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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第三部『ゲーム』

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5話:前半 情報の観察

「この前の取材は上手くいったのか?」

「やっぱり気になる? ラタンと微妙な距離だしね」


 昼休み、大悟は廊下で綾と話していた。話題は最近開店したお菓子店だ。


 大悟が話しかけたとき、綾はスマホの上でブログ記事を弄っていた。ネガティブな記事は書かないのが彼女の信条。店は水準以上と言うことである。


「お菓子の傾向は似てる。味も悪くないし、盛り付けなんかのセンスも良い。店の雰囲気も洗練されてる」


 綾が指折り並べるのは長所。


「でも、ターゲットが違う。ほら、ビジネス街が近いでしょ。贈答関係に力を入れてる感じかな。直接の競合にはならないかな」

「そ、そうか」


 大悟はほっとした。


「で、そっちはどうだったの?」

「ああ。いつも通りというか、わりとショッキングな話で……。そうだ、綾のブログにも関係する話でさ……」


 大悟はネットワークの温度の話をした。綾のブログを元にネットワークの自己組織化と、それを決めるリンクの強さを決める温度の話をする。


「はあ、ネットワークも相転移? するってこと。まあ、そこら辺の抽象的な内容はともかく、人間関係とか噂の伝播の話は分からないでもないかな。自然に発生して大きくなる噂は、ステマなんかよりもずっと強力で長く残る」


 大悟の十分とは言えない説明に、綾は頷いた。ローカルな地域と分野とは言え、情報の発信を行なう綾にとっては実感のもてる話らしい。


「あとそう言えばさ」


 大悟はラボで会った女性のことを口に出した。


「へえ。冬子さんと会ったんだ」

「といってもちょっとだけだったけどな。向こうはオランダだったか、に帰る前の挨拶みたいな感じで、慌ただしかった」


 大悟は女性にからかわれたことを思い出して肩をすくめた。綾は「まあ、そうだろうね」と呟いた後で……。


「そっか、冬子さんがいなくなるとなると……」


 ちらっと大悟の教室の方を見た。ドアの隙間から、洋子と話している春香が見える。だが、すぐに手に持っていたスマホに視線を移した。


「ああもう、またアップ失敗。しっかりしてよ」


 綾がスマホをぽんぽんと叩いた。どうやら記事をブログに上げようとして失敗したようだ。そう言えば、昨日は妹の同級生がSNSの更新に失敗していた。


「もう休み時間も終わりだな。あっ、そうだ、今日はラボの方にはこれるんだろ」


 大悟は春香経由のさららのメッセージを思い出した。どうやら例のアレが発生したらしい。


「私の方には連絡来てないよ」

「いや、それはないだろ。だってグループメッセージだぞ。今朝送られてきたやつ」

「大悟じゃあるまいしちゃんとチェックして…………あっ、今来た。運営会社からも連絡が……えっと、上位回線が云々で……、通信障害みたいだね。最近多いよね。了解っと。うん、今回は私も参加する」


◇◇


「さて、これが新しく発生した情報重心です」


 さららは壁のスクリーンに映した地球儀を指した。そこには地球のあちこちに渦が見える。大きさは小さいが、ざっと見て二十個以上。これまでにない数だ。ただ、日本周辺には存在しない。


 要するに、新しいLczが発生したから大悟達が呼ばれたわけだ。何かがおかしいのだが、彼としても彼の父が再び動き出したとなれば話は聞かざるを得ない。


 何しろ神を作る彼の父のプロジェクト、まるでゲームの設定のような企み、が次の段階に進んだと言うことなのだ。物理学の法則をゆがめてまで、全能はともかくとして全知の存在を作り出す。息子が未だイメージできないものだ。


