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神対応

作者: 三沢 龍樹

 お客様は神様です、といった人たちがいる。確かに大なり小なりの企業において、お金を払う消費者がいなければビジネスは成り立たない。それは揺るぎない事実だ。

 しかし生産販売者側の一従業員である私たちにとって、消費者は本当に神様なのだろうか、少なくとも私にそんな純粋さはない。


 飲食店の店員や家や車を売る営業マンは、直接顧客に対応する仕事であるから消費者に対して失礼なく、快く購入していただくために謙って接客をしなければならない。


 では工場で働く従業員はどうだろう? と私は思うのである。工場で働く従業員は消費者と接することはないのに、神様のように消費者を崇めることが出来るのだろうか?


 「部長、先月の収支書が出来上がりました」

私は江藤部長に収支書を提出した。部長は書類をじっと睨み、私はその様子を窺った。

 「うん、前月より売り上げがいいから、これで大丈夫だ。会議にはこのまま出す」

 私はホッとしたが、そこでは終わらなかった。


 「今日は空いてるか?」と江藤部長。その直後に、私の返答も聞かずに、「久しぶりに飲みに行くぞ」と誘われてしまった。

 しまった! という表情を私は堪えた。

 何故なら、今日は仕事が終わった後、恋人の由美子と食事の約束をしていたのだ。しかし、江藤部長の誘いを断ることも出来ない。何故なら部長は上司であり、絶対的な存在なのだ。仕方なく、由美子に断りのメールを送る。


 息を吐くと、山内係長が声を掛けてきた。

「業務日報、俺の分も部長に送っといてくれ」

自分でしろよ、私はそう思ったが山内係長も上司であり逆らえず、江藤部長との約束の時間までに係長の日報を作成した。


 江藤部長は仕事の出来る叩き上げの営業マンだがパソコンには疎く、偽装したアドレスでの送信者がまさか私だとは気付かない。

 山内係長は、仕事が出来ないくせに後輩や部下に面倒なことを押し付ける無責任で、嫌われ者だ。しかし相手が上司であれば逆らえないのがこの国の部下、従業員の悲しい嵯峨だ。


 急いで山内係長の日報を、タイミングを見て江藤部長に送信した。そして部長が退社する時間に合わせ、お供する準備をしていた。

 ここでも私は考える。消費者が存在するから会社は潤い、私たちは給与がもらえる。贅沢なことに年に二回の賞与も約束されている。それもこれもお客様がいてのことだ。


 一本の電話が鳴った。あと数分で部長と一緒に退社する約束の時間になるのだが、誰も電話に対応する者がおらず、私が受話器を取った。相手は我が社の顧客で、営業担当の山内係長に繋いでもらいたいとのことだった。

 私は電話を保留にして、山内係長を追いかけた。部下の私はいいが、部長より先に退社しようとしていたようで捕まえたのは会社の玄関先だった。用件を伝えると、「あ、それ、明日電話するからいいよ」と係長は無責任にも夜の街並みに消えて行った。


 一応、顧客にはそれなりの謝罪したのだが、私はここでも考える。謝って済む相手が本当に神様なのだろうか?


 本来、神様は何もしてくれないのだ。しかし怒らせればとんでもないことになる強大な力を持っている。人として誤った考えを持てば神様の怒りに触れると昔の人々は考えた。


 神様は給与を支払ってはくれないし、生活を潤してはくれない。となれば、先ほど電話してきた我が社と長い付き合いの老人は神様ではないということになる。


 では私にとっての神様とは誰なのか? 望まないが、上司の江藤部長と山内係長になるだろう。二人の指示によって私の夕方からの業務や予定が変えられてしまった。しかも、彼らの指示に逆らえば、部長は私の評価を下げ、係長は嫌がらせをするだろう。最悪の場合、会社を去らなければならない事もある。

 従って、日頃から何もしてくれず、怒らせればとんでもないことになりかねない神様は、消費者ではなく、顔色を窺わなければならない上司ということになる。


 そして神は存在することを私は知る。

 江藤部長と予定していた店に向かおうとしていたとき、再び顧客の老人から電話が鳴った。私は、明日、山内から連絡を入れます、と伝えていたが、その前からの話に食い違いがあり、係長に対して激怒されていたのだ。

 そこで急遽、山内係長は会社に呼び戻され、彼は状況を江藤部長に報告した。


 「すまん、予定はキャンセルしてくれ」

江藤部長は、トラブルを起こした山内係長を連れ、顧客宅に謝罪に行くことになった。


 お陰で私は自由になった。即、由美子に電話してみる。先月から予約していた店で、彼女は料理を楽しみにしていたのだが、今頃、キャンセルして怒っているだろう。

 「キャンセルなんかしないわよ。私、あなたの分まで食べるんだから!」


 婚約指輪を握り私は思う、これが神対応だ。


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