第105話:『卒業試合の間』で(上)
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そして留学から五日後の土曜日。
不可解な現象事件解決の目星となる場所ーーエスパダ第七異能学園の広大な敷地の北の人工森林地の最奥ーー『卒業試合の間』の調査へと、いよいよ乗り出す翔真達。しかし、当初は本当なら五人全員で行く予定だったが……
「っはぁ!? なんでお前だけが同行することになってるんだぁぁあああ! 百歩譲って流介はともかく優奈ちゃんはなぜこないんだよぉぉおおおおおおお!」
「っちょ、ぐるじいっで……!」
北の森林地の周囲から隠れた茂みの少し空けた場で、任務のように戦闘服と黒の仮面を隠している三人のうち一人である小太郎が、もう一人の翔真の襟を強く掴み、強く前後に振り揺らして文句を嘆くようにはく。 そんな間にも、揺らされている翔真が息苦しく、顔色が徐々に青くなっていく。
「っちょ、ちょっとバカヘッド! 今すぐ翔真様の襟から手を離しなさい! さもないと、貴方を消し炭にしますわよ!」
と文句を言いつつ小太郎を翔真から引き剥すように、エミリーは両手で彼の両肩を掴んで引っ張り離させた。
そして彼女のお陰で小太郎から解放された翔真は、「ふぅー、ふぅー、ふぅー」と呼吸を整えた後、言い争い出した二人へ顔を向ける。
「落ち着いてくれ小太郎。これには事情があるんだよ。今からその事情を含めて、伝えないといけない事を今から伝える」
「っなに?」
「翔真さま、ご説明をお願いします」
翔真の言葉を聞いた途端、目つきの色が真剣なものに変わった二人。
「実は昨晩、日本魔導機関長から通達書が入ってきてーー」
そして翔真は二人へ説明した。 まず、日本魔導機関長からの通達書……そこに書かれてあったのは今は滅びたとある悪魔使いの一族の事と、追加任務だった。 その任務は特定の人物を探ることだ。 そして今、流介と優奈にはその人物に近づき探りにあたっているのだ。その人物こそ、
「このエスパダ第七異能学園高等部の生徒会長、シャリル・デネーナだ」
「「っ!」」
二人も気づいたようだ。そう、流介と優奈はいないのは、この任務に今あたっているからだ。そして、
「昨日か一昨日か知らないけど、どうやら流介はシャリル・デネーナからデートの誘いをしてきたらしい。で、流介は彼女と只今デート中ってわけだ。デートに準じて、まだそうと決まったわけじゃないけど、彼女を探るつまりだ。そしてその流介とデート中の彼女及び周辺を、優奈が影から見張ってる」
最後に二人が同行できない事情を二人へ伝えた。
「……なるほど、そうことか」
「納得しましたわ」
小太郎とエミリーは納得した。
「そしてもう一人、探りを入れる人物がいて、そっちはエスパダ第七異能騎士団に任せてある。今回の調査が終わり次第、その人物の写真を後で見せるよ」
「なるほど、わかった」
「わかりましたわ」
そうしてひと通り説明し終わった後、三人は早速『卒業試合の間』へ茂みに紛れて向かった。 ちなみに小太郎は黒のライオン、エミリーは黒のウサギ、そして翔真は黒の大仏顔をした仮面を付けている。
「…………」
そして『卒業試合の間』へ向かう中、翔真は改めてシャリルの事について考え出した。 昨晩にきた日本魔導機関長の通達書を読み通すまでは、彼女は一連の事件には無関係であると翔真は判断していた。 無関係たる理由もある。 それが、
(どうやら日本とアメリカの魔導機関長は、悪魔使いの一族の生き残りがいて、そいつがこの学園に潜む敵の正体と睨んでいるようだ)
事件に出てくる不可解な現象の一つ、悪魔の目撃情報。 それにはアメリカで既に滅んだ悪魔使いの一族、その生き残りがこの学園に潜む敵の正体で、そしてシャリルはその容疑者にかけられている。
……当初、アメリカで既に滅んだ悪魔使いの一族の生き残りが、一連の事件に関与してるかもしれないという、突如としてその新たな疑惑が入った時は、翔真達は思いもよらなかったが。
だが、翔真も心の奥底から彼女はどこかで関与しているという予感はしてはいた。 しかしそれでも流介の言葉に寄って彼女は白だと判断し、無関係だと答えを出したわけだが……今となってはその答えは外れる可能性大である。
(流介はそんなわけがないと、彼女の容疑をはらすために動いてることけど……)
実は、流介はシャリルが不可解な現象事件とは無関係であると一点張りなのだ。 どうしてそこまでして、彼女を庇ってるようなことをするのかは知らないが……ともかく、流介は追加任務である彼女への探りは自分が受け持ち、彼女の容疑をはらすために意気込んでいるのである。
(ひとまず、僕達三人は目の前のやるべき事をするしかないか)
色々と疑念は残るが、今は『卒業試合の間』の調査が優先だと翔真は判断した。
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ーー『卒業試合の間』にて。
1本の通り道を抜いて、周囲は林立と茂みだけがある森だ。
そんな森の中に広い異能競技場があり、その周りには囲むように観客席がある。 その隣には、校舎並みの建造物ーー旧校舎と二校立ち並んでいる。
随分前にこの二つの旧校舎を本校舎として使用していたそうだが……どういうわけか突如として完全閉鎖した場所だ。 今では立ち入ることを禁止されている旧校舎である。
