謎の結晶
次に士郎が目覚めると彼の両腕と両足が縛られていた。また、首にも何かを付けられているようだ。
「一体何があったんだっけ・・・」
意識を失う前の事を思い出そうとする士郎。
「そうだ、赤い髪で耳が不思議な男の人が居て、首を絞められて・・・」
話しかけただけで慌てていた男の人を思い出す。それにしても何故彼は慌てたのだろうか?士郎は話しかけただけだ。わざわざ飛んで後ろに下がったくらいの驚き様だった。
そんな思考の海に沈んでいた士郎だが、カチャリと開いたドアの音に意識を戻す。入ってきたのはフードを被った人物だ。顔を上げてこっちを見ている男の顔は、あの話しかけただけで驚いていた赤い髪の男だった。
そんな彼に士郎は再度質問をしてみる。
「あの・・・僕をここに閉じ込めて何がしたいんで「 !」
男が発した言葉は今まで士郎の聞いたことの無い言葉だった。士郎は大学に入る為に第二第三言語もある程度勉強はしていたけれど、そのどれにも当てはまらない言葉。
「今のは・・・?」
士郎が疑問を男に問いかけると男は驚愕の表情を浮かべ士郎の疑問に答えることも無く部屋を出て行った。
しばらくして赤髪の男がもう一人の男を連れて戻ってきた。
「 !」
何かを男が叫ぶが何を言っているのかわからない。それを見たもう一人の男は懐から小さな何かを取り出した。1円玉くらいの小さな透明な玉。それを士郎の口に入れ無理やり飲ませようとしてきた。
いきなりの出来事に抵抗する士郎。なにせこれがどんなものなのかもわからないのだ。どんなことがおきるのかもわからない。しかし口を押さえられてしまえば両手両足を縛られている士郎に抵抗するすべはない。結局その結晶を嚥下してしまった。飲み込んだのを確認すると男は離れた。そして士郎の様子を伺うように近くの椅子に腰掛けた。椅子は1つしかなく赤髪の男はその横に立っている。
しばらくすると士郎の体に激痛が走った。肩が、太ももが、痛みなのか熱さなのかわからない。混ざって、混ざって最後に喉が熱くなって士郎の意識は遠のいていった。
体が浮遊している感覚。目の前に映るのは貧困街などにみられるスラムの様子だ。士郎は体を動かそうとするが動けない。先ほどまでのように縛られている感じではない。なのに体を動かすことが出来ないのだ。
目の前に映ったのは6歳くらいだろうか。日本ならばまだ小学生になるかならないかくらいの少年。その少年にも人のものではない耳が生えているが、今驚くのはそこではないだろう。士郎は高校生だ。当然体格だってそれなりにはある。なのに目の前の少年は士郎を抱き上げているのだ。そこで士郎はあることに気づいた。士郎の身長が明らかに合っていないのだ。視点が低く、子供に持ち上げられただけなのに明らかに視点の高さが変わった。それにこの少年はそこまで腕を広げているわけではない。なんともいえぬ不思議な感覚の中、景色が反転した。
次に見えてきたのは先ほどより大きくなった少年とそれを囲む3人の大人だった。少年はこちらをみると叫んだ。
「逃げろ!」
意識を失う前にフードの男達が使っていた言葉と同じもの。なのに何故か今はその意味がわかった。そして体は士郎の意識とは勝手に動いている。男達に背を向けて走っていた。そして一瞬だけ振り向いたのだろう。その眼に映ったのはお腹にナイフが突き刺さりピクピクと体を痙攣させている少年の姿だった。
人間の死を目の前で見た士郎は吐きたくなった。しかも事故ではない。あれは殺人だ。しかし体は自分の思い通りには動かないので士郎の吐き気も実際に吐くことはできず気持ち悪さだけが残った。そしてしばらく走り続け大通りが見えたところでまた視界が反転した。
次に転換した場面では士郎を囲んでいたフードの男達が目の前に立っていた。
「坊主、お前喋れんのか?」
「なんの用ですか?お仕事でもくれるんですか?そうじゃないのなら僕、用事があるので・・・」
しゃべっているのは自分の体のはずなのに違和感しか湧いてこない。しかも士郎とは無関係に言葉を発するのだ。
「お、喋れるじゃねぇか。じゃあお前でいいや。俺たちちょっとばかし用事があってな。死んでくれ」
フードの男が最後まで喋る前に逃げを選択していた。最後に聞こえてきたのは死んでくれという言葉。わけがわからない。なんで見ず知らずのあいつらに殺されなきゃいけないんだ。しかし肩に何かが当たり血が吹き出る。体も重く走れないほどだ。
「お、上手く当たってくれたわ。これは麻痺毒入りでな。俺謹製の特別製だぜ?なんせ痛覚は麻痺させてくれねぇから・・・な!」
そういって反対の肩と太ももにナイフを突き立てられた。熱い、血が熱い。
「あぁぁぁぁぁ!」
「叫ぶな叫ぶな。あんまうるせぇと騎士団の連中が来ちまうだろ?こちとら秘密裏にすすめなきゃいけねぇんだから余計な手間取らすなよ」
そういって男はうつぶせになっている体を仰向けにひっくり返し、喉元にナイフをゆっくりと突き立てた。即死ではない速度。確実な死を前に士郎の精神が侵される。もう痛みは何処かへいってしまった。感じるのは恐怖のみ。そしてそのナイフが半分刺さったくらいで意識がまた遠のいていった。
意識失ってばっかり・・・