第121話:気付いた彼女の思惑と自覚した想い(上)
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夜。
静けさが漂っていたその公園広場で、その静けさをブチ破る程の接戦が繰り広げられてる。
それは、シャリル・デモネス・デネーナと佐々木 流介。その二人がそこで戦っているのである。
シャリルが持つ――悪魔術で形成した――悪魔腕剣で相手へと剣戟を繰り出して。
その矛先である流介は反撃する意思がないのか、紋章使い特有の防御系紋章術――『紋章盾』を二つ形成し、それを両手の甲へ纏い、その『紋章盾』でシャリルからの剣撃を上手く受け流し、弾き、いなし続けている。
幾ばく反撃する場面があったものの、彼は反撃しなかった。見過ごすだけだった。
「どうして、防御に徹底してるのですか……? どうして、反撃してこないのですか……!?」
右への斜上斬りを『紋章盾』に弾かれた際、シャリルは叫んだ。
「…………」
彼女の叫びの問いに、流介はしかめっ面な表情をするだけで答えない。
その表情は別に彼女の攻撃を受けないようにするのが大変だからではなく、彼女との戦いに発展してしまったこの現状に、である。
実の所、流介は彼女と戦いたくなかった。
投降して欲しかった。
しかし彼女の拒否によりそれは叶わなかった。
それでも諦めず、彼女から戦いにの要求をされた時のその後に、流介はそれをはぐらかして投降するよう今度は必死に説得を試みるが……それも叶わず。
いつまでも話が平行線にいってしまうことで、シャリルは無理やり自分の要求を実行することにした。
つまり形振り構わず彼へ攻撃を仕掛けた。
そうすれば嫌でも相手は戦いに入ると思ったからだ。
実際その通りに、流介は彼女からの斬撃を躱し――それから次々と繰り出してくる剣撃に、彼は防戦という対応をし続けて――そして現在の状況に至る。
(シャリルが振るうあの悪魔のような腕の形をした剣は――悪魔術、か。やっぱり、使えるんだな……)
シャリルからの攻撃を防ぐ中、流介は彼女と彼女が駆使する武器を交互に一瞥し、そう内心に呟いた。
「……!」
そんな流介の心を敏感に察知したシャリルは、悲壮顔で更に歯を食いしばった後――、
「いつまでも反撃してこないのでしたら……そうしてればいいですよ!」
「――っ!」
直後、シャリルの動きが急激に変わった。 今までの剣の速度がより倍に上がり、軌道も読み難く――一段とレベルアップしている。
「っっっ」
これまで確かに捉えていた彼女の剣が、ぼやけてるかのように見据えることができない剣を操る動き。
故に先ほど述べた通り、剣の軌道が読め難いである。
それにより幾ばくかのぼやける剣撃に、半数は『紋章盾』で捉えできず、流介は身体のあちこちに傷を負ってしまった。
それにより一旦この攻防から避けることに決め、彼女からくる攻撃を紙一重で躱し、続け様に懐を掻い潜り、彼女の背後の数メートル先へ距離を取ることに成功する。
彼我の距離がある程度離れたことで一呼吸をし、そして流介は悟った。気づいたのだ。
(剣の腕前だとC級魔導士並み……!)
さらに、先ほど受けたあのぼやけさせる剣技は厄介なものだ。 おそらく特定の剣の動きとそれに伴う魔力で、剣技をぼやけさせるものだということは流介は理解した。
事実。 彼の予想は当たっており、シャリルが振るう剣は『ぼやける剣』と呼ばれるデモネス家の秘剣術である。
今まで過ごしてきた中、彼女がそんな剣術を使えていたなんて驚きがある一方で、今振り返ってみると、彼女が異能学園で異能戦闘関連による授業で……彼女が剣を使ったところなんて一度ども見たことがなかったことを思い出した。
(シャリル……! 予想はしていたけどやっぱり。実力を隠してた、てことか……)
しかし実力を全て発揮していないだろう。
なぜなら悪魔使いなら、悪魔術だけではなく契約する悪魔がいるはずだ。
しかし彼女が悪魔を呼び出さないだろうと流介は思った。
それは自身の力をセーブしている理由と同じ理由だろうことを、流介は感じ取った。
この大公園の周りに住宅地がないのは幸いだが、それでもあまりに大きな力……規模がある術や技を出しては大騒ぎになるし周囲に被害がでるのは間違いない。
なるべく異能戦ではなく、物理による近距離戦で望まれねばなるまい。
しかし――、
(本当に、やる気なのか……!?)
