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複雑系彼女のゲーム  作者: のらふくろう
第三部『ゲーム』

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2話 頭脳テスト

 学校帰り、大悟は春香と一緒に大学に向かっていた。先日ルーシアに解析して貰った、彼の父の講演について報告する為だ。ルーシアはフェリクスでの仕事、綾は新しく出来た店の取材のため不参加だ。


 もうすっかり慣れた地下道を通り、さびの浮いたドアを開ける。中からの光に目が馴れたところで、彼は自分たちを見る見知らぬ若い女性に気がついた。


 ラベンダー色のスーツを纏ったスタイリッシュな女性だ。斜めにカットされた髪の毛が洗練された雰囲気を醸し出している。女性の隣にはラボの主であるさららがいた。


 大学生には見えない。同僚だろうか、と大悟が考えたとき。


「冬子姉さん」


 横で驚きの声を上げたのは春香だ。そう言えば、以前にラタンに春香を迎えにきた外車を運転していた女性に似ている。


「日本もあと少しだからね。向こうに戻る前にさららに挨拶に来たのよ」


 冬子と呼ばれた女性は言った。春香の6歳上の姉で、オランダの美術館に勤めているらしい。日本で行なわれる展示会の関係で帰国していたが、再びオランダに戻るらしい。そう言われれば美術館などのキュレーターっぽい雰囲気だ。


 考えてみれば、この女性が春香とさららを引き合わせた、つまり大悟を現在の事態に引き込んだ原因ということになる。巻き込まれた事件の先には彼の父が居たので、文句を言う筋合いはないのだが。


(というか、むしろその偶然に感謝すべきなのかな……)


 大悟は隣にいる彼女の妹を意識してしまう。その瞬間、切れ長の瞳からの視線が彼に刺さった。


「それで、そっちの男の子が春香の彼ってわけね」

「いや、ちが――」

「姉さん。九ヶ谷君はそう言うんじゃなくて。その……むしろ敵といった方が近似してて……」


 春香が慌てて否定した。大悟も否定するつもりだったが、まさか敵とまで言われるとは。彼と春香の間にある論争は未解決であるから、彼は春香の論敵と言えなくもない。もちろん、遠慮したい立場である。


「男の子に全く感心がなかった春香が敵ねえ。そう言えば好きの反対は嫌いじゃなくて、っていうわよ」

「その対称性の定義には一理あると思うけど、全てのケースに当てはまるとは限らないでしょ」

「だいたい、その敵と一緒に学校から仲良く歩いてきたんでしょ」

「それは、同じ場所に行くからで」


 どうやら姉の方が一枚上手らしい、春香はどんどん追い詰められていく。ちなみに、今日はホームルームが終わって春香と一緒に教室を出たのだが、クラスメイトに動揺が走らなかったことに、彼は今更ながら気がついた。


「実際のところどうなの。指導教官殿?」

「さあ、そっち側のことまで興味ないから。ただ、ダイゴはなかなか面白いよ。特にハルにとっては刺激的な存在じゃない?」

「ふうん。さららが言うんなら相当だ。じゃあ質問、九ヶ谷君」

「はい」


 冬子は大悟に矛先を向けてきた。彼は緊張して冬子の言葉を待つ。


「自分と春香。どれくらい差があると思う?」


 彼女の指が自身のこめかみを指しているところから察するに、IQ的なことだろうか。それなら、大悟の答えは決まっている。


「春日さんは僕よりずっと頭が良いと思いますけど」


 冬子の目が大悟をじっと見る。その真意を確かめるような視線に、眼球の奥を探られるような、そういう感覚だ。だが、嘘も謙遜も、そしてお世辞もない。先日もセルオートマトンとかで圧倒されたばかりだ。


「…………何の気負いもなく言ったわね」

「まあ、ダイゴはそうでしょ。直接的には測りにくいタイプの脳だけど、少なくとも他人の頭脳を恐れた事はないでしょ」


 さららは訳の解らないことを言った。大悟にとっては世の中は自分より賢い人間ばかりなのだが、もちろん彼の父親のような飛び抜けたのは珍しいとしてもだ。


「うーん。春香にビビったり、話が通じないんじゃ文字通り話にならないけど。それだけじゃねえ。妹は結構難しいし、そこの所どうなのかな」

「そ、それは……」


 大悟は返答に詰まる。姉の言葉に、春香が大悟を見た。本人の前で答えるのは難しすぎる質問ではないか。


「春日さんにとって僕が刺激的である以上に、僕にとっても春日さんは刺激的だと思います。えっと、友人として」


 大悟は答えた。こちらも嘘ではない。春香とこういう関係になってから一体何度深淵を覗かせられたのか。文字通り世界を見る感覚を何度もひっくり返されたのだ。


 そして、勘違いかもしれないが春香の姉の心配が少しだけ分かる。彼自身が近しい身内、つまり父と話が通じず寂しい思いをした経験があるからだ。


「そう。なら一応合格でいいかな。未来の義弟候補として」

「姉さん。だから違う……」


 冬子はとんでもない言葉で再び妹をからかった、そして頬を染めている春香から大悟に視線を戻した。


「私が向こうに行った後も、春香のことよろしくね。勿論、当面は友人としてで良いけど」

「姉さん。今の話の後だと必要以上に強い意味に……」


 姉は手をひらひらさせてラボを出ていった。最後に春香を見たときの、少し心配そうな顔が気になった。


「それで、例のファイルの暗号が解けたんだよね」


 さららは友人を見送るでもなく、己の興味を優先してのけた。


「そうです。見てください」


 春香は我に返ると、カバンからノートパソコンを取り出した。動画の背後に映った複雑な模様にさららの珍しく真剣な目が突き刺さる。


「なるほど、ヒデト・クガヤが姿を消す前。5年前の時点でここまで行ってたか……」


 さららは画面を止めさせ数式と、立体図形だか模様だかよくわからない物を見比べている。


「えっと、これもORZLなんですか」


 大悟は画面に映る父の姿を見ながら言った。情報処理の物理的限界と、それを超える方法の追求、それはあまりにイメージしづらいテーマだ。大体、ゲーム項というのはさららの理論の一要素ではないのか。


「OK そろそろゲーム項について本格的に講義しますか。まずは世界のモデルとしてのネットワーク、そしてその温度についてかな」

2018/09/16:

来週の投稿は木、日の予定です。

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