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敗北王って呼ぶんじゃねぇ!!  作者: ウィジャ
2/12

1話

 もはや恒例行事となった罰走を終えた俺は、汗を流すために男子寮の公衆浴場にいた。

 だだっ広い浴場には一年生から三年生の男子がわらわらと湧いている。そんな彼らを余所目に、俺は一列に並んだ洗い場の一つに座り込み、鏡を覗き込む。


「うわ、やっぱり切れてるよ」


 顔のいたるところに擦り傷ができていた。触ってみると指すような痛みが走る。

 褐色と鈍色が混じったやたら固い髪は伸び放題に角を立て、分厚い眉と相対的に小さい濃褐色の眼が鏡越しに見て取れる。その下、クラスメイトからお面かと揶揄される凹凸の少ない鼻筋に、薄く長い唇。肌は白人のそれだが、金髪銀髪の多い地元の人間ではない。いろんな地方の血が混じっているであろう自分の出生を、俺は知らない。捨て子だった俺を拾ってくれた今は亡き孤児院院長のじいちゃんすら、俺の両親を知らないが、それでも他の孤児たちやなにより院長一家に出会わせてくれたことには感謝している。

 そんな孤児院だが、今は所有者の気分一つで進退が決まる状態だ。運営の継続の条件に言い渡されたのが、俺がこの学園を卒業すること。剣の腕だけには自信のあった俺は、少しの困惑だけで誘いに乗ってしまった。まさか魔法が使えないなんて……。習わなかったから使えないんじゃなくて、その能力自体がないという稀有な事例、というより俺だけらしい。


 そう、俺ジューダス・バニストンには魔力がない。

 才能の差があれど、努力によって誰しもが魔法を使える現代において、なぜか俺だけは魔法が使えない。なぜかというと、俺の体にはみんなにあるはずの、魔法を司るための魔力が欠片どころか塵一つ存在していないのだ。

 魔法を扱う肝心の魔力が無いということは魔法を扱う『能力』が欠落している、本当の意味での無『能』。

 ペンギンが他の鳥類に混じって飛行学校に来ているようなものだと言ったのはクラスの誰だったか。うまい表現だと思うが、特別思い出そうとしたくもない。

 それよりも問題なのが防御面だ。、この魔力ゼロというのが攻撃面よりも防御面で足を引っ張っている。魔法を覚えたてのクラスメイトの弱い魔法でも、1撃を喰らえば即ダウンという脆弱さ、自分で言っていて悲しくなる。魔力に対する最大の防御は、やはり魔力なのだ。

 先ほどの模擬戦での電撃もほかのクラスメイトなら肩膝を着くかどうかの痛みなのだが、俺がもらえばノックアウト必至ということから、学年どころか学園中で有名人だ

 それならば回避に特化すればいい、と言われるだろうが、魔力を持たないせいで俺は魔力の流れが視えないのだ。故に発動している魔法が炎や雷といった形を作ってからでしか反応できず、回避の始まりが他の誰よりも遅くなってしまうため、こちらも絶望的だ。

 八方ふさがりだよ畜生。そんなことを思いながら、俺は傷だらけの腕で体を洗い終わらせる。そのまま湯船の隅っこに移動して身を沈めた。


「あ~」

 気持ちよさに、おっさんのような声が出る。


 山の麓に建てられたこのクレスト第一学園の名物である温泉は治癒効果が高く、学生たちにもありがたがられている。特にけがの多い俺は重宝している。

 鼻下まで湯につかり、俺は物思いにふける。


「勝てない……」


 負けの記憶を呼び覚ます度に、体が幻痛を催し身を縮こまらせる。最初のころは確かに勝てていた、そしてクラスからも実力を認められていた。だが、クラスメイトの苦し紛れの不完全な魔法による一撃が体に当たり、大きく倒れこんだ俺を見てみんなの評価が一転した。