その戸惑いが、流介にあった。
これまでシャリルと過ごしてきた学園生活の日々、それに見せる彼女の日々の笑顔は、全て組織に課せられた叔父の手伝いのための、偽りだったのだろうか? 攻防戦が無理やり始めさせられる前の……あの自分への自身の想いの告白も、今だとそれすらも本心ではなく偽りなのではないだろうかと流介は思えてしまう。と、そんな彼へ再びシャリルは突貫するかの如く迫った。
「――『悪魔幻剣』」
考え事したその合間をとり、シャリルは一気に鮮やかな回転をかけた動きで、その悪魔腕剣で下段斬りを繰り出し……そして先ほどと同じく剣の動きがぼやけているのは言うまでもない。
「紋章術――」
読み難いが、しかし完全にその惑わされる剣の軌道を読めないわけでない。
「――『紋章盾・強化』ッ!」
直後、流介は両手の甲に纏う『紋章盾』を更にその強度を上げて、その黒の軌跡を描きながら迫るぼやける剣撃にむけて、防ぎにかかる。
この時ばかりか、その剣撃を流介は読んだ――
「っな! 上から……!」
――わけではなかった。
驚くべきことに、下からきた剣撃が突然と『紋章盾』との鬩ぎ合い間近になった途端に突然と消え失せ、その直後になぜか真逆の上から剣撃が振り下ろされていたのだ。
流介は咄嗟の反射神経により、なんとか紙一重に躱すことに成功はしたものの……それに遅れをとるまいと、再び次のぼやける剣撃が迫ってきた。
(さっきの下段からの斬り込みは幻で、本当は上からだったのか……!)
流介は内心叫ぶ。
シャリルが剣に纏わせた『悪魔幻剣』というのは、相手の目から攻撃を幻で欺かせる悪魔術の剣使用の応用技だ。
そして再び起きる読んでいたはずだった軌道から真逆の攻撃。
下だったが、上から。
右だったが、左から。
それが幾ばくも繰り返される。
しかし四度目からは真逆剣撃を読んでの防ぎでなんとかやり過ごせたが……今度は左だったが下、上だったが斜め左下、下からだったが少しずらした斜め下……からと多方面から、その幻の剣撃の雨が来るようになり――、
「っぐ!」
流介は所々負う身体の切り傷を我慢し、耐える。
そんな傷む痛みになってゆく彼に、シャリルは我慢ならないと――その震えた唇が開く。
「なんで……なんで……どうして身体がそんなに傷ついても、反撃してこないんですか……!」
「……それは――」
と言いかけた直後、それを遮るようにシャリルは一瞬、当人すらも無意識から発したのだろう、その微かに漏れたその言葉が、
「これじゃあ――何のために、投降を拒否して戦いを要求したのか……!」
流介の耳に入った。
(――!? それは、どういう……)
流介は目を見開いた。
その漏れた言葉が、聞き捨てならないものだった。
彼女は正体がバレて、そして敵同士だから戦いを要求してきたと流介は思った。
しかしその一方で、彼女に対して違和感も抱いていた。
ちなみに、それも反撃しない一つの起因でもあった。
(……もしかして)
そして、漸く流介は今のシャリルへの違和感がなんなのか気づいた。
そうだ。
これまでの学園生活を過ごしてきた中、彼女の笑顔、優しさ、気遣いさ、心遣いさなど……勿論敵同士だからと戦うのは何の不思議にもならないが……それでもシャリルという少女はいきなり戦いを要求してきたりしないのだと、流介は思い出した。
無理やり戦いの要求を実行するのも尚更、彼女の性格からしてしない。
その優しさの性格だけは、何よりも、これだけは、偽りなく本物であることは間違いない。確信してる。
(――ッ!)
この時、彼女からの『悪魔幻剣』の攻撃が徐々に遅く、精度も下がり、動きが鈍くなっていった。
長時間による維持をしたままその悪魔術と剣技の同時駆使はできないことか? と思われていたが……違ったようだ。
これは間違いなく《意図的にワザと》攻撃の速さ、鋭さ、そして剣使用応用技の悪魔術『悪魔幻剣』の効力など、それら全て徐々に落としている。
それでも手を止めない攻撃に、意図的に落としているお陰で防ぎ易くなった隙に彼女の表情を凝視する程よく窺って。
(シャリル……そうだったのか)
すると彼女の表情を見て、漸く遂に悟った。
何に対してその表情をしているのか、彼女の決意と覚悟を、流介はやっと分かった気がした。
いや――彼女の《思惑》に、気付いたのだ。
(紋章術――)
そして流介は、シャリルからの攻撃と次の攻撃の空いた隙の間を見計らって、瞬時にクッションのような弾力ある白き紋章が展開された。
「――『紋章のはね返し』」
「っゔきゃ!」
直後、突然と展開された弾力ある紋章に身体が跳ね飛ばされ……地面を数メートル先の所まで転がされた。