第114話:彼女と叔父
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遡ること少し、翔真と魔導士四人が寮部屋で会議を始めた同じ時間帯の頃。
場面は、歓楽街から離れた……左右に森林が立ち並び、同時に、電灯の光が照らす、四人が並び通れるぐらいの横幅があるコンクリートの人道にて。
その道には、両手に買い物袋を持ち静かに歩いていく『彼女』がいた。
彼との充実した時間が終わり、互いに歓楽街から出た分かれ道で、さよならの挨拶を交わして、そこで別れた。
そのあとは帰宅すると思われていたが、彼女は違った。
彼女は帰宅せず、歓楽街外周を歩き回っていた。
その理由はーーこの後に予定があり、その時間帯になるまで、こうして意味もなく散歩のようなに歩き回っているからだ。
しかし、
(また、あそこへ行くのは……)
彼女は、今日の夜中に『叔父』からとあるあそこへ来るように連絡……いや、命令をされていた。
しかし彼女はあそこへは再び行きたくなかった。
あそこへ行けば、このエスパダ第七異能学園に自分が入学してきた目的・使命が、嫌でも脳裏に、心に思い知らされるからだった。
ーーしかし。
叔父の命令は、素直に聞くしかない。
従うしかない。
それしかないのだ。
与えられてしまった使命に、動くしかない。
「ーーっ!」
突如、スマホから着信音が鳴った。
それが誰からなのか、彼女は分かっている。
叔父からの電話であると。
しまってある洒落な鞄からスマホを取り出し、電話に出る。
すると、案の定である。
そして、叔父から電話で早くあそこへ来いと、きつく言わた彼女。
そのあとの次の言葉に、彼女の表情が強張った。
『忘れたわけじゃないよな? オレたちの目的を。放棄などしたら……どうなるか分かってるだろうな?』
それは、もはや脅しだった。 脅迫である。
自身の一族の、実の姪である子に到底する行為ではない。
それを、電話の向こうにいる男は、平然と彼女へした。
「ーーっ、わかり、ました……」
何かに縛られているようなに、彼女は詰まらせながらも、承知した。
反抗することができない。
彼への危害を脅迫にされてしまったら、前述の通りに彼女は素直に命令を聞くしかない。
それでなくても、叔父の言う通りにしなければならない。
それしか生きる術がないのだ。
組織から、叔父から逃げそうとしたら、殺されるからだ。
それがあの組織の方針だからだ。
おそらく今の叔父は、実姪である彼女が殺されても、さほど悲しまないだろう。
それほどまでに、叔父は落ちぶれた。
……それほどに、復讐にとらわれてしまった。
「…………」
それから叔父は言いたい事言った後、自分から電話を切った。
そして彼女はーーあそこーーと呼ばれる場所へと、重苦しい足取りで行くのだった。
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「まぁ来ると分かっていても、もしかしたらこないじゃないのかと思ってもいたが……ちゃんと言う通りに来たようだな」
その叔父の言葉に。
来なければならないよう脅してきたのに、よく言う。と、彼女は内心吐き捨てた。
予定された時間が少し過ぎた頃。
彼女はあそこ……自分たちの隠れ家なる場所に到着した。
そして到着早々、叔父からの冴えきった目つきでそう言われたのである。
「話というのはなんですか? 突然今日の夜に落ち合う命令を下してくるなんて……」
早くこの場から立ち去りたい衝動から、すぐに本題の話をするよう彼女は促した。 すると、叔父はその通りに本題に入る。
「前に言ったことは覚えてるか? この異能学園に数名の魔導士が偽装して潜入していると」
「存じています。 だから、とにかく見つからないようにしろと、命令通りにしていますよ。 けど、それが何か?」
「その魔導士たちがとうとう、あの場を見つけてしまったんだよ。 実際、あの場で俺の契約悪魔は一戦やりあったと知らせが入った」
「ーーっ!」
叔父から伝えられた知らせに、彼女は驚愕。
あの場、あの地下の場は、叔父の異能で隠されている。
叔父の隠蔽能力は、彼女が知る限りでは頂に達している。
無論、自分が知る限りではの話なので、叔父以上の手際を持つ者はわんさかいるのだろうが、それでも、やはりあの叔父が見つからないように施した異能……隠蔽魔術を破ったことに驚かざるしかない。
それにあの高位の女悪魔の一戦して逃れたことも驚きだ。
ともかく、その場を魔導士たちに見つけ見られ以上、もはや悠長に今後とも魔導士たちから隠れているわけにもいかないだろう。
危機感が全身に走った彼女。
そんな様子の彼女の一方で、叔父は違った。
「ックク。まさか連中にこうも早く見つかってしまうとはな。 既に異能原爆のことも知ってるだろう。そして俺たちが引き起こしている不可解な現象事件も半分は解き明かしただろうな。いや全く、B級魔導士が四人での調査力には褒めたものだ」
突然の危機的状況になっても、叔父は寧ろこの状況に対し、楽しそうな表情で笑っていた。
「ど、どうして笑っていられるのですかっ? お、叔父さま……」