 周囲の魔力を取り込む必要はなく、指先の微量な魔力だけで事足りると分かれば、対策は実に簡単で練習のいらないものであった。

 そこからは負けに負け続け、周囲の目線は冷ややかなものとなって俺を突き刺す。表や裏から否応なく聞こえてくる侮蔑、陰口。人間がこれほど恐ろしいものだとは思っていなかった。


「ああ、寒いなぁ……」


 熱の立ち込める湯船にいてなお、わが身を抱きしめる。貴族ばかりのこの学園において、愚痴のはける友はおらず、ただ孤児院の年下のガキどもの笑顔を思い出す。


「会いてえよ、みんな……」


 くじけそうになる心を、孤児院救済という使命感で奮い立たせてきた。薄々気が付いている、限界は近い。


 

 

「いいか、現代の大陸における戦闘体型は大きく分けて二つ。前衛の魔法戦士か後衛の専門魔術師だ」

 黒板の前に立ち、漆黒のローブを着て長々と授業を進めている百八十センチメートルほどの男が、選抜クラスである俺達一年A組のクラス担任、ガウェイン・ヘルバ・タガメルトだ。

 はっきり言ってこいつは教師としての品格がない。生徒を人と見ているかすら怪しいほどに冷たい態度で、人に近づくこうともしない。垂れる長髪で左目は隠れており、かろうじて姿を見せる右目はまるで蛇のようで、見る者に恐怖を植え付けてくる。だからこいつの授業中だけはやかましいクラスからも私語が全く生まれない。他の先生より明らかに使用量の多いチョークの粉で袖を白く染めてしまっていることが、唯一の人間らしさといっていいのではないだろうか。


「そのため一年の前期に各々の適性を見極め、後期から希望職に応じて選択授業が全体の半分を占めるようになる。もっとも・・・・・・」


 この男はあえて言葉を区切り、最前列中央の席の俺に視線を向けてきた。こういった実力至上主義の人間が溜めを作った時はろくな言葉が出てくるわけがない。


「魔力をもたない、無能のお前には説明しても時間の無駄だろうがな」


 予想通りだ。だからといって気分が良くなることは一向にないのだが。

 研究職の片手間に授業をやっている男からしたら、俺の存在そのものが許せないのだろう。


「お前はこの学園にふさわしくない。さっさと学園を去れ」


 毎度のことながら頭きて、俺は怒声で返した。

「実力を証明して見せればいいんだろ! 証明して見せれば!」


「ふん、泣こうが喚こうが、あと三週間だ。三週間後の中間テストで貴様の進退が決まる」


 そんなこと、言われなくとも知っている。こいつはこんなふうに二日に一度はこうして俺の気を滅入る言葉をぶつけてくる。どうにか見返してやるには三週間後、今月末の中間テストで実技と筆記のテスト両方で相応の成績を納めなければならない。


「あんたの思い通りにはならないからなっ!」


 俺が反発して思わず立ち上がったその時、授業終了を告げる鐘が鳴った。


「本日の講義はここまで」


 その声に反応するかのように、開いた窓から白い鳩が入ってきた。そのままうちの担任の肩にとまると、なにやらつぶやいている様子。


「特別連絡するようなこともないのでホームルームは省く。私を煩わせるような厄介ごとだけはするな。今日は私は忙しくなるので質問は明日以降受け付けるものとする、以上」


 教科書を閉じて有無を言わさず一方的にしゃべると、担任のガウェインはさっさと教室を後にした。俺の宣言はあいつにとってどうでもいいことだから、向こうから何の反応も返ってこなかった。クラブ活動の顧問をやっていないあいつに重要なのは、研究のための施設とそのための時間なのだろう。学校はあいつにとってそのための場所と認識されているに違いない。


