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転換の日々 ~アイルの憂鬱~

 

 こんな予定ではなかった。アイルは最近そんなことばかり思っている。アイルは姉のアイラのことが大好きなだけだ。だから士郎に構っているのを見て取られた様な気持ちになってしまっていた。それでアイリが作っている薬を飲ませれば多少は気分も晴れるだろうと協力したのだ。結果は最悪である。士郎は予定通り女になったがアイラもその薬を飲んでしまい、男になってしまった。そのせいでアイラは最近風呂に入るときも絶対誰も入れようとはしない。以前はアイルがお風呂に入っているアイラに突撃すれば文句は言われても最終的にアイラは折れてくれて一緒にお風呂に入ることもできたのだ。しかし男になってからは無理やり入ろうとしても怒られてしまい結局入ることも出来なかった。


 二人を元に戻すための材料を集めなくてはいけないのにその素材もあまり集まりが良くない。当初の予定では素材を集めるだけなら一週間で済むと思っていたのだ。しかし針長蜂の巣の目撃情報が全く無く、暇を見つけては自分でも森に探しに行っているのだが巣が見つからないどころか針長蜂すら見かけないのだ。段々暑くなってくる今の時期は一番活発に活動しているはずなのに見かけない。普段店に買い物に来ている冒険者達にも声をかけ探してもらっているのが現状だ。


「最近ついてないなぁ・・・」


 行動が裏目裏目に出てしまっているのでアイルは憂鬱だった。最近の一番の収穫は魔法学園の学園長と顔つなぎが予定としてあることくらいだが、それも薬を作るまではお預けとなっている。確かに学園長と顔つなぎができるのは大きい。しかしアイルにとっての一番は長姉のアイラなのだ。そのアイラから避けられているとまでは言わないが、距離が出来ているのが一番悲しかった。


「アイルちゃん、いつもありがとうね」


「いえいえ~お仕事ですから」


 今日も午前中は何でも屋としての仕事をこなしていく。どんなに内心が憂鬱であろうとも周囲にはばれないように笑顔を取り繕う。アイルの仕事は、冒険者の仕事を奪っている部分もあるので敵を作ってしまうことも少なくない。味方だってそれなりの数が出来るように立ち回ってはいるが、どうしても恨まれる事だってある。だからアイルにとって笑顔は武器だ。

 自分に敵意が無いことを伝え、味方を増やし、いざという時が無いように振舞う。薬屋「イナバ」は冒険者御用達の部分もあるので、こちら側にちょっかいをかける冒険者はまずいない。たまに頭の悪い冒険者が手を出そうとするが、大体は他の冒険者によって未然に阻止されている。




 だからやっぱりどうしても気が抜けていたのだろう。午前中の仕事を終えて西門から森へ向かおうと通りを歩いていた時に声をかけられた。


「あ、何でも屋のアイルさんってあんたかい?」


 おそらくはスラム街の住人だろう。擦り切れた布を体に纏っている程度の格好の男がアイルに声をかけてきた。


「はい。私がアイルですけどご依頼ですか?」


「あぁ。実は俺の住んでる家がちょっと酷いことになってて、修繕の手伝いをお願いしたい」


 スラム街の住人からの依頼は珍しいが全く無いと言うわけではない。男と料金の話もしたがお金もしっかり用意してあるようだ。しかしアイルに頼むのに金銭を用意しているのも中々珍しい。アイルは報酬を物で受け取ることが多いのは街の中では結構有名だ。金銭で頼むのなら冒険者に頼んでも変わらないし、スラムの人間なら尚更お金があるのは謎だ。

 しかし、依頼を引き受けない理由は無いのでアイルはその依頼を受けた。

 そして南西地区の色町を抜けてスラムに入る直前の位置で、首に何かを巻きつけて絞められ、意識を失った。



 アイルが意識を取り戻すと周囲には8人ほどの男がこちらを取り囲んでいた。その中に先ほど依頼をしたいといった男姿は無い。囲んでいる男達の身なりもスラムの住人と言うよりは冒険者の格好だ。幸い腕と足は縛られているが服は無事だし、意識のなかった間に危害を加えられたわけではない様だ。


「起きやがったか、この仕事泥棒が!」


 男の一人がアイルが眼を覚ましたことに気付くと大声を張り上げた。仕事泥棒。やはり冒険者のようだ。しかも討伐系の仕事よりも街中の細々した仕事を受けているタイプだろう。

