転換騒ぎのその裏で
テーブルに向かい合って座る男女。女性のほうは金の髪が膝丈まで伸びた狐耳の少女のメイだ。今日も豪奢なドレスに身を包みにこやかに男性と話をしている。
向かいに座っている男性は、こちらも仕立ての良い服に身を包んでおり高貴な身分である事をうかがわせる。目は切れ長でパッと見では冷たい印象をうかがわせるが、メイと話しているその表情は柔らかく彼の目つきの印象を和らげていた。
二人が座っているテーブルの中央には焼き菓子が置かれ、二人の前にはカップが置いてある。今二人が居る部屋は、普段メイが一人でよくいる部屋のような殺風景なものではなく、調度品も品のいいものが置かれておりセンスの良さを感じる部屋だ。
そんな二人の滞在している部屋のドアがノックされた。この部屋の主であるメイが誰何をする。
「どなた?」
「メイ様。ユシィです急ぎお知らせしたいことがありまして、入ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
「失礼いたします。これはシリウス殿下。お騒がせして申し訳ありません」
ユシィの格好はメイド服である。部屋に入ったユシィはメイと同じテーブルに居る男性に気付くと頭を下げた。
「あぁそんな畏まらなくて大丈夫だよ。今日の僕は妹に会いに来ているだけのただの兄さ」
頭を下げるユシィに座っていた男性。ユリウスは気にしないように告げる。
ユリウス。この国、マイルナムを治める王であるメディウス陛下の実子でメイの腹違いの兄である。
「それで急ぎの報告があるのだろう?僕は気にしないから手早く済ませてしまいなよ」
ユリウスはユシィにそう告げるがユシィは困ってしまった。あまり他人に聞かせられる類の話ではないのだ。なんと言い訳すべきか悩んでいるとメイから助け舟が出た。
「もしかして例の子のこと?それだとお兄様。申し訳ないのですが殿方に聞かせられないお話ですの。少し席を外していただいても大丈夫でしょうか?」
「なるほど、無神経過ぎたかな?ユシィが言いよどんでいる時点で察してあげるべきだったね。この後仕事に戻らなきゃいけないから今日はこれでお暇するよ。ユシィ申し訳ないけれど片付けは頼んだよ」
そういって席を立つユリウス。そしてそのまま部屋を出て行こうとしたがその前にメイが声をかけた。
「ねぇユリウスお兄様。悪の華ってご存知ですか?」
「あぁ悪の美学について書かれた本だったね。あの本を読んで世の中には改心させることのできない絶対悪というものもあるんだと知ったよ。それがどうしたんだい?」
「ちょっと前にその本を読んだものでして、お兄様はどういう感想をお持ちになったのか聞きたかっただけですので」
「そうなのかい。じゃあ僕はこれで、また時間ができたらお茶をしよう」
ユリウスが出て行ってもそのまま頭を下げ続けていたユシィ。ユリウスの気配が完全に途絶えたところで頭を上げた。
「絶対悪・・・やっぱりお兄様とは相容れないのでしょうね・・・」
「メイ様のお手を煩わせてしまい申し訳ありません。このまま例の件の報告をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、シロウに動きがあったのよね?」
「はい。いえ、正確には動きがあったのではなく、シロウがある薬を飲んで女性に変わってしまったのです」
ユシィからの報告は予想外のものだった。メイとしては騎士団の女の家を出たとかそういう話だと思っていたのだ。
「そうなの・・・その薬、気になるわね。現物を入手は出来る?」
「はい。宮廷の魔導師に確認したところ、魔法学園の学園長が開発した薬だろうとの事でした」
「そちらはそれで進めて頂戴。それにしても未だに薬屋に住み着いてるの?」
「そうですね、三姉妹との仲も比較的良好との事でして、このままですとそのまま暮らし続けるのかも知れません」
当初の見立てでは士郎が騎士団隊長の家。薬屋「イナバ」に行ったのは彼の男性恐怖症を和らげるための一時的措置で、少しすれば彼は別の所へ行くだろうと予想していた。その際にこちらである程度誘導を行い、最終的には直接捕らえる予定だったのだ。しかし実際には士郎が店を出る気配はなく、不可思議な事になっているらしい。
「イナバの三姉妹・・・邪魔ね・・・」
「どうされますか?」
「計画の邪魔をするものは・・・排除よ。ユシィ、貴女に任せるわ」
「かしこまりました。それではメイ様の望む結果となるように計らいます」
そういってユシィは部屋を出て行った。おそらくは方々に手を回すのだろう。メイはのんびりと結果を待つだけだ。彼女は士郎を捕らえた後の嗜虐に心躍らせるのだった。