俺は日課にしている戦績表に×マークをつけていた。学園に入ってから新調したこれは、最初の三日間は○で埋め尽くされ、それ以降は一回もそのマークがつけられたことがない。勝負の結果を形にして残すというのは、孤児院のじいちゃんとの約束だ。勝ちからも負けからもしっかり学ぶために、反省点をつけるのだが、最近はそっちのほうの筆が止まっていて、思わずため息が出る。ノートを眺める俺に、クラスメイトの男子たちが話しかけてくる。どうせろくな用事ではないと分かり切ってる俺はけだるげに顔を上げた。


「敗北王、さっさとペナルティーこなしてこいよ。クラブ活動始まってからだと邪魔だからな」

「成績不良の生徒は深夜徘徊する魔女にさらわれるって話だぜ、このクラスで標的になるのはお前ぐらいなもんだからな、気をつけろよ」


 そう言ってくるグループが、校庭を走っている自分をテラスで軽食を取りながら眺めているのを俺は知っている。


「連敗記録は後ろの黒板に書いてあったな……えーっと、九十――」

「うっせ!」


 俺は荷物をさっさとまとめ、教室を飛び出した。背後から卑下た笑いが聞こえてくるが俺は歯を食いしばって耐えることしかできい。嘲笑の的になってから短くない期間で学んだことといえば、不特定多数を相手に口論しても負け戦にしかならないということ。逃げるが勝ちだ。


 クラブ活動で外が騒がしくなる前に、課題を終わらせようと俺はグラウンドを走っていた。わらわらと校庭に姿を出してくる人数が増えてきた。俺はこれ以上人目が増える前に終わらせてしまいたいと思って、スピードを上げる。

 課題も半分を消化した頃、視界に二人組の女クラスメイトを見た。

 憤りを隠そうともせず顔を赤くし、先を歩く俺ぐらいの伸長なのがシエラで、その後ろで彼女を宥めている長身の方がミリスだ。シエラは実力主義という点ではあの担任と似ているところがあり、攻撃的な性格だ。反対に、ミリスはすっごく優しくて俺にも対等に話しかけてきてくれる。自己主張がやや弱いと思うが、いい奴だ。……俺よりでかいけど、良い奴だ。

 彼女達と五十メートル以上離れているだろうに、シエラの怒りの声がこっちにまで聞こえてくる。どうやら、クラスメイトの女子にちょっかいを出されて口論になったらしい。毎度のことだ。

 シエラとミリス、それと話の中に出てきた相手方も皆貴族だが、上位階級である貴族の中でも確執や上下関係でいろいろあるらしい。孤児院出の俺には生涯分からぬ苦労だ。

 孤児院。今更どんな顔をしてあそこに戻れるというのだろうか。孤児院にいる義弟たちのためにも、次の試験は必ず突破しなくてはいけない。

 息が荒くなるが、スピードを緩める気はない。俺は奥歯を食いしめ、さらに力強く土を蹴る。ラスト三週!




図書館へと向かう道中、シエラ・サラ・ノトリノこと、私シエラは怒り心頭で、強風が流れる渡り廊下を歩いていた。原因は毎日のように因縁をふっかけてくる自信家の同級生、マルゴットのせいよ。


「だーかーらー、私はあんな縦髪ロールのエレインのことなんかこれっぽっちも――って聞いてる? ミリス?」


 風によって髪に張り付く葉を乱雑に払いながら喋っていると、親友のミリスの反応がなかったので私は振り返った。ミリスは前かがみになって校庭を食い入るように見ていた。出会った当初の三歳から彼女は大きかった。そのまますくすく育ち、今では私が手を上に伸ばしたのと彼女の頭頂部がほぼ同じ高さ。本人のおとなしい性格とは相反する自己主張の激しい胸と尻は今日も健在だ。ゆったりとしたローブの上からでも分かるぞ。

 一瞬そんなことを考えながら彼女の視線を追う。視線の先には校庭で汗水流して走る赤茶の頭髪の、クラスで一番小さなクラスメイトの懸命に走る横顔があった。貧しい平民で魔力を持たない特異体質だと言うことぐらいしか知らない。興味も学校の頭がおかしい教員は実験体として注目してるのかもしれないが、私には興味が全くない。