「どんな効果を持つLczなんですか?」


 綾は普通に質問している。


「改変されたORZLの形状は今の段階では大まかにしか分からないから、まだなんとも言えないんだけど……」


 さららはパソコンでシミュレーションをしている春香に視線を移してから続ける。


「影響の方は現実世界ではっきり表れてる。簡単に言えば通信のデータをノイズに変えてる」


 さららは画面上に別のレイヤーを表示した。そこには多くのバツ印が付いていた。明らかに情報重心の周囲に分布している。台風の被災マップのようだ。


「最近の通信障害の原因って事ですか?」

「多分間違いないね。日本周辺には存在しないけど、ネット上の通信って言うのは全世界を駆け巡ってるから」


 さららの言葉に、春香がキーボードを叩いた。日本からアメリカの西海岸に向かい、そこから日本に戻ってくる通信が表れた。クラウド上で保存したデータの流れらしい。いつでも、どこでも情報を取り出せる仕組み。しかし、これを見るととてつもない無駄をしているように見える。


 ただ、問題はそれよりも……。


「この前のPRISONみたいに、情報が盗み見られてるってことですか?」


 大悟は思わず手を上げた。自分たちの通信内容が盗み見られているというのは、流石に気持ち悪い。


「それだったら見た情報を壊すのはおかしくない?」


 綾が首をひねる。確かに、盗み見ていることを知らせるような物だ。PRISONの事件では盗んでいることを隠す為に、虚数ビットなどと言う超技術まで使っていたのだ。


「まず大悟の質問の答えはイエス。綾の疑問にはこう答えることができる。まず集める情報の量が桁違い。この前のがピンセットで特定の情報を狙っているとしたら、今回はバケツで掬ってるようなもの。となると、これはより物理的現象として捉えるべきなの。情報を読むって言うのは必然的にその情報が壊されることを意味する。情報は究極的にはコピー不可能なものだからね」


 さららはおかしなことを言った。始まったか、大悟が頭の中で身構えたときだった。


「さららさん。ちょっとお願いします」


 春香がさららを呼んだ。どうやらシミュレーションで問題が発生したらしい。後ろで聞いていると、かなり深刻な理論上の問題のようだ。数学的な話は相変わらず暗号だが。要するに、全く同じ結果を導く完全に異なるORZLの形がシミュレーションから導かれ、それを避けようとしても別のペアが生じる、そういうことらしい。


「独立がでちゃったか。これはおもしろいね……」


 さららは例のごとく好奇心を優先して、春香は困った顔でたしなめている。結局、理論上の検討を避けられないと言うことで、この日はお開きになった。


「さっきの情報のコピーの話は、ハルが説明しておいて。あと、ハル達も仮説を考えてみること」


 ホワイトボードに向かって記号の羅列を量産しながら、さららはラボを出る高校生達に言った。当たり前のように課された学習と課題に、真剣な表情で頷く春香。大悟としてはせめて前半だけにして欲しかった。


◇◇


 大学を出た三人は例のファミレスに寄っていた。ドリンクバーのグラスを持ってテーブル席に座る大悟達。生徒二人が奥側、先生である春香が入口側だ。


「九ヶ谷君との勝負の前に、まずは情報を読むことの説明からね。簡単に言えば、こんな感じになるわ」


 学習と課題にさらに勝負をしれっと加えると、春香は自分のグラスを手に取った。そして、水滴の浮いたグラスの角をテーブルに接触させていく。テーブルの上に水滴が列を作っていく。


 ○  ○○ ○ ○


「例えばこれを1001101という情報とするでしょ。ネットワーク上を流れる文字、あるいは写真の一部と考えて貰って良いわ。そしてこのデータを読み取ろうとすると、何が起こるか」


 春香は指を水滴の列に這わせた。あっという間に水滴はぐちゃぐちゃになってしまった。


「こういう風に、読み取ると同時に元の情報が壊れてしまう」

「壊れやすい点字みたいな物?」


 綾が言った。春香が頷いた。文字通り物理的に壊しているのだから、当然だ。そして、当然のことを深遠にするのが、彼女と彼女の師匠の仕事。


「机の上にあった情報が指を通じて私の脳に移った。その結果、元々存在した机の上の情報は無くなった。そう解釈できるの。つまり、情報というのはエネルギー同様に保存されるの」


「……えっと、保存っていうとエネルギーみたいに勝手に増えたり減ったりしないってこと?」


 珍しい配置うんぬんの話であることは分かる。だが、すぐにわき起こる疑問がある。


「でも、さっきの水滴の情報を指じゃなくて目で見たらどうなの。いやそもそもさ……」


 大悟は自分のグラスを左手に持つと、右手でスマホを構えた。

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