乱入者
王都マイルナム、その西南にあるスラム。その中でも更にはずれに位置する寂れた倉庫の前に、馬車が止まっていた。そこから降りてくるのは奴隷商の丸耳の男だ。彼は、周囲を軽く見渡し、誰も居ないことを確認すると倉庫の中へ入っていく。馬車からは奴隷商の男のほかに、2人ほど体格の良い男が出てきて倉庫の前に立っている。彼らは万が一に備えた護衛なのだろう。
そこへひょろっとした男がやってきた。尖った耳はピンと張り立っており、周囲を警戒するように歩いている。その身なりはスラム街の住人ではないであろうことは一目瞭然だ。糸目で表情はうかがい辛い。そのひょろっとした男は倉庫の前に立っている男達に近づいてくる。
当然見張りの男たちはその男に警戒の目を向けるが、男は全く気づいていないように見張りの男達に話しかけた。
「あぁ、すいません。申し訳ないんですけど道を教えちゃくれませんか?どうやら迷っちまったみたいで」
「あ゛ぁ!?こんなとこで道にまよっだ!?こぢとらいそがしいんだ!おれ゛にきぐな!」
豚鼻の男が威嚇する。しかし男はそれすらも意に介さず男達に近づいていく。そして手で伸ばせば届くその距離でひょろ男は動いた。いつの間に持っていたのかその手には針があり、見張りの2人の首に突き刺した。
「ぶ、ぶぎぃ!?」
変な叫び声をあげて倒れる見張りの男達。口からは泡を吹いてはいるものの、胸が上下はしているので死んだわけではないようだ。
「こんなところですかね・・・」
そういってひょろ男が今まで来た道へ振り向き手を上げると、甲冑を着た人物が5人ほど走ってきた。
「ご苦労様、ギッツ。ここからは私達が引き継ぐわ」
先頭に立っている甲冑の女性がひょろ男に声をかける。
「いえいえこの程度何の問題もありませんよ。敵の戦力は不明です。アイラ様もお気をつけください」
ギッツと呼ばれた男が敬礼をして離れていく。そして甲冑の5人は中を伺いながら突入のタイミングを図り始めたのだった。
倉庫の奥の部屋で、奴隷商の男とフードの男たちは士郎の受け渡しを行っていた。
「ふむ、昨日よりは血色がよくなっておりますね。これなら問題ないでしょう。それではこちらが報酬の半分です」
そういって奴隷商の男は机の上に皮袋を置いた。ずっしりとした重さの袋はその中身が多いことをうかがわせる。
「まったく、こんなガキ一人にこんだけの金を出せるって、あるところにはあるんだよなぁ」
「そうですな、では、残りは無事に届けた後にお渡ししますので、所有名義の変更をお願いします」
まさに今売られようとしている士郎だが、隷属の首輪の効果で自由に動くことが出来ない。
赤髪のソイが近づいて首輪に触ると一瞬体が動くようになったが、奴隷商が続けて首輪に触りまた動けなくなってしまった。
「なぁ、わざわざ俺たちみたいなのを使ってまで手に入れようとしてるって、依頼人はどんな酔狂なやつなんだ?」
「それはお答えできませんな。顧客情報は信用に関わりますゆえ」
軽く聞いたフードの男だったが、強い否定を奴隷商に返されてしまった。
「それでは私はこれで。さぁ、ついてきなさい」
取引は終わったと奴隷商の男が士郎を連れて倉庫を出て行った。
残されたフードの男たちは、もう士郎のことなどどうでもいいのだろう。皮袋の中を確認し始めた。
「おぉ!すげぇぜ!これで半分かよ!まじで何者なんだろうな・・・」
「この魔方陣だったり、隷属の首輪だったり、魂移しの結晶も普通に手に入るもんじゃねぇもんな」
年甲斐もなくはしゃぐ彼らだったが、1人が唐突に倒れたことによりその喜悦も終わりを迎えることになる。
「「ドリュー!?」」
ドリューと呼ばれた男が倒れ、その脇にはいつの間にか仮面をつけた人物が立っていた。フードの男達のような出で立ちに、片目から涙の出ている悲しみを模した仮面。身長はフードの男たちより低いものの、全身からあふれ出すさっきが彼らよりはるか高みにいる人物であることが伺える。
「な、なんだお前は!?」
「これから死に逝く貴方達に名乗る必要はないでしょう?我が主のために死んでいただきます」
フードの男たちは元冒険者だ。かつてはそれなりに活躍していたし。燻ってスラムに来た今でもそれなりの実力はある。しかしその本能がこの仮面の人物には勝てないと訴えている。
彼らは倉庫の裏口から一目散に逃げ出そうとした。しかしその前に男の一人が仮面の人物に首を捻られ絶命する。
「アグロス!?」
「だめだ!逃げろ!今は自分の命を最優先だ!」
残った3人の男たちは夕闇に沈むスラムへ逃げ出していった。
「逃がしません」
そう呟いて仮面の人物は彼らを追って裏口から出て行った。そこに残されたのは首にナイフの刺さったドリューと呼ばれていた男と、首が明らかに向いてはいけない方向に曲がっているアグロスと呼ばれていた男の死体だけだった。