「ジューダスくん、授業終わりはいつも最初に教室から出ていくよね。頑張り屋さんだなぁ」

「どうせすぐに辞めることになるんだから、気にしてたってしょうがないでしょ、あんなチビ」


 放っておけばいいのに。私は惚けている親友の裾を摘み、クイックイッと引っ張って先に行く意志を示す。あいつについては多少努力は認めるが、実力の世界に身を置こうとしているのだ、結果の出せない人間がこの学園、特に私達のような特待生クラスにいるべきではない。


「そんなことないよ、ジューダスくんはきっとすごい人になるよ。それに背丈で言ったらミリスとそれほど変わらないと思うけど」

「えらく買うわね、あいつのこと。……じゃあ賭ける? あいつが次のテストで辞めることになったら学食の特製デザートセットを奢ってもらうわ、い~ちばん高いやつ。辞めなかったらなんでも言う事ひとつ聞いてあげましょう」

「乗った!」


 大声での即答で、私は内心、困惑していた。いつものミリスなら「賭け事なんてよくないよ」と言ってその話は終わるはずだったが、今日のミリスは誘いに即座に乗った。売り言葉に買い言葉だったとしても、彼女がそこまでジューダスを評価し、肩入れする理由がわからなかった。

 自分と彼女との評価とのズレに、快く思えない気持ちになる。

 顔を赤くして強く反論するミリスを見て、いじめている様な居心地の悪さを感じた私は思わず顔を逸した。向けた視線の先、グラウンド手前の芝生にニヤついている二人組の男子生徒が、置いてある剣を鞘ごと持ち上げていた。

 ああいう顔をしている同年代の男子はだいたいろくでもないことをやらかそうとしている。


 「あ、あれはジューダス君の剣!」


 廊下の手すりから身を乗り出して、興奮した様子でミリスが叫ぶ。

 ジューダスファンのこいつが見間違えるわけがないだろう。大方、あの剣を隠してジューダスを困らせたかったのだろう、やることが姑息ね。私は右手を上げ、呪文を唱えだした。


「炎の精霊よ、力を貸して――フレイムダンス」


 詠唱の短い簡易呪文で掲げた手のひらからこぶし大のサイズの火球が魔力を代償に生まれた。初めての頃は炎を出すだけが精一杯だった魔法も、日々の練習によって操れるようになった。意識して大きく息を吸い込み、腕を振り下ろす。おどかしてやろう。

 腕の動作と同じくして火の球は飛び放たれた。

 目がけたのはいたずら好きな二人の間の地面。通りのポイントに着弾した火球は火の手を大きく伸ばした。その場にいた先ほどの二人の生徒は持っていた落ちこぼれの剣を投げ出しながら逃げていった。炎は数秒だけ大きく揺らめいた後、煙のように消えさった。


「よしっ」

 狙いどおりにいった。私は満足げに胸を張る。


「過激すぎだよ~」

 私の乳母ほどに心配性で過保護なミリスとは、それでも上手くやって行けていると思う。

「いいのよ。あのぐらいしないと何度でも続けるわよあの手の輩は。襟が緑色だったし同じ一年の一般クラスの奴らでしょ。のさばらせておくと今年の一年は~ってつまらない風評被害にあうことになるかもしれないわ」

「いたずらを防げたのは良かったけど、う~」


 納得のいっていないミリスに私は折れたふりをする。

「はいはい、次からはきっと平和的に解決するから、さっさと図書館へ行きましょ」

「だまされてる気がするけど、信じることにする」

「いいことをした後って気持ちがいいわね。魔法もぶっ放せたからなお良し。気分もリフレッシュ!」

「う~、やっぱり信じられない~」

 それでも私達は仲良く、図書館へと歩いて行った。今日は集中して勉強できそうだ。

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