自分はこんなに焦っているのに、と付け加えるように内心呟く彼女へ、叔父は可笑しそうに言った。
「いやなに。実は隠されたあの場ーー地下の悪魔礼拝場が見つかるも、予期していた」
「っえ?」
「今日、オレの周りでオレのことを探ってる異能騎士がいてな。可哀想に、そいつは気づかれてないと思っているだろうが、オレは気づいていた。その時、こうなる事は予想していたんだよ。故に驚きもしないし、危機感もないな。 無論、危機的状況なのは理解しているが……ッククク」
そこで笑いが止まらない叔父は、彼女に衝撃をあたえることを言った。
「我々に課せられた任務は、既にほぼ完了している。 魔導士たちに『卒業試合の間』地下の礼拝場を発見されようが、今更。 さほどのことなんだよ。 それに魔導士たちへの対策で、多数の生徒の人質もいるしな。 奴らは下手にうって出てこないだろう」
生徒たちの人質、という言葉に彼女は罪悪感と後悔が一気に込み上げてくる。しかしその他に、聞き捨てならない言葉があった。
「っ、任務がほぼ完了って、どういうことですか?」
この異能学園にきた目的、与えられた任務ーー異能原爆、それも『特殊性』が備わったそれを、完成させること。
まだ完成されていないのに、任務がほぼ完了しているとはどういうことか。
予定では、あと半年後に異能原爆が完成され、任務は完了されるはずだが……
「実の所、異能原爆は半分以上完成していれば、それで任務完了なんだよ。お前に組織からの任務内容及び期間を伝えた時、三年と答えたが、本当は二年と半年。そう、つまりこの時期だ。あと数日ほど経てば、完成の見込みなんだ」
「ーーっ!」
その事実に、彼女の腰が崩れ落ちた。
いずれこのときが来るのは初めから分かっていたが、まさか半年も早いこと。
そして非道すぎる方法で、あの恐ろしき異能爆弾の完成が間近になったこと。
また、もうあの心温まる学園生活が近いうちに送れなくなる。 できた友達や……何よりも、《あの人》とはもうすぐお別れになってしまう……もう、会うことはできなくなる。
(……それじゃあ、もう……)
それらが胸の奥を、心を、締め付けられる。
やはり、このときが来て欲しくないと、彼女は心どこかに思っていたのだろう。
「しかし、あちら側もそろそろ大きく動くだろう。 近いうちにオレか、それともお前か、あるいは両方か、まぁいずれにせよ。 おそらくは、オレたちが異能学園に潜入してるカラス・イルミナティの潜入者……あちら側からしたら敵だと証明するために、何かしら仕掛けて来るだろう」
そう叔父がら今後の魔導士たちがどう来るかを見立てる一方、彼女の方は茫然状態であった。
やはり、動揺が大きかったようだ。
分かってたとしても、心の準備はまだできてなかった。
もう少しだけ、あの学園生活を皆と過ごしたかった。
その思いが、強くあったのだ。
そんな彼女の心を気にも留めない叔父は、彼女へ言った。
「お前も、今ここで覚悟を決めんだな。そして、最愛の男と敵対するという覚悟も」
「……え?」
直後、叔父の伝えられた言葉が、彼女は何を言っているのか理解できなかった。
それは、無意識に叔父のその言葉を聞きたくないという衝動から聞く耳を塞いでしまったのか。
しかし聞きたくないと思っても、やはり、聞き捨てはならなかった。
「叔父さま……今、なんと言い、っましたか……?」
故に声を震わせながら、彼女は恐る恐ると、聞いた。
その動揺する彼女の様子に、叔父は察した。
そして思い出した。
そういえば、我が姪には魔導士の正体が誰なのか教えていなかったな、と思いながら、今度こそ、叔父は言った。
……それも、これを聞いた瞬間、自分の姪がどう反応するのか、それが分かりきってるのに、期待の目で。
「数名の魔導士のうち1人がーーーーーだ。 そのほかの魔導士はオレも誰だかはまだ知らないがな」
その叔父から告げられた一人の魔導士の正体に、彼女は愕然。 そして、彼女はそのまま下に俯き、嗚咽を漏らし出した。
「諦めるんだな。 お前とあの男とはそういう運命だ。 そもそもの話、恋愛事に浮つくのは、このオレが許さんよ。 オレとお前は、一族を滅ぼしたアメリカへの復讐をやり遂げねばならないんだ。復讐を。そう、復讐をだ!」
叔父は両腕を広げ、憎みある声音で言い放った。
復讐の言葉が自らの口から出た途端、叔父は復讐にとらわれた復讐者へと途端に変わった。
その声、瞳、表情は、憎悪が満ちている。
その燃え盛る復讐心は、米国へとむけている。
(叔父、さま……)
その叔父の姿に、彼女はもはや別人のような、恐怖すら感じる恐ろしいものを見る目で、見つめた。
そしてーー、
「全ては、復讐のために。そう、そのために、我々はあんな魔導士や異能騎士どもに妨げられてたまるものか! 故に、異能原爆が完成次第、オレたちも動くぞ! この時はもう隠れ潜む必要もないのだからな!」
直後、叔父なる男の背後には、とてつもないドス沼のような密度の魔力が壁のように溢れあがる。 その中から現れた……兇笑の女悪魔が、叔父に寄り添い……そして。
「ッフハハハ、ハハハハハハハハハハハハ、ハハハハハハ!」
カラス・イルミナティ三大幹部組織の一角、ペティル・ファミリーに所属する『鴉子』の男は、高らかに嗤い続けるのだった。