森特有の匂いや風、鳥の鳴き声など耳にしながら、
「どうですか? シーちゃん」
『ヒヒーン!』
異能競技場の裏口付近にて、早速不可解な現象なる原因たる根源の魔を探るため、今、エミリーは聖獣ペガサスを召喚し、白魔術『聖なる獣の探力』で『卒業試合の間』全域へ掛けてる。
因みにシーちゃんは子馬形態となっている。
本来の大きさだと、目立つからだ。
まあこの場と周囲には人気がないからその心配はいらないと思うが、念の為である。
それから1分後になって、シーちゃんは旧校舎の奥側の方へふさふさな尻尾でさして示した。
「どうやら奥側の旧校舎に何か禍々しい魔を感じたとおっしゃってます」
「よし、なら小太郎はここら辺の周囲を見張り、また探索してくれ。僕とエミリーはペガーー」
「翔真様、シーちゃんですよ? ね? ね?」
「……シーちゃんが感じた奥側の旧校舎へ調べに行ってくる。何かあったら連絡くれ」
「おうわかった。 ならさっさといって来い」
そして、小太郎をその場に置いておき、翔真はエミリーとシーちゃん……一人と一匹と共に奥側の旧校舎へと向かう。
そしてーー。
異能競技場の隣接する前の旧校舎と、後ろの旧校舎。
二人と一匹は、立ち入り禁止の柵をこえて、その後ろの旧校舎の玄関口にたどり着く。
古びた雰囲気が漂い、また掃除が全くされていないのか? あちらこちらが埃だらけである。
玄関口を通り、一階の廊下を慎重かつ静かに進んで行く。
そして暫くして、シーちゃんの案内の下、魔が感じたその場所の前に到着した。……したのだが、
「何もないですね」
「あるのは行き止まりの壁だけ、か……」
到着した場所は、一階の曲がり角の奥にある行き止まりの所だった。 左右には窓の一つもない。 しかしシーちゃんはここだと言わんばかりに『ヒヒーン! ヒヒーン! ヒヒーン!』と鳴き声を出している。 その目の瞳も嘘をついてはいないのがわかる。
「シーちゃんはたしかにここから感じたといっていました。ですけど、行き止まりの壁しかありません。 どうしましょうか?」
困った表情になるエミリー。 すると、翔真は突然の行き止まりの壁に手をついて目を閉じた。 直後、その壁を通して見えない魔力の流れが、手に伝わってきた。
「なるほど」
「翔真さま?」
「この行き止まりの壁には魔術が施されている。多分、ここに隠し扉があって、魔術で隠してるんだ。 その施している魔術を解かない限り隠し扉が開けられない」
「まぁ! そうなのですか?」
「ああ。 この壁に術者とは関係なく、大気中に漂う魔力を糧として、長時間起動する隠蔽魔術の術式が壁……いや、隠し扉に描かれている」
さらに、壁には人の目には見えない魔力の文字で描かれた術式で、普通の壁になっている扉にはなにも描かれてはいないように見えている。
翔真はそのまま壁に手をついたまま自分の魔力を、壁している隠し扉に刻まれている隠蔽魔術式へと流し込む。 すると、翔真の顔色が顰めた。
「これは、相当練り込まれた術式だな。解くのに手間がかかるな」
隠蔽魔術式の解こうした途端、その術式が思った以上に複雑に練り込まれていた。
翔真に続いてエミリーも壁に手をつき魔力を流し、施されている魔術式を読んでみると……それはもう解除困難な術式だった。
少なくても、自分では到底解除できないものだ。
また、これをアメリカ魔導機関の中でも解除できるスペシャリストは数えるほどしかいないのではないのか? と思ったほどだ。
「どれくらい時間がかかるのでしょうか?」
エミリーは翔真に聞いてみた。
「少なくても一時間はかかる。だけど、それは普通に解除呪文でやった場合でな。 そう、普通の解除呪文ならな」
「……その言い方ですと、すぐに解除する術があるということですね」
「ああ。 今からそれをやるから、後ろに下がっていてくれ」
「わかりました」
翔真の指示に従い、エミリーはシーちゃんとともに何メートルか離れた後ろの場へ移動した。
そしてーー翔真はある解除の呪文を、唱えた。
「ーー『絶』」
それは長らく見なかっただろう……彼が初めて優奈と出会った頃に、彼女に仕掛けてあった日本魔導機関長の固有異能を消したのと、同じ呪文であった。
そしてたった一言の呪文を唱えた直後、壁がグニャグニャと歪み、だが3秒でおさまった。
しかしその時、そこはさっきまで壁だったはずが、一つのスライド式の扉なっていた。……いや、これは元通りになっていたというべきか。
「行くぞ……って、なに呆けてる?」
後ろで待機しているエミリーが、なぜかこちらを見て呆気になっていた。
「……す、すごいです……何ですか、今のは……」
どうやら、隠し扉を壁にして閉鎖させた相当レベルの高い隠蔽魔術式を、たった一言の呪文で軽く解いた事に驚いているようだ。
「詳しくは言えないけど、まぁ僕の固有異能の応用した術と言っておこう。さぁ行こうか」
その言葉を言い捨てるように言い、翔真はスライドさせて隠し扉を開けた。そして扉を通り、その先へ進みゆく。
そんな隠し扉の先へと進んで行く彼の背をみたエミリーは、
「さすが翔真様です! それでこそ、私は貴方様を尊敬し、憧れるのです! 行きましょう、シーちゃん!」
『ヒヒィ〜ン!』
キラキラと目を輝かせながら、聖子馬とともに彼女は隠し扉を通り、翔真の後に続いた。