 アイルは近場の魔物の討伐依頼は受けないことが多い。どうしても受けなければいけないときも冒険者に個人的にお願いをするのだ。中位の冒険者になると近場の魔物を狩って来て素材を売ると言うことで生計を立てているものが多いので、そこにアイルが割り込んでしまうと中堅どころの冒険者との確執がうまれてしまうのだ。それに魔物の討伐依頼を出す人間は大抵裕福で依頼料に困ってアイルに依頼をする、なんてことはまずは無い。

 だからアイルと仕事が被るのは非討伐系の依頼をこなしている下位の冒険者だ。


「お前が俺たちの仕事を奪うから俺たちはいつまで経ってもうだつがあがらねぇんだ!」


 完全に逆恨みである。ある程度の実力があれば仕事に窮するなんて事は無いし、そもそも8人も集まれるなら共同で討伐以来を受ければいいだけなのだ。それをアイルに仕事を奪われているなど、お門違いも甚だしい。


「あんた達に冒険者の資質が無いだけだよ。冒険者辞めて普通に街中で仕事すれば?」


 別に冒険者を続ける必要なんて無いのだ。街中でも人手を募集しているところは数多くあるし、スラムにいる人間は大抵働く気が無いか、咎持ちで表に出れないような人間ばかりである。アイルの言った事は正論でしかないのだが今の状況で正論を口にするのは判断としては間違っていた。


「てめぇ状況を考え!ろ!」


 男がアイルの腹を蹴飛ばした。アイルだって仕事柄体を鍛えてはいるが、この男達も冒険者なのだ。強い衝撃がかかりお昼を食べていたら吐いていたかもしれない。


「けほっ、けほっ」


 いきなりの衝撃に咳き込むアイル。そんな様子笑いながら見ていた男たちは更に絶望を突きつけるかのように言う。


「女がいきがるからこうなるんだ!お前はこれから犯されんだよ!ボロ雑巾になったらスラム街に捨ててやっから安心しろよ?優しいだろ?命まではとらねぇんだから」


 男たちはもうこの町を出るつもりだった。そしてその前に自分達の怒りをぶつける先としてアイルに矛が向かってしまったのだ。

 アイルはそんな男達が笑うのを何処か遠い出来事のように感じていた。恐怖などはない。どうにかなる気がする。ただの予感だがそんな気がしていたのだ。


 そして実際その予感は当たった。唐突にドアが吹き飛び男の一人に当たる。


「ぐえっ」


 ドアの当たった男は変な声を出しそのまま動かなくなった。そしてドアのあった先にはアイラの姿。


「アイル!無事か!」


「なんだてめぇは!アイルの知り合いか!邪魔するんじゃねぇ!」


 男たちは下調べすらまともにしていなかったようだ。事前準備も怠るようなやからに冒険者などつとまるわけが無い。一人で残りの男達をなぎ払うアイラを見てアイルはそんなことを考えていた。


「大丈夫かアイル。変なことはされてないな?」


「うん・・・大丈夫だよアイラ姉」


 色街の客引きに立っている男が通報してくれたらしい。きっとこれがアイル以外の人間だったら無視されていた可能性のほうが高い。色街の男がアイラにこの間の件で負い目があったこととアイラ達三姉妹が街中で有名だったおかげだ。


 男たちはアイラに伸された後、やってきた騎士団のほかの面々に捕まって連行されていった。どうやら妹の危機にアイラは先行し過ぎたようだ。


「今日だけは男になっていてよかったと思ったよ。流石にいつもの状態であの人数は一人では厳しかっただろうから」


 そういってアイルの頭を撫でるアイラ。ここにきてようやく感情が状況に追いついたのかもしれない。アイルは眼から涙を零していた。それを見てアイルを抱きしめるアイラ。


「今日は何もなかった。アイルは森に行ったけど素材はまだ見つからなかった。それでいいね?」


 アイリと士郎に余計な心配をかけさせないため、そしてアイルに早く忘れてもらうためだろう。アイラはこの事件をなかったものにすることにした。


「うん・・・ありがとう・・・うえぇぇぇん」


 遂に堪え切れなくなったアイル。泣き出したアイルが泣き止むまでアイラは抱きしめ続けるのだった。


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