第122話:気付いた彼女の思惑と自覚した想い(下)
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数メートル転ばされたシャリルは、ゆっくり片膝を立ちし、驚いたような表情で、離れた前方でこちらを見据え立ちする流介へ向けた。
今まで防戦に徹底し、反撃してこなったはずが……それが唐突と反撃してきたことにことへの驚きだ。
どういう風の吹き回しかと思うが、しかし、反撃してくるようになってきたで、シャリルにはとっては自身の気持ちとは関係なく有難い限りであろう。 何故なら――、
(そうです。それで、いいんですよ、流介様。 反撃に転じて……私を、倒してください)
そう内心言うや否や、シャリルは右手に握る悪魔腕剣を掲げた。
直後、その切っ先の上で五芒星で描かれた黒紫の悪魔術陣が展開された。
そこからうじゃうじゃとゾンビの如く腐腕が、次々と伸び出る。 その腐腕の手部分は、さながら刃のように垂直になり、尖られている。
それは見るからに、腐った腕を被った刃のようではないかろうか。また、若干そこから腐臭が僅かながらに漂い出している。
「悪魔術・『屍人の手刃』ッ!」
かかげた悪魔腕剣をシャリルは振り下ろす。 直後に伴って、数多の腐腕刃が曲線の軌跡を描きながら、暴風の荒らしさの如く流介へと襲いよせる。 迫る数多の腐る腕刃を目前に見定めた流介は、
(紋章術・『強化の紋章陣』――)
自身の間合い内の地面に赤粒子を溢れ上がり出させる紋章陣を展開。瞬く間に続けて、
「――紋章術・『紋章双剣』ッ!」
それが叫び終わった合間に、先手の腐腕刃が『強化の紋章陣』との境に入った。
その直後、一筋の光の斬線が走った。
それが消える頃に、真っ二つに斬り裂かれた先手の刃の腐腕が地面に落ちていた。あの斬線は『紋章双剣』の片方の剣を凄まじい速さで流介が駆使し、斬ったのだ。
『強化の紋章陣』内で術者の身体能力を強化し、『紋章双剣』で斬りさばく――。
それから瞬く間に数多の腐腕刃を――数多の光の軌跡を描き凄まじい速さで、二つの紋章の剣を駆使し、次々と薙ぎ払い、斬り裂き……滑らかに円陣内で身体を動かし、両腕を振るい、舞う。 と同時に地へ真っ二つにした腐腕を次々と落ちていく。
(す、すごい……)
シャリル・デモネス・デネーナはそんな言葉が内心に漏れた。 前方で、数多の攻撃を一つ一つ瞬時に対処していく流介に感服し、そして圧倒される。 シャリルは二、三歩後退った。
自分が繰り出した数多の連続攻撃の『屍人の手刃』を、ああも手際よく捌いてゆく剣の技量。
自分が仕掛けたとはいえ、この腐腕刃の猛攻はたとえ自分でも対処は無理だと、シャリルは自身の限界値を自覚している。それを見て、先ほどの剣を交えた時は手を抜いていたこともわかる。
やはりB級魔導士は伊達じゃないと、改めてそれを再認識すると同時に、長年想いを抱く意中の相手がこれほど凄いひとなんだという気持ちを抱く彼女へと――、
「シャリル!」
「っっ!」
三つの腐腕をまとめてクロスによる斬り落としたその直後、突然と流介は彼女の名を叫んだ。 圧倒されていた彼女は、ビクッと身体を震わせて吃驚した反応をする。 そんな彼女へ、剣を振るい続ける流介は、彼女へ目を向けず言葉だけをなげた。
「反撃に転じて、倒してくださいってか」
「――っ!」
それは先ほど内心呟いた言葉。その彼女の心を流介は読み取ったのだろう。動揺するシャリル。
「言っとくけど、俺は、お前を倒さないからな」
「…………」
シャリルは目を見開いた。その宣言したのち、そのまま流介は言った。
「最初、投降拒否した挙げ句無理やり戦いの要求してくることに、敵対同士だからと、そう思った。けど……俺は違和感を感じた。 俺の知ってるシャリルはこんな無理やり戦いを要求してくることはしない。 剰え、突然に襲い掛かるように攻撃をして無理やり戦いに発展させるなんて尚更だ。 こんなことをするなんて信じられない。 だから考えた」
故に彼女の性格や立場と、そして自分へ告げた想いも含めて基に視点を変えて考え、気づいたのだ。
