切り込み隊副隊長
士郎の誘拐事件から一ヶ月が過ぎた。あれから仮面の女達が姿を見せることはなく、平和な日々が続いていた。アイラと士郎の性別も元に戻りもとの生活に戻ったといえる。
とはいえ多少は変わった出来事もある。アイラは以前と比べ士郎に抱きつく頻度が減った。これは彼女が男だったときの苦労を考慮した結果だ。夕方に仕事が終わったときなど、家で寝ることが出来る日に士郎に抱きついて寝るのは変わらなかったが。
アイリは士郎と店番をしているとき、士郎に任せて裏にこもることはしなくなった。士郎の誘拐事件は自分にも非があったと感じているため、同じことを繰り返さないためにそうしているようだ。そして関わる時間が増えたからかはわからないが、転換薬を作るきっかけにもなった士郎への苦手意識も随分なくなったようだ。
アイルの士郎に対する態度は変わらない。姉妹の中では一番あたりがきついし、雑用を頼んでいる姿もよく見られる。しかし士郎が単独にならないようには気を配っているようで、さりげなく様子を伺っている姿が見られることもある。ただしアイルが士郎を気にかけるのはアイラのためであり、士郎のためではない。
士郎自身もあまりにもあっけなく誘拐されたのが身にしみたのか、男に戻った後、アイラが非番の日などに訓練所で剣を習っている。しかし獣人に比べ明らかに劣っている腕力、この世界に来る前からもやしっ子と呼ばれていたほどの体力のなさ。未だに剣をまともに振ることも出来ず、振り回されているといったほうが正しいだろう。
そんな士郎が今日もアイラと一緒に訓練所で素振りをしていると、アイラ達に声をかけてきた人物が居た。
「なんだその男は?剣もまともに持てないのか」
アイラが声のするほうに目を向けると、そこには身長2メートルを越える巨大な女性が居た。
「アグナか、今日は私は非番だから決闘なら受けんぞ」
近づいてきた女性の名前はアグナ。切り込み隊の副隊長を務める人物で獅子の獣人だ。彼女は跳躍隊の隊長を務めるアイラをライバル視しており、訓練所で会うと毎回決闘を挑んでくる。その戦績は51勝50敗で現在はアイラが勝ち越している。しかしふたりの実力は拮抗しており、いつも僅差で決着がつく。
「ふん、最近貴様が男と訓練しているというから見に来てみれば、随分軟弱そうな男じゃないか。そんな男に現を抜かしているようであれば、私がアイラを圧倒する日も近いな」
アイラは騎士団にふさわしくあるため訓練はしているが、別に誰よりも強くなりたいわけではない。それに対しアグナは常に最強を目指しており隙あらば切り込み隊の隊長の座を狙っている。だからアグナは士郎を見て彼のことを小馬鹿にした。それに対し怒ったのはアイラだ。
「シロウをバカにするな!確かに強くはないがシロウの魅力はそんなところではない!」
アグナは精神的に優位に立ちたいのかアイラに対し上から見る物言いをすることも多かった。士郎に対していった台詞もそのひとつであり別にけなしたかったわけではない。しかしアイラは自分が言われるのであればともかくとして、士郎を馬鹿にされたことにとても憤慨した。自分でも驚くほどに。
「決闘を受けるつもりはなかったが気が変わった。アグナ、私はお前に決闘を挑むぞ!」
「ふ、ふん!やるきになったのならばそれでいい。今日こそは完膚なきまでに叩き伏せてくれよう!」
こうしてアイラとアグナは決闘を行うことになったのだった。




