帰郷
翌朝、何ヶ月ぶりかに休日をとり相棒に散々心配をされた後、電車に乗り込む。
車で行ってもよかったのだが、少しゆっくりしたいという潜在的な気持ちがあったのだろう。
迷わず歩いて駅まで向かっていた。
懐かしい故郷に向かう駅のホームに立つと少しだけ頭がぼーっとしていた。それは昨日までのことでかかった精神への打撃と何か信じていたものが崩れてしまうような予感との半々だろう。
「◯◯駅、10時6分発まもなく発車いたします。」
人の波に乗り、機械的に車内に乗り込む。初めは吊革に捕まり、電車に揺られていたが、実家が田舎なお陰だろう。
人駅すぎる度に明らかに人が減っていき、3駅経たところで席が空いたので、1人用の席に座った。
また一駅、また一駅と電車は進んでいく。景色を懐かしむように外を見る。その度にガラスに映るはずの自分の顔は見えず、幼い頃の憧憬が窓に映し出される。
そんなことを、幾度となく繰り返していくうちに憧憬が映し出される場所は電車の少し曇ったガラスから夢の中へと静かに移行していく。
次第に移っていく。映っていく。
たどり着いた。何も怖くない場所だった。人生で最良の時に巻き戻されていく。
ーーー
「ゴボッ...ゴボ..ゴボゴボっ....待って...行かないでっ」
「なんでもいい、ねぇ、お願い、助けて。」
「ッ...大丈夫!?なんで、開けてよ、開いてよっ!」
「いいけど...それには...ーーーだよ、」
なんだ...なんだ...どこにいる?ここに居た。
沈んでいく。沈んでいく。なんだこれ...俺は何してる?どこにいる?
あぁ、知らない。苦しい。誰か...
ーーー
「あの...」
「っ!?」
突然、引き戻される。電車の中。俺はいったい...自分の着ていたシャツに大量の汗が滲んでいるのを感じる。
周りを見渡して状況を確認すると、見知った駅。そして、車内には誰もいなかった。
いやーー正確にはいる。俺の他にもう1人、目の前に。恐らく俺は寝ているうちに故郷についていたのだろう。そして。寝ている俺を起こしてくれた人が目の前で心配そうな顔をしている。
「あの...大丈夫ですか?めちゃくちゃうなされてましたよ?歩けますか...?」
そうか...俺はうなされていたのか、でも、思い出せない。何か悪いものを見ていたということだけは思い出せる。それ以上は思い出せなかった。
とりあえず、目の前の親切な人にお礼を言う。
「ありがとうございます。心配ありません。少し疲れていたようで、お恥ずかしい。」
そう少しはにかんで言うと相手もほっとした顔をするが、最後の部分は、実際ここがド田舎でなければ、相当恥ずかしい思いをしたはずだ。
そう考えると、人に聞かれたのは相当恥ずかしくなり、急いで車内を出ようとすると、
「あのっ...ちょっと待ってください。この地域の人ですか?」
立ち止まって振り向く。よく見ると、美人ではないが、愛嬌のある顔に良く似合う眼鏡をかけている。男が好むタイプの顔をした女性だった。
だが、わざわざこの地域に来る理由謎だったし、先ほどの質問の意図がわからなかったので、少し訝しげな顔をして答える。
「ええ、地元はここですが。えっと...道案内とかは出来そうにないですよ?久々に帰ったもので。」
そう言って、面倒事を回避しようとすると、呼び止められる。
「ええっと、あの...私こういうものなんですけども、道案内というか...聞きたいことがあるんです。」
そう言って差し出してきた名刺を見る。要約すると...
「新聞記者...?」
「はい!高坂恵と言います。」
新聞記者と聞いて、尚更ここに来る理由の謎が深まり、訝しげな顔が深まるのを感じながら聞く。
「ええっと...新聞記者が何のようなんですか?特に答えられることもありませんよ?」
「いいえ、地元の若い人ですんで、ぜひ。」
面倒事の予感がしたが、さっきの礼もあるので、諦めて駅のホームに座って、質問に答えることにする。
「で、結局聞きたいことって?」
すると、記者さん...高坂さんだったか。は一つ咳払いをして、聞いてきた。
「実は私、今、各地のおとぎ話のようなものの、特集をしてまして。ここにもあるそうじゃあないですか。」
そう言われて納得したと同時に、とてつもなく懐かしい思い出が蘇ってくる。
確かに、そのような噂を昔聞いたことがあった、と言うよりも、街の人たちは全員知ってるだろう。
俺の故郷は海のすぐ近くにあり、子供たちは海とともに育つ。そして、必ず聞かされる話がある。
それが、祠神様のお話。この海の近くの洞窟には祠神様が祀ってあり、海を見守り、街の漁業を支えている...確かそんな話だったが、噂好きの誰かが言ったのだろう。こんな話も出回っていた。
祠神様の祠を見つけると、代償を払う代わりに、願いをなんでも叶えてくれる。その噂がもちろん、俺のいた小学校でも流れており、皆一時期は祠探しに熱中していたようだった。
...当然俺は参加する気もサラサラなかったし、参加もできなかったが。
とても懐かしいが、あの噂が記事になるまで有名だとは、初耳だ。少し驚いた顔をしていると、意図を汲み取った高坂さんは、続けた。
「意外と、有名なんですって。この話。理由はわからないですけど...って言うかそれを調べるために来たんです。」
「という訳で。何人かに話を聞こうとしてるんですけれど、お知りではないようですね...」
どことなく気落ちした感じの高坂さんに、少し悪いなと思いながらも知らないものは知らないと自己完結させ、実家に向かうことにする。
「すいません、お力になれなくて。まぁ、街のヤツらはだいたい知ってるんで。適当に聞けば、きっと知れますよ。俺はあんまり、交友が広くなかったんで知らないだけだと思います。」
では、と手を振り、歩き出す。高坂さんも、あ、ありがとうございます。と言いながら歩き出した。高坂さんは商店街の方に、俺は実家へ。
帰ってきたという実感と感慨を踏みしめながら歩き、数分後に立ち止まる。見慣れた光景。10数年見続けてきた光景を前に、やはり、少しの間外を感じながら、門を開ける。
サキと過ごした思い出の土地に帰ってきた。何かわかることを期待しつつ、実家の戸を開けた。
高坂さん、まだ出ます。更新滞りすぎですね。