟は心中で父を呪った。人類の挑戦を退けるように振る舞う画面上の台風は、まさに天災だ。だが、イメージの中の父は彼に背を向けたまま、何も答えなかった。


 彼は父が向かってるイメージの中のホワイトボードをのぞき見ようとするが……、そこには空白すらイメージできない。


 今回の空白があるとしたら彼の父の理論だが、それは彼にとってあまりに無茶だった。


 それでも大悟の頭は、ほぼ本能的にその巨大な空白を埋めようとする。自分が知っている科学に深く関わる人間が次々に浮ぶ。さらら、大場、そしてその卵である春香やルーシア。彼の知る限り、彼の父はその仲間だが、同時にその誰とも違う。


「さららさん。ここなんですけどさららさんの理論と矛盾する点を……」


 その中の一人、春香がさららに自分の仮説の修正を相談している。少し前までさららの理論きょうぎに忠実であることだけを考えていた春香も、今は自分の考えを追い求めはじめている。それは、弟子の言葉を聞きながら満足そうなさららの表情から分かる。


(それって、理論の外、春日さんの空白って事なのかな)


 自分の研究くうはくを突き詰める。それが科学者という物の本質だとしたら……。


(父さんの理論じゃなくて父さん自身の空白は何だ?)


 相手は彼の父が作っている神。それに対して彼が彼の父の目的を考えるのはあまりに間接的だ。何しろ相手は人類をしのぐ神かもしれないのだ。神が求める空白は、神の造物主たる人間と同じはずがない。


 だが同時に彼の記憶が言う、父は神に仕えるような人間だっただろうか……。仮に自分が作ったものだとしても。

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