「そして気づいた。 投降拒否して戦いの要求、それも無理やりこの状況を発展させつくりあげた状況。 その意図。その思惑を、な」
その言葉に、シャリルは動揺した。その悟ったかのような表情に、間違いなく彼は確信をもって言っていることを窺える。
「シャリル。 お前は、本当は今の自分の立場に、怯えるほどに嫌気と恐怖、そして抜け出したいと思っているんだろ? だけど、それはできない。それはもしかして、あのカラス・イルナミティが、もしくは叔父のシュラードが許さない」
流介はさらに言葉を続けた。
「抜け出したいけどできない。彼らの悪行に手伝わされるとともに、心が、精神が痛み続けて、苦しみが絶えない。それで自殺をしようと思うも、心のどこかで死にたくない気持ちと……恥ずかしいけど……助けてくれた俺の恩などもあって、死のうにもできない。そんな様々な事で苛まれてもいたんじゃないか?」
「…………」
流介の励みの言葉。それがあったからこそ、めげずに心を保つことができだ。しかし。その一方で、その励みの言葉のせいにより苦しみに苛まれてもいたのだと、流介は思った。
カラス・イルミナティの事だ。組織から抜け出せば抹殺されるのは目に見えていたのだろう、シャリルは。そして叔父であるシュラードも自らの姪を手にかけることも厭わないことも。
「そんな様々な苦しみに苛まれ続けたその時―――ある思惑をたてた」
そして、流介は言った。
「死闘という戦いに持ち込み、そして戦いの最中に、自分を俺に殺してもらう……そうなんだろ?」
「――っっっ!」
ぐぐもった言葉を詰まったシャリル。動揺が更に増した。図星をつかれた。
そう、流介の言った通りであった。
逃がさない許さないという組織や叔父から見えない束縛から、そして悪業を手伝わされた罪悪感など……様々な苦しみに苛まれ続けた彼女だった。
このどうしようもない中、彼女はある手段に、覚悟して決断した。
それが――『好きな人へ未練を残さないよう自分の想いを告白し、そして好きな人の……想い人の手で殺されよう』――と。
そうすれば想い人から命を助けてくれた恩や、死にたくないという気持ちは……好きな人の、愛する人の手によってなら――心置きなく死ねると。
そんな思惑をたてたのだ。
それを流介は気づいた。
彼女の悲壮な表情を見て……。
弱々しい心で、悲壮だった顔が揺らいでしまったシャリル。 その直後、ずっと放ち続けていた『屍人の手刃』が徐に解かれる。
攻撃が止んだことで、流介も舞い踊った剣舞を止めて……そして前方のシャリルへと視線を向けた。
すると――、
「ふざけんなっっ!!」
その叱るような流介のどデカイ怒号が、夜の公園に響いた。 突然放たれたそれに、シャリルは身体をビクッと震え、怯んだ。
「ふざけるなよ……! ふざけんじゃねぇよシャリル!」
怒りをぶつけ続ける流介。 それにシャリルは恐る恐る彼へ視線を向けると、
「っっ!」
彼女は今日一番の動揺をした。 なぜなら。怒りの言葉を自分にぶつけ続けているものの、その表情はどういうわけか正反対の――悲しみの顔だったからだ。
(……どうして……)
そんな彼に、シャリルは動揺とともに戸惑った。
なぜ彼はそんな顔をするの? どうしてそんな悲しい顔に? なんで? なんで? なんで?
そんな思いがシャリルの心を巡らす。
しかし。
そんな流介の心境がわからなかった彼女は、この後怒りをぶつけた最後に言った突然の《発言》に、その心境を理解することになった――それは――
「自分が好きになっていた女を殺すなんて……そんな真似はできるかよ」
――シャリルへの自覚した想いだった。
「………え」
そんな間抜けな声が、シャリルの口から漏れた。
彼女は茫然と流介を見続けた。
まさかこの状況時、そして想い人からの想いがいきなり告げられてくるなんて……想像だにしなかったからだ。
だが彼の想いを受け取り、大いに嬉しく幸福に満ちたいところだったが――しかし。
(こんな、はずじゃ……なかったのに……そんな事を言われしまうと……もう、私はどうすればいいのですか……!)
