騎士
奴隷商の男が倉庫を出たところで、甲冑の騎士たちが現れ囲まれてしまった。
「こ、これは騎士様・・・見回りご苦労様です。こんなスラム街の外れまでお越しとは・・・いやはや仕事熱心ですな」
何食わぬ顔で騎士たちをやり過ごそうとした奴隷商だったが逃げ出すことは叶わなかった。
「スラムの少年が惨殺されていたという通報がありましてね。スラム街の住人がわざわざ詰所まで来るほどだ。流石に大人数は派遣できなかったが軽い巡回だけはしておこうと思ってね。ところで貴方の連れている奴隷は・・・?」
「あ、えぇ、とある伝で紹介された奴隷でしてね。私の店で取り扱うことになったのですよ」
この国には奴隷制度は存在している。しかし借金が返せなくなったか犯罪を犯した罪人がなるものだ。奴隷商人はそれを契約書に基づき奴隷を求める人間へ仲介するわけだ。
「ふむ、それでは奴隷契約書を拝見させていただいてもよろしいかな?」
奴隷契約書。どれは奴隷が自分が奴隷に落ちることを承諾する際に記載する書類だ。犯罪奴隷の場合には血判を無理やり押させるのだが、騎士はこの少年が犯罪奴隷ではないと判断したようだ。実際士郎の格好は奴隷に落ちるような格好をしていない。普通奴隷に落ちるほど食い詰めたものは身に纏っているものも襤褸ばかりだ。
「そ、それは今は手元には無くてですね・・・」
奴隷商の男は誤魔化そうとするが騎士は更に問い詰める。
「それはおかしいですよね?知己から受け取るにしても契約書は必須だ。それがわからないのに奴隷商などされているわけではないでしょう?」
士郎は数日前に無理やり奴隷にさせられたばかりだ。当然契約書にサインなどはしていないし、存在すらしていない。
奴隷商は誤魔化しきれないと判断したのだろう。囲んでいる騎士の一人を押すと思い切り逃げ出した。
「ギッツ!」
騎士が叫ぶと奴隷商の前にさきほどのひょろっとした男、ギッツが現れ奴隷商の足を払った。転ぶ奴隷商の男。体勢を立て直す前に後ろ手を縛り、逃げられないように押さえつけられた。
「それでは詰所まできてもらおうか!」
先ほどまで喋っていた騎士とは別の騎士が2人で奴隷商を詰所まで連行していった。残された士郎に残りの騎士3人が近づく。連行される前に奴隷の所持権を解除されていたので、士郎は自由に動くことが出来るが恐怖によって動くことが出来ずにいた。
「おい、大丈夫か坊主」
騎士の一人が兜を脱ぐと士郎に話しかけた。
「う、うわぁ!」
騎士たちは自分を助けてくれたのだ。それは士郎にも理解できる。しかしフードの男達にされた仕打ち。特に自分ではない誰かがなぶられる様に虐殺された記憶が恐怖を呼び覚ます。自分は生きている。なのにまるでもう一人の自分が殺されたような感覚。あの感覚がいつまでも消えてくれないのだ。
「こりゃダメだな。怯えちまって話もできやしない。どうしましょうかアイラ隊長?」
呼ばれた騎士も兜を外して近づいてくる。士郎は一瞬身構えたが彼女が素顔を晒すとその硬直は別のものに代わった。
「お、女の人・・・?」
「えぇ、隊長を務めてるアイラよ。少しお話しても大丈夫かしら?」
白い髪に頭から伸びる長い耳。凛々しい顔立ちながらその微笑みには大人になりきっていない可愛らしさがあって、士郎は無意識のうちに呟いていた。
「綺麗だ・・・」
言ってから自分の口から漏れ出た言葉にハッとなり口をふさぐが、既に言葉として放たれてしまっている、そしてその言葉を聞いた彼女は・・・
「わ、私が綺麗・・・?」
真っ赤になっていた。
「おぉ珍しいやつも居たもんだな・・・隊長は確かに強いがひょろひょろでそんなに強そうに見えないのに」
先ほどの男の騎士が横でそんなことを言っているが間違いではないのだ。獣人の美的感覚は少しだけ人間とはずれている。線の細い女性よりも筋肉質な女性のほうが好まれる傾向が強いのだ。それは男性でも同義。
士郎は勉強ばかりしてきたのでもやしと呼ばれても差し支えないレベルの筋肉の無さだ。しかしアイラも一般的美的感覚はずれている人物であり、士郎のような細い方が好みのタイプであった。そんな好みの人物にいきなり綺麗だといわれ、彼女は混乱してしまった。
「こ、この少年は男性に恐怖を覚えてるようだから私が担当します!我が家で保護しますので心配なく!」
暴走した隊長に残りの2人は一瞬残念なものを見る眼をしたが、そのまなざしはすぐに憐憫のまなざしに変わった。あまり変わってない気もする。
「まぁ中々良縁の無かった隊長ですもんね・・・わかりました。少年のことはお願いいたします。我々は倉庫の探索をしてから戻りますゆえ・・・被害者なのですから襲わないでくださいよ?」
そのからかいを含んだ言葉を残して残りの2人の騎士は倉庫へ入っていった。
「それじゃ、貴方は私の保護下に入っていただきます。よろしいですね?」
「は、はい・・・よろしくお願いします・・・」
先ほどの失態で未だにしどろもどろの返事をする士郎。
「それでは、えっと・・・お名前をおうかがいしても?」
名前を呼ぼうとしてまだ聞いていなかったことに気付いたレイラ。
「あ、はい。僕の名前は莢河 士郎です」
「シロウ、シロウね。うん覚えたわ。それじゃシロウ・・・」
名前を呼びながら真剣な顔をするアイラ。
「貴方は無理やり奴隷にされた傷ついた身。だからいきなりこんなことを言うのは場違いだってわかってるんだけどね・・・貴方!私の婿に来なさい!」
こちらを案じる前置きからの唐突な告白である。当然士郎に対応が出来るわけもない。彼が返事をしないことを否定と受け取ったのかアイラは悲しそうな顔をする。
「いきなりすぎたわよね・・・それなら結婚を前提としてお付き合いしてください!ダメ・・・かな・・・?」
潤んだ瞳がとても可愛かった。士郎は首を横にぶんぶんと振る。
「そ、そういうわけじゃ・・・!ただ今あったばかりなのにって・・・」
「そ、そうよね・・・じゃあこれからお互いに知っていきましょ?」
「じゃあ・・・よろしくお願いします・・・」
こうして兎耳の獣人アイラと異世界から呼ばれた士郎の始めての出会いは終わったのだった。
次回はフードの男達の残りの末路の閑話です。