6.5話
SIDE:保険医カレン
ジューダス君たちが侵入者を捕まえてくれた翌日、職員室は早朝から騒がしいものとなりました。
「賊の侵入を許した上、捕まえたその不届き者を逃してしまうとは……ハロルド先生、あなたという人は!」
教頭先生が言葉を紡ぐたびに室温が上昇しているのではないかと思えるほどの、厳しい叱責。怒りの矛先を向けられているハロルド先生は氷袋を後頭部に巻きつけた状態で、じっとその場に佇んでいます。周りに佇む他の先生たちも口を閉じていました。
教頭先生は時折目頭を押さえ、これ見よがしに大きなため息をつきます。その様子にハロルド先生は思わずびくっと体を震わせていました。
「どうやらあなたには教師という意識が足りないようですね。一人捕まえただけで安心し、仲間の存在に気を配らず、その結果不覚を取って昏倒。侵入者の口を割らせる前に逃してしまったなんて!」
「誠に申し訳ありません」
ハロルド先生が謝罪の言葉を口にしますが、教頭先生の怒りは全く収まろうとしませんでした。
「申し訳ありませんでは済みませんよ! 侵入を許してしまう鳥の監視、まんまと出し抜かれた警護とあっては次回の定例会で報告せざるを得ません。少なくとも学校の貴重な備品を三点盗まれているのです、これは由々しき事態ですからね。アンデットキングの骨に闇翡翠……ああ、これらがどれだけ貴重なアイテムであることか」
教頭先生がカサついた額に手を当て、頭を振ります。困った表情を隠そうともしないでわが身の不幸をアピールするのです、本心ではだれも教頭先生を尊敬しておりません。
「やはり警備には鳥よりも猟犬を採用するべきでした。費用はたいそう掛かるでしょうが、出張中の校長が帰り次第、進言すべきでしょうな」
そんなことになれば鳥が専門の、モンスターテイマーであるハロルド先生の教職が危ういかもしれません。ハロルド先生の立ち位置を理解した他の職員たちも、じっと息をひそめます。ただでさえ重く苦しかった職員室の空気が、さらの重くなりました。
そんな中、ガウェイン先生が冷静に割って入ったのです。
「ちょっと待ってください教頭。ハロルド先生は当日、見回り担当だった自分の代わりに仕事をしていただきました。責任は私も負うべきです」
「……っ」
教頭先生は躊躇い、言葉が詰まりました。学園の看板となるガウェイン先生に泥をかぶせる訳にはいかない、さらに彼が責任を負うということは、無理に代理を押し付けた自分にも責任が回ってくるかもしれない。そう考えたのかもしれないような顔色でした。
パクパクと口を動かしますが、何も言えなくなった教頭先生は、せわしなくハンカチで額の汗を拭いだしました。そして絞り出すようにか細い声でやっとしゃべりだしました。
「わ、分かりました。今回は事件の報告と警備強化の話だけに収めましょう。朝の連絡会はコレで終わります。皆さん仕事に取り掛かってください」
教頭先生が慌ただしく職員室から出て行きますと、部屋の空気が軽くなりました。同時に静寂も消えたのです。
「危なかったですね、ハロルド先生」
「ガウェイン先生の助けのおかげですわ」
「私たちも彼のように憮然とした態度で教頭に対応出来たらいいのですが、そう思っても行動になかなか移せませんで……」
自らの利害に関係のない話に、先生たちは当り障りのない会話で他の職員と同調し、安心感を得ようとします。誰も彼も、本当の素顔に分厚い欺瞞の仮面をかけているのです。はたして本心は何処にあるのでしょうか。
生徒の前で無害な先生たちは職員室でも無害ですが、薬にもなりませんでした。若造だからという言葉は言い訳になりません、何もできなかった私だって同罪です。この罪悪感で苦しむ胸の痛み程度では、許されない罪なのです。