揺らぎ潤んだ瞳で、シャリルは彼へ責め立てるかのように心の中で嘆いた。その一方で、彼女へ言い聞かせるかのように、
「やっと、やっとこの想いを自覚して……俺は、色々わかったんだ」
流介は言った……語り出した。
それは、ここ最近の日々のことだ。
シャリルへといらぬ疑いや怪しさなどの話が出る度に自分の胸に、心に、チクチクと刺さる痛みや苦しみや、自分でもどういうわけなのか知らぬまま、彼女を庇うような動きをしてきた事。
なぜそのような行動をしたのか? 度々起こるシャリルへ抱くこの気持ちはなんなのか? ずっと、ずっとわからないままだった。
しかし。
――それがやっとわかった。そして気づいた。自覚した。
……その一番の起因が、シャリルからの告白。
彼女からの告白を受けて、自分の心の奥で頗る気持ちが嬉しく高ぶっていたのがわかった。
これが《好き》って気持ちなんだと――。
「――あの告白を聞いて、俺はやっと、シャリルが好きなんだって気づいた」
語り終えた最後に、まっすぐ彼女へと視線をぶつけ、自身の自覚した想いを伝えた。そこには確かな真摯さあった。
「…………」
その想いのひたむきな姿勢に、シャリルは顔を俯かせる。しかしそこからポロポロと何粒の雫が、目から零れ落ちていっているのを、月の光によって微かに流介の目に見えた。
「……もう、なんですか……そんな事言われてしまったら……私の、決断した事が、覚悟が、無駄になっちゃうじゃないですか……」
「ああ、無駄になるな」
「……はっきり言いますね」
「はっきり言うさ。 でないと、シャリルを救うことができないから」
「……救う、ですか? 何から? 私をあの組織から、叔父なのにもう別人になってしまったあの人から……六年前のように、また私を彼らの蚊帳から抜け出して救ってくれるのですか?」
「ああ、そうだ」
力強く、嘘偽りなく、佐々木 流介は言い放つように応えた。 そこには、好きな人を必ず救い出すための強い意志があった。
シャリルはそんな彼の姿が、輝かしい光の救世主にような、そんな錯覚をしてしまった。
自分の覚悟して決断した事が、何もかもぶち破られ……そして、もう一度。 いや、今度こそ。あの連中から抜け出そうと、希望を持とうと。そして抜け出した後に、罪を償おうと。そう思えて、
「流介様」
「なんだ?」
「本当に、貴方に救いを縋ってもよろしいのでしょうか?」
心境が変わり始めたシャリルからの問いかけに、
「ああ、もちろんだ」
流介は胸を張って答えた。
するとシャリルは悪魔腕剣を解いて、
「――降参、します」
そう伝えたのだった。
こうして一つの戦いが終わった。
……が。
シャリルは突然と切迫詰まったかのような顔になった。
そんな彼女の様子の異変に気付き、流介は近寄らうとしたが……彼女の手によって止められた。
「シャリル!」
「流介様。今から伝わる事は、とても、とても重要な事です。 それは叔父様たちに囚われている生徒たちを救い出せる為、大いに役立てるかと」
そう言うや否や、シャリルは苦しみ出し、同時に身体から瘴気が溢れ出した。 しかしもう一方で、身体のあちこちの肌が、不気味な紫色へ変化しているではないか。 その近寄り難きそれらに、流介は口を腕で覆った。
(なんだ、これは!?)
そう慌てる流介だったが、その他にも先ほどのシャリルの口から出た言葉も気になる。それに彼女の様子からして、こうなることを予期していたようにも見える。 何かを言うと口を開こうとするが、それを遮るかのようにシャリルは叫び伝えた。
「私から伝える事は、『女悪魔の真名』です。彼女の真名は――――――」
溢れ吹き出した膨大な瘴気が彼女を包み込んだ。
「ックソ! シャリル!」
だがその呼び声に、彼女へは届かなかった。
そして包み込んでいた瘴気が一斉に拡散。
するとそこから、
「シャリル、裏切ったわね。 主人の予想通りだったわね。それにしても『転移憑依』が発動してシャリルの身体を乗っ取ったせいで、あの黒い仮面の青年召喚師との戦いが中断されちゃったことは残念だったわ」
およそシャリルの声とは別人の声を発した彼女……その彼女の身体に憑依した――
「今度は貴方が、ワタシの相手をしてくれるかしら。 坊や」
――シュラード・デモネス・スミスの契約悪魔である女悪魔が現れた。