次女アイリ
無造作に伸びた髪にいつも羽織っている長いローブ。姉のように誇りのある事を出来るわけではないし、妹のように周囲に溶け込めるわけでもない。表に出ることの少ない体は貧弱で、獣人の美醜で言えば間違いなく下に分類されるはずだ。それが次女アイリの自己評価。
彼女は幼いころから正義感に溢れた姉をみて、自由奔放に振舞う妹を見てきた。だから姉妹とは違う方向を目指した。目標の定まっていない時期は書物を漁り、目処をつけてからは同じく書物を漁り、時に実験を行ってきた。
そして姉妹の力を借りて、薬屋を開くことが出来たのだ。だから二人にはいつも感謝している。それでも内向的な彼女はそのお礼の言葉すらまともに言うことができていなかった。時間が経ってしまった今では尚更。
だから彼女は今日も遅くまで研究をしている。自分にできることを、いつか二人が困ったときに助けられるように。
開店からしばらくして店も落ち着くとアイルは何でも屋としての仕事をこなすべく出かけていった。
「困っている人が居たらこっちから聞いてあげるの。それが仲良くなる秘訣だよ」
アイルはそういってまた友人の輪を広げていくのだろう。姉のアイラは騎士団に行っている。いつもどおりなら夕方までは帰ってこないだろう。
だから店にいるのは前までならアイリ一人。今は同居人が増えたのでそこに士郎が加わる。とはいえアイリのすることは変わらない。お客様が来るまでは本を読むのだ。知識を蓄える為に。言葉の無い静かな空間だ。士郎も近くで本を読んでいる。
可能であればアイリは士郎に店番を任せて奥で調合をしたい気持ちもある。しかし士郎の男性恐怖症はいまだ治る気配が無く、冒険者がやってこようものなら錯乱状態になってしまう。だから気持ちを抑えつつアイリは本を読んでいる。
「あ、あの・・・」
そんな静かなひと時、珍しく士郎が話しかけてきた。アイリは本に落としていた目線を少しあげて士郎を見る。
「どうしたの・・・?」
「ええっと・・・なんていったらいいのかな・・・アイリさんは俺のことをどう思ってます?」
突拍子の無い質問だった。どう思っているかなど物差し次第だ。友情なのか、愛情なのか、憐憫なのか。
「それはどういう意味で・・・?異性として見ているかと言う事?そういう意味ならアイラ姉さんにきっちり報告したいのだけど」
本人は何気ない一言だったのだろう。アイリの返しにそういう意味が含まれるということに気付いた士郎は弁明を始める。
「そ、そういう意味じゃなくて!俺はいきなり転がり込んできたわけだし・・・正直役に立っているとは言いがたいだろ・・・?だからどう思われてるのかって・・・」
その士郎の言葉にアイリは共感を感じた。私と同じなのだと。
「シロウは事件に巻き込まれてその結果としてここにいるんでしょ・・・別に罪悪感や気まずさなんて感じなくていい・・・それに仕事はこれから覚えていけば良い・・・」
「あ、ありがとうございます!俺、頑張ります!」
アイリのぶっきらぼうにも取れる言い方だったが士郎にはきちんと伝わったようだ。内心でホッとしているがそれが表情に出てくることは無い。
「そう・・・頑張って・・・少し喉が渇いちゃったから飲み物入れてくるね・・・」
緊張のため喉が渇いてしまった。奥からお茶を入れようとアイリは立ち上がろうとしたが、急に立ち上がったため少し眩暈がして転びそうになってしまった。それをとっさに支える士郎。おかげで倒れることは無かったが、士郎に抱きしめられている形になってしまった。
「ご、ごめんなさい・・・!」
今まで自分には機会が無いからと男性との関わりもほとんど無かったアイリ。助けるためとはいえ抱きしめられて、顔が熱くなっている、おそらく傍目には真っ赤になっていることだろう。
そこへタイミング悪くアイルが帰ってきた。
「ただいま~今日はあまり皆困ってな・・・何してんのよシロウ!アイラ姉というものがありながらアイリ姉にも手を出す気!?」
「ご、誤解だ!これはアイリさんが転びそうになったから、それを助けようと・・・!アイリさんからも言ってくれ・・・痛い痛い!無理やり引っ張らないで!」
士郎の弁解は聞き入れられず、助けを求めたアイリもボーっとしたまま反応しない。士郎はアイルに引きずられていってしまった。
「あぁ・・・まだドキドキしてる・・・このままじゃシロウの顔まともにみれないかも・・・・」
そこに一人残されたアイリ。彼女はこの日からある薬を作る為に努力を始めた。士郎を女にするための性別変換薬を精製する努力を。
努力の方向が間違っていることを指摘する人間は誰も